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後日談3 - 根源を識る杖

後日談と言いつつ三魔人の過去。

おっちゃんことジーモが杖を手に入れたときの話。

 過ぎ去りし日々をふとした瞬間に思い出してしまうのは歳を取った証拠だ。まだまだ若いつもりでいても、気が付けば若輩者と呼ばれなくなって久しい。

 いつまでもふらふらと女の尻を追いかけていないでそろそろ所帯でも持って落ち着け、と連れに何度言われたのかも覚えていない。落ち着けない最大の原因がその連れであることはこの際気にしないことにしておこう。

 空になったジョッキを見下ろして、ジーモは深いため息を吐いた。

 思えば故郷を離れてから随分と遠くへ来てしまったものである。

 音信不通になってしまった息子を親は心配しているだろうか?

 いや、間もなく三十路を迎えようとしている息子を心配するほど親も暇ではないだろう。所帯を持たないことに愚痴ぐらいはこぼしているかもしれないが。

「見て見てニッくん。この人とぉっても変な顔」

 思索の間隙を縫って外部からの声が耳に届く。ふとジーモはある言葉を思い出した。

 かつて師事した魔導師がよく口にしていたことだ。

 ――何事もタイミングが命だ。

 まさしくその通りだと思う。

「わーお、crazy だなオルフェ」

 タイミングを誤れば事態は予想もつかない方向に転がることもある。それが嬉しい方向に転がってくれれば棚からぼた餅と言えるが、往々にしてタイミングを逃した事態はとんでもない方向に転がるものだ。

 そのことをジーモは嫌と言うほどこれまで経験してきた。

「あ、ねぇねぇ、この人の足がこっちに曲がったらより面白いと思わない?」

「だったら arm もこっちに曲げるべきじゃない?」

「そっかぁ、バランスだね」

「待たんかお前ら」

 いい加減聞き流しておけない内容になってきた会話に途中で口を挟む。

 ろくでもない内容に限って、放っておくと確実に実行してしまうのがこの2人だ。保護者――になりたくてなったわけではない。特に女性とはそれほど歳も離れていないはずだ――として止めないわけにはいかなかった。


 虚を突かれたような2対の瞳がジーモを見る。

 どちらの表情にも表れているのは、止められた意味を理解できない、というなんとも頭の痛くなる内容のものだった。しかしそれを口にしない辺り、少しは成長してくれたのかもしれない。

「毎回毎回ナンパしにきた兄ちゃんをいじめて遊ぶな。そのまま追い返しゃいいだろ」

「えぇー。そんなのつまんない」

「そうだよ、オジサン」

 至極まともなことしか言った覚えはないが、返ってきた2人の反応には非難の色が強かった。解りきっていたことながら自分たちの行動に特に疑問はないらしい。

 しかしそうしてジーモが2人を諌めている隙をついて、先程まで2人に弄ばれていた男性が泣きわめきながら走り去っていったのでこれ以上被害が拡大することはなくなった。そのことについては安心した。


「でもでもぉ、最近面白いことなくてオルフェとぉっても退屈なの」

 男性に逃げられたことはどうでもいいのか、テーブルに肘を突いて口を尖らせる女性――オルフェが不満そうにこぼす。同調するように少年――ニッチも身を乗り出した。

「遺跡荒らし行こうよ」

「おいおい、人聞き悪いこと言うな。荒らしじゃなくて調査だ」

「おんなじだと思うなぁ」

「違わい。俺がやってんのは純粋な研究目的の調査」

「詭弁きべーん」

 訂正の声を上げるジーモに、明らかにからかって遊んでいますとばかりの笑顔でオルフェが反論してくる。

 元々大きな目をメイクによってより大きく見せているオルフェにじっと見つめられると、まだ何も悪いことをしていないのに居心地の悪さを覚えた。反射的に身を引いて決まり悪そうに口元を歪ませる。

「この近くに遺跡ないかなぁ?」

「あったらこんなとこでのんびりしてない」

「オジサン、遺跡 mania だもんね」

「研究熱心といってくれ」

 ずばり言ってくるニッチに苦々しく返す。自覚はあるが認めたくない事実だった。

「でもでもぉ、とぉっても退屈なのは退屈ぅ~」

「だったらオルフェあれやってよ」

「えぇ~、めんどぉい」

「退屈なんでしょ?」

「むぅ……」

 基本的にニッチには弱いオルフェだ、お願いされてむげに断りはしないはずだ。彼女がやる気になってくれるのならば、ジーモにとってもありがたい。


 不満そうに唇を尖らせていたオルフェがため息を吐く。

「しょうがないなぁ」

 なんだかんだ言いながらも退屈が嫌いなオルフェがそう言うと、普段は生意気盛りな態度を見せるニッチが年相応に無邪気に喜んでみせた。

「なんにもなかったらリーダーのひげが燃えまぁす」

「ついでに hair も燃やそうよ」

「そうだね」

「待たんかお前ら」

 何気に恐ろしいことを言っている2人にツッコミを入れてみるが、2人の態度を見る限りでは無視されたようだ。

 オルフェは既に矯正不可だとしても、ニッチの教育だけはちゃんとやろうとジーモは密かに決意した。オルフェがいる限りは無理だとわかっていながら。


「じゃあじゃあやるね。せぇしんしゅうちゅう~」

 ぱしん、と両手を合わせたオルフェが目を閉じる。

 ――瞬間。

 オルフェを中心として同心円状に魔力の波動が広がった。

 それは薄く、平らに。よほど意識していなければ感じられないほどに希薄な魔力だったが、広範囲に満遍なく行き渡っていった。ジーモではここまで薄く伸ばした魔力を維持しておくことはできないだろう。

 つくづく思う。

 味方にしておいてこれほど厄介で頼もしい存在はいない。

「んん?」

「どうした?」

「んー……」

 何かに反応したオルフェに声をかけても、要領を得ない発声しか返ってこなかった。

 どんな事態に陥っても、基本的にちゃらんぽらんに笑っていられるオルフェなだけに、難しそうな渋面を作って首を傾げていると違和感を覚えた。同時に、この快楽主義な女も真面目な顔ができるようになったのかと感慨深い気持ちにもなる。


「よくわかんないけどぉ、結界みたいなものがあるっぽぉい」

 待つこと十数分。

 ようやく口を開いたオルフェがひどく曖昧な表現をもって、関知したものについて説明を始める。切り口を探すようにジーモは問いを投げた。

「ここから遠いか?」

「んーん、近くの森の中」

「人の気配は?」

「それが全然わかんないの。いそうな気もするしいなさそうな気もするの」

「他の生き物の気配は?」

「普通の森の中にいる程度いるよ」

 少ない情報ながらも、おぼろ気に想像できる。

 ふざけた態度が目立つオルフェではあるが、彼女の魔力は彼ら3人の中で頭抜けて高い。理論派のジーモと違って何事も感覚だけでやってしまう気はあるものの、だからこそ魔力によって隠されているものを探り当てる能力は信頼できる。

 そのオルフェが違和感として検知したのならば、そこには確実に何かがあるということだ。オルフェの魔力をもってしても感覚的にしか捉えられなかった何かが。


「おじさん、変な face してる。キモい」

 思わずにやけてしまっていた締まりのない顔を指して、ニッチが容赦のない感想を漏らす。慌てて口元を引き締めたが、自然と口元は緩んでしまった。

 久しぶりに大当たりな遺跡を探索できるかもと思うと、研究家としては喜ばずにいられなかった。

「よし、明日はそこに行くぞ。各自今日はしっかりと睡眠を取ること」

「はぁい」

「OK」

 まるで子供を引率する先生のような気分ではあったが、遺跡探索に対する期待で染まっている状態が幸いして、いつものように微妙に切ない気分に襲われることはなかった。







 朝露に濡れた葉っぱが木々の合間から漏れ入る陽光を反射してキラキラと光る。

 湿り気のある空気を吸い込むと清々しい気分を味わえた。

 ――こんな状況でなければ。

「やぁん、この森っておっきい魔がいっぱいいたんだぁ」

「森に魔がいるってより、 forest が equal 魔みたいな?」

「お前らはなんでそんなにのんきにしとれるんだ!」

 叫ぶように非難しながら隠れていた岩陰から飛び出す。そのジーモの動きにワンテンポ遅れるようにして、ジュッと音を立てて岩が溶けた。

 木々に擬態した魔の攻撃に顔を引きつらせる。

 自分たちの縄張りに侵入してきたジーモたちを排除しようという意思は、いちいち観察するまでもなくわかった。


「オルフェ昨日がんばったから今日はがんばらなぁい」

 ひょいひょいと踊るような身軽なステップで魔の攻撃を避けながら、緊張感の欠片もない口調であっさりとオルフェが言ってくる。

「ボクもイヤだよ」

 同調するようにニッチも薄情なことを言う。

 背丈が低いこともあってか、ニッチだけはあまり魔に狙われていなかった。そこを指摘したら怒るだろうが。

「リーダーガンバ」

 気楽な様子でオルフェが他人事のように――オルフェからすればまさしく他人事なのだろうが――応援をしてくる。見れば、ニッチもジーモに向かって親指を立てることでエールを送っていた。

 どちらも嬉しくはない。

 仲間がいるというのに、味方がひとりもいないことをジーモは胸中で嘆いた。


「シャーーー!」

 休みなく攻撃を加えてきている魔が威嚇の――あるいは攻撃がヒットしないことに対する怒りか――声を上げる。

 博愛主義を気取るつもりは毛頭ないが、できるならば魔に対して攻撃を加えたくなかった。

 ジーモたち人と敵対している種族ではあると同時に、魔は最高の研究対象でもある。人の保有しうる魔力を軽く超える魔力保有量を持つ魔を研究せずして、どうして魔導研究家を名乗れるだろうか。

 オルフェにもニッチにも理解されないことだが、2人もジーモの考え方を尊重してよっぽどのことがない限りは魔をいたずらに傷付けたりはしなかった。恐らく今回手を出さないのも、その辺りのことを配慮してなのだろう。そう信じたい。

「だぁー! うっとうしい!!」

 魔に攻撃したくない気持ちは高くても、延々逃げ回っているのにも限界がある。主に体力的な面で。

「オルフェ、結界らしきもんがあるのはこの辺りなんだな?」

「そうだよ」

 確認が取れたところでジーモは足を止めた。

 追いかけて来ていた魔がこれをチャンスとばかりに攻撃を仕掛けてくる。そのタイミングを計って、ジーモは魔力を解放した。


 魔の振り下ろした腕――枝?――がジーモの体を斜めに引き裂く。ぐにゃりと歪んだ視界は、続けて魔が振り回した腕によって片方が潰れた。

 魔は明らかに獲物を引き裂ける楽しみに酔っている。この辺りの思考は野性動物と同じだ。

(知能が高い魔じゃなくて助かった)

 魔によって引き裂かれていく煙で作り出した身代わりを眺めながら――痛くはないが見ていて気分の良い光景ではない――、精神を集中させて結界の中心を探る。本当ならオルフェにやらせるのが一番手っ取り早いのだが、気分が乗らないときはとことん何もやらないのが彼女だ。期待したところで「やぁん」の一言で終わらされてしまうのは目に見えている。

 魔が近くにいるせいもあって、結界の中心を特定するのに時間はかかったが、それでもジーモはなんとか結界の中心を探り当てることに成功した。

「よし、見つけた。オルフェ、時間稼いでくれ」

「えぇー、やぁだ」

 予想通りの答えが返ってきても構わず、ジーモは魔力を解いて結界の中心と思われる場所に手をかざした。

 今の今までジーモを引き裂いていたと思い込んでいた魔が奇声を発する。想像でしかないが、恐らく相当腹を立てているのだろう。


「ニックンニックン、オルフェ今すごぉい閃いちゃった」

「What?」

「見ててね。すっごいんだから」

 いきり立つ魔の気配に反して、実に楽しそうな2人の気配が濃くなっていく。

 なんとなくわかる。ここに来て新しい遊びでも思い付いたのだろう。

 悲惨なことにならない限りは彼らの好きにさせておくのが一番いい。真面目に取り合っても疲れるだけだ。

 それよりもジーモの関心は結界に向いていた。


(おいおい、なんだこの結界は。どうやったらこんな複雑なもんを単純な構造に見せられんだ)

 信じられないの一言に尽きた。

 ジーモは今でこそ、そこそこの収入を得られる魔導研究家になったが、目の前に展開された結界レベルのものを見たことがなかった。レベルが違うとかそういう次元の話ではない。その結界は一般に知られる古今東西の魔導理論のどれにも当てはめることのできない構造をしていた。

 オルフェの魔導を初めて目の当たりにしたときの驚きと似ている。

 肌が粟立つような感動をジーモは味わっていた。

(まさか……――この奥にはものすごいもんが眠ってるんじゃないか?)

 水に戻した乾物のように、ジーモの中でもりもりと期待が膨らんでいく。知らず緩んだ口元は我ながらだらしない様相を呈していた。オルフェとニッチに見られたら、全力で気持ち悪がられるだろうことは想像に難くない。


 逸る気持ちを抑えながら、結界に穴を開けるための突破口を探す。往々にして結界には術者自身も気付かない不完全な部分があるものだ。

 ましてやこれだけの規模の結界だ。抜けは必ずある。

(――――……ん、これか?)

 根気強く結界の魔導式を読み解くうちに、構成の甘い箇所を探り当てることに成功した。甘いと言ってもあくまで他と比べてであって複雑であることに変わりはなかったが、そこ以外に付け入る隙はなかった。

(ここをこうか? ……いや、こうか)

 精緻に並んだ魔導式の配列を組み替える。カチ、と音が聞こえてきたわけではないが、それが正解であることはわかった。


 ――瞬後。


 ぐんと体が引き寄せられるような感覚――強引に抉じ開けた結界の穴の向こう側へと引きずりこまれる。

「――っ!? オルフェ! ニッチ!」

 振り返ることもできずに叫ぶ。

 2人がジーモの呼びかけに気づいたかどうかはわからない。

 ジーモの体が結界の穴の向こうへと吸い込まれていく間に、ジーモは意識を飛ばしていた。



 ※ ※ ※ ※ ※



『侵入者ですか?』

『腕の立つ魔導師のようなのである』

『まぁ、あの結界のからくりを見破れる方がいたんですね。目を覚ましたらお話でもしましょうか』

『見破れてはいないのである。だからご主人の仕掛けた罠にかかったのである』

『あら、そちらを解いたわけではないんですね』

『どうするのである?』

『罠にはかかってしまいましたがここまで自力で来られた方は初めてですから、お土産を渡して帰してあげましょう』

『おみやげ?』

『はい。キャットテイルをさしあげましょう』

『破邪の杖であるか?』

『そんな可愛くない名前で呼ばないでください』

『渡してもいいのである? あれにはご主人の解読した知識が詰まっているのである』

『ええ、知識は独占するものではありません』

『悪用されるかもしれないである』

『大丈夫ですよ。魔導は人を傷つける手段ではありませんから』



 ※ ※ ※ ※ ※



「いってぇーーーーー!!」


 絶叫が森にこだまする。

「やぁん、リーダーうるさぁい」

 飛び起きたジーモの目の前には、ニコニコしているオルフェとニッチの姿があった。2人とも揃って両手に無数の小さな針を持ってジーモを見下ろしている。

 それだけで状況を理解できてしまう自分が嫌いだ。

 全身を襲うチクチクした小さな痛み。累積するともう普通に痛いだけだ。

「なにしとんじゃお前らは?!」

 突き刺さっている針を抜きながら叫ぶ。

 2人はきょとんと目を合わせ、

「reader を労わってあげてるんだよ」

「そうそう」

 予想とは違う答えを返してくる。

 意識のない人間に針を刺しまくることの何が労わりだと言うのだろうか。小一時間と言わず一日かけて問い詰めたい。


「オルフェたちが頑張ってるのにリーダーだけ寝てるんだもん」

「加齢には win できなかったんだね」

「俺はまだ20代だ!」

 聞き捨てならないことを言うニッチに反論したところで、やれやれと首を横に振られるだけだった。オルフェに至っては笑いやがっている。

 いったい誰のせいで気苦労が耐えないと思っているのか。


「あれ? リーダー、それなぁに?」

「あん?」

 反論を諦めて肩を落としていたジーモは、オルフェの問いに怪訝そうに顔を上げた。

 が、オルフェの視線はジーモに向いていない。

 視線を辿って手元に目をやる。

「……なんだこれ」

 手の中になぜか見慣れない杖があった。

 安い木で加工された地味な見た目の杖だ。今の流行りには乗っていない。ひと昔どころのデザインではなかった。その辺に落ちていた枝が杖っぽい形だったと言われても信じられる。

(おいおい、なんだこれ)

 だがジーモの目にそれは安っぽい地味な杖には映らなかった。

 ジーモだからこそ気付けた、とでも言うべきか。

 見た目の朴訥さとは裏腹に、その杖に内包された情報量は恐るべきものだった。詳しく調べなくてもこれひとつで常識を覆せる代物だとわかる。


 オルフェに初めて出会ったときとはまた違う、血が滾るような昂揚感を覚えた。あらゆる存在の根源を覗き込んだような、そんな恐れにも似た感覚。だけど嬉しくてワクワクする。

 手が震えているのにジーモは気が付いた。

「汚い杖だねぇ?」

「趣味が bad すぎ。cool じゃないよ」

 この杖の素晴らしさがわからない愚か者たちが何やら言っているが、今のジーモの耳には届かない。

「オジサン、face キモい」

 顔がにやけるのを止めることはできなかった。

 誰にも渡さないとばかりに杖をかき抱く。向けられる視線は呆れを含んでいた。


「うーん、リーダーの趣味に文句は言わないけどぉ、オルフェ汚い杖を見たら燃やしたくなるんだぁ」

「おいやめろばかオルフェおい」

 口を尖らせて不穏なことを言いだすオルフェから後退る。

 しまった。極度の気分屋のくせに極度の構ってちゃんのオルフェの前で、考えなしに喜びすぎた。無機物にまで嫉妬するとは思わず油断していた。

 頭の後ろで手を組んでいるニッチは傍観の姿勢だ。

 根源を()る杖が燃やされる。想像するだけでゾッとした。


「本気でやめろオルフェ。これは――」

「えい」

「ぎゃーーーーー!!」

 しっかりと腕の中に抱いていた杖はあっさり奪われ、無情にも近くの木に向かって豪快にフルスイングされた。

 杖が折れ飛ぶ音が耳に届――かない。

「えぇ~?」

 代わりに聞こえてきたのはオルフェの間抜けな声だった。

「ニックン今の見た?」

「うん。見た。なに今の?」

「がいーんってなったよ、がいーんって」

 オルフェの手の中には杖があった。どこも折れていない。

 反射的に目を閉じてしまったジーモは目撃していないが、何かが起きたらしい。がいーんが何を意味しているのかはわからない。

 なんにしろ無事だ。杖はまだ破壊されていない。

 遮二無二オルフェに飛びかかるも、オルフェにはあっさりと避けられた。


「空間断裂」

「おまっ――!」

 空間が悲鳴を上げる。ねじ切られる金属のような不協和音が辺り一帯に響き渡った。

 存在否定には及ばないながらも、空間魔導としては最強の部類に入る大技である。その魔導にかかれば、物の耐久度はなんの役にも立たない。いかなる物質も等しく断裂させる禁忌にも近い魔導だった。

 いきなり最低な魔導を使うオルフェ――だったが、杖はその魔導のいっさいを受け付けなかった。

「はぁーーーー?!」

 素っ頓狂な悲鳴を上げたのはジーモだった。

 ありえない光景だ。こんなことがあっていいはずがない。最強の魔導師であるオルフェの魔導が及ばない物質が存在するなど。

 だけどいくら目を擦ってみても、杖は原型を留めたままそこにある。

「やぁん、すごぉい。なにこれぇ」

「オルフェ! ボクにもやらせて!」

「いいよぉ」

「やめんか!」

 とっさに止めたものの、言ったところで無駄なことは経験上わかりきっていた。それに、どこかで期待があったことも否定できない。

 杖に内包された魔力に働きかけて内側から爆散させようとするニッチの魔導は、その効力を発揮することなく霧散した。いや、魔導構成が分解されたと言ったほうが適当だろうか。


 今度こそ奪い返した杖を、ジーモは食い入るようにして凝視した。

(魔導構成の羅列、か? あーいや、違う。違うぞこれは)

 血圧が上がっていくのがわかる。

 試しに自身の魔力を流し込んでみれば、杖は即座にそれに応えた。


「あ」


 近くで発動されている魔力構成の分解。それは即ちオルフェの空間の破壊である。

 森にひしめいていた魔が突如現れたジーモらを見つけて咆哮を上げた。

「やぁん、リーダーのバカぁ」

「空気読んでよ! オジサンのバカ!」

「いや、わ、悪い」

 逃げ出す2人に続いてジーモも逃げる。追いかけてくる魔が鈍足なのが唯一の救いだった。

「許しませぇん。リーダーは帰ったら全身脱毛の刑に決定~」

「ハゲになれ」

「リーダーのハゲぇ~」

「ハゲーーー!!」

「お前らなぁ!」



 ※ ※ ※ ※ ※



「で、いつの間にかリーダーが手に入れてたのがその杖」

「なるほど」

 戦利品である破邪の杖を眺めまわしながら、パレニーは半ば呆れるようにしてうなずいた。

 じっくりと時間をかけて調べれば調べるほど、その杖に満ちている知識の深さにため息しか漏れない。この杖の中に世界のすべての知識が詰まっていると言われたらうっかり信じてしまうレベルである。

 もっとも、かの有名な根源の解読者が作った代物ならばあながち妄言とも言えない。

 魔導理論の祖にして、史上初の通り名を持つ魔導師。性別も出身地も一切が不明という謎に包まれた魔導師が残した遺産、目の前にして冷静でいられる魔導研究家はいまい。

 とは言え、ただ調べるだけではつまらない。


「オルフェ」

「なぁにぃ? パル君もリーダーと一緒でオルフェを放置して研究に明け暮れるんでしょう? オルフェに話しかけていていいのぉ?」

 なぜか不貞腐れているオルフェに、自然とパレニーの口元には苦笑が浮かんだ。

 これはジーモが苦労するはずだ。

「君たちが行った場所を覚えている?」

「んー、だいたい?」

「じゃあそこにナルと少年を連れてピクニックに行こうか」

 何気ない風を装ってした提案は、オルフェの顔を輝かせる威力を持っていた。ぷっくりと膨らんでいた頬は萎み、つまらなそうにすぼめられていた目は爛々と光を放つ。実にわかりやすい反応だった。

 ジーモは扱いに苦労したのだろうが、パレニーからしてみればそれほど扱いに困る女性ではない。


「お弁当持って行くの?」

「いいね。ナルに作らせよう」

「あ、パル君の召喚獣は?」

「行きたがったら連れて行ってもいいかな」

「あは」

 嬉しそうに頬を紅潮させるオルフェは、見た目の歳相応に見えた。

 倫理観が世間一般とずれていたり、気まぐれに残忍な言動を繰り返すオルフェであっても、こうして笑っていれば可愛いものである。


 さっそくナルに弁当の交渉に向かったオルフェを見送り、パレニーは小さく笑った。

 これからも退屈はしなさそうである。


さりげなく会話文だけで登場する新キャラ。根源の解読者とその従者です。

従者の口調に既視感を覚えるって? 不思議ですねー。


本編中では扱いが薄い杖でしたが、実はオルフェすら凌ぐ超チート武器です。

ただし製作者の意向で攻撃は一切できない仕様。魔導無効がある意味攻撃と言えば攻撃かもしれんがね。


次回、最後の後日談。

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