後日談1 - テンテのお仕事
召喚獣テンテとパレニーの話。
「確かに受け取ったのです。ご苦労様だったのです」
その言葉に、緊張で強張っていた体から一気に力が抜けた。ふへー、と情けない息を吐いてその場に座り込む。
納品したばかりの魂を丁寧に現場へと転送させている上司が、そんなテンテを見て困ったように苦笑した。
「4人分の魂の回収は大変だったのです?」
「とっても大変だったのだ。ご主人がいなかったらテンテじゃどうにもできなかったのだ」
気遣うような上司の問いに、テンテは殊勝な表情を浮かべて答えてみせた。
実のところ、特に何も考えていなかったわけだが、そんなことを上司に直接言えるわけがない。真相は、すべてが終わってから主人であるパレニーに魂が封印されているマナチップを渡され、適当に処理を任されただけなのだ。
パレニーの召喚獣という名目であの世界に派遣されて以来、残念なことにテンテはすっかり本来の仕事を忘れていた。
テンテの世界の住人は魂の管理という重大な仕事を任されている。日々送られてくる魂をライン管理するのはもちろんのこと、テンテのように異世界に派遣されて魂の回収をする仕事もある。これは勤続年数に関係なく、優秀である者が優先的に選ばれる栄えある職務なのだ。
元々テンテも職務には忠実で、ライン管理の仕事では現場監督をするほどだった。
それがなぜこうなったかと言えば、もうこれは環境のせいとしか言えない。パレニーの庵は様々な娯楽にあふれ、ナルの作る料理やお菓子はおいしい、テンテとは違う世界から来ている召喚獣たちもたくさんいて退屈しない。パレニーの言いつけには従わなければならないが、パレニーは基本的に放任主義だ。仕事を言いつけられることは本当にごくわずかだった。
こんな環境にあって堕落しないほうがおかしい。とテンテは思う。
ナルは意地悪をしてくるし、パレニーは研究ばかりであまり構ってくれないけれど、あんなに快適な居場所はない。遊ぶことも知らずにただライン管理していた時代のなんと味気ないことか。
派遣期間が終了したとしても、意地でも居残ってやる。密かに決めているテンテの野望である。
そんなことを考えていることなど露知らず、上司は愁眉を寄せて渋面を作った。
テンテの世界で最もカッコいい――全員ペンギンに似ているのでナルたちには違いがわからないだろうが――上司なだけに、その憂い顔とも言える渋い表情にはどきりとするものがあった。
悪い意味で。
「あなたの主人なのですが……」
これはまずいと本能が訴える。この表情の上司から発せられる言葉で良かったことなど経験上ない。
しかもそれがパレニーに関するものであったならばなおさら。
「彼は違法に魂の循環期間を引き伸ばしているのです。これは魂魄循環法違反なのです」
やはり、と内心で冷や汗を垂らす。
肉体の成長を封印し、本来の寿命以上の年月を生き続けていることを指しているのだろう。
確かにこれっていいのかな、と薄っすらと疑問を抱いたことはあったが、パレニーのやることなのだからと思考停止させていた。平たく言えば、見て見ぬふりをしていた。
テンテ自身があの場に長く留まるためにも、パレニーには長く生きていてもらわなくてはならない。テンテは彼の召喚獣なのだから。
だからこそ見過ごしてきた事実を、こうして遂に上司に指摘されてしまった。もうごまかしは効かない。
「仮初めとは言え、あなたの主人なのです。魂の循環期間を守るように説得するのです」
「で、できなかったら、どうするのだ?」
渋面がさらに渋くなる。
死刑宣告を待つような心地で、テンテは上司の言葉を聞いた。
「肉体と魂の強制剥離を行うのです」
ということをそのままパレニーに話した後のパレニーの反応は、すこぶる薄いものだった。
なんというか、まったく興味がありません、とでも言うような。
「こ、怖くないのだ? 強制的に寿命を迎えさせられるかもしれないのに」
狼狽えたのはテンテだけ。
相変わらず布ダルマ状態のパレニーは、さして興味が湧かないとばかりに適当に相槌を打っただけだった。
「えぇ~、パル君いなくなっちゃうのはやだなぁ~。つまんなくなっちゃう」
代わりに反応を示したのはオルフェだった。
積み上げられた研究資料の山の上に腹ばいに寝そべって、研究に打ち込むパレニーを見下ろしていたオルフェが間延びした声を上げる。時折パタパタと足をばたつかせる音と共に、バサバサと山の一部が崩れる音が聞こえてきた。
目線としてはパレニーと同じ高さ。テンテからすると見上げなくてはならない位置だ。
顔を上げたテンテをいちべつだけして、オルフェの興味はすぐにパレニーに移ったようだった。
「ねぇ、パル君。その執行部隊の人が来たらオルフェがキュッてしてあげようか?」
「だだだだめなのだ!」
世間話の延長のような軽さで物騒なことを言うオルフェに、慌てて制止の声を上げる。
伝聞ではあるがオルフェの強力無比さはテンテの耳にも届いている。彼女に蹂躙される同僚の姿が容易に想像できてしまった。
それにそんなことをしでかしたらますますパレニーの立場が悪くなる。ただでさえ心象はかなり悪いのだから、ここは逆に上司をなんとか説得する方向で話をまとめたい。
そんなテンテの思いなど知らず、オルフェはあくまでも無邪気に続けた。
「でもでもぉ、それが一番手っ取り早いでしょう? あなたの世界がどれだけ偉いか知らないけどぉ、上から目線で威丈高に要求だけを突きつけてくるおバカさんにオルフェは遠慮なんてしないよ?」
「うぅ……でもテンテたちは魂の管理を――」
「あは、そんなのオルフェ知らなぁい」
邪気なく笑いながらも、オルフェの目は少しも笑ってはいなかった。
意識的に放出された魔力が語る。本気度を。
テンテはぶるりと震えてパレニーにしがみ付いた。
「ダメだよ、オルフェ」
ここに来てようやくパレニーが顔を上げた。研究をまとめる作業がひと段落ついたらしい。
話の中心人物なのに今さら感は強いものの、自分の味方についてくれることにテンテは優越感を抱いた。オルフェよりも自分のほうが大事にされているのだぞと自慢したい気分だ。
そう口に出さなくても表情には出たのだろう、ぷくぅ、とオルフェの頬が膨らんだ。
「なんでぇ? パル君このまま死んじゃってもいいの?」
「まさか」
失笑と共にパレニーが断言する。少しだけオルフェの表情が明るくなった。
「そもそもテンテ、私は疑問がある」
「う? なんなのだ?」
「魂魄循環法とはなんだい?」
あ、と口からもれる。
テンテの世界では当たり前に誰でも知っている法律だったが、確かにパレニーたちこの世界の住人には聞き馴染みのないものだろう。すっかり失念していた。
慌てて説明しようと口を開きかけ、先にパレニーが口を開いて話を続けた。
「魂の管理をしている君たちには魂の循環は大切なことなんだろうけどね、私にとってみればどうでもいいことなんだよ。私は私の代で魂の循環が終わっても一向に構わない。来世のことなんて知ったことではないからね」
開きかけていた口があんぐりと開く。それはテンテにはない考え方だった。
くすくすとオルフェが笑う。恐らく彼女も考え方はパレニーと同じだ。
「テンテ、少し昔話をしてあげよう」
「昔話?」
布ダルマから生えた手がテンテの体を抱き上げる。恐らくは膝の上かなにかに乗せられ、その体勢でテンテはパレニーの昔話を聞くことになった。
「私は先天的に魔力の制御を苦手としているのはテンテも知っているよね?」
「知ってるのだ。だからご主人は魔力を封印して生活してるのだ」
「そう。封印を施していなければ、私は普通に生きることができない」
テンテを抱く手がテンテの頭を撫でる。
問いに正解したことに対するご褒美だ。テンテは嬉しそうに相好を崩した。
「私はこの魔力制御の甘さを先天性魔力分解症だと考えている」
研究資料の山が崩れる音がした。
パレニーに抱きかかえられたまま見上げれば、それまでニコニコとしていたオルフェの表情が固くなっているのが見えた。魔力分解症で亡くした仲間のことでも思い出したのだろうか。
「大丈夫だよ、発症はしていない」
オルフェの動揺を感じ取ったのか、落ち着かせるようにしてパレニーがそう言った。
「正確に言うなら既に発症はしているけど、私がそれによって死ねことはない。どうやら私の先天属性とは相性が悪いみたいでね」
「封印属性?」
「そう。魔力を分解しようとする症状を封印しているんだ」
軽く言っているがそれが容易なことでないことは、さすがのテンテにもわかった。そんなことが簡単にできるのならば、魔力分解症で亡くなる数はもっと減っているはずだ。
「大まかなところは端折るけど、その結果として私の肉体の成長も封印された。わかる? 私はなにも違法に長生きしたくて封印を施したわけじゃない。医療行為に対する代償なんだよ」
「な、なるほど、なのだ」
原理はわからないが、理由はわかった。上司への説得材料としては有効だ。
魂魄循環法に医療行為に対する延命は違反行為ではないと明記されている。
「まぁ建前はそれでいいとして」
「う?」
気のせいだろうか。いきなり不穏な空気になったような、なっていないような。
「テンテ、君の上司は頭が少々悪いようだね」
「あは、同意~」
いきなり上司への個人攻撃が始まった。
「ルールというものは両者の合意があって始めて意味をなすものなんだよ。ローカルルールはその地域でしか有効ではない」
「そうそう、オルフェの故郷では愛してるの言葉が正反対の意味を持つのと一緒」
「それはちょっと違うかな」
「えぇ~?」
発言の真意はわかる。
テンテもそうだが、上司もまた魂魄循環法がどの世界でも適用されるものだという思い込みによる前提があったのは否定できない。
グゥの音も出ないテンテを慰めるでもなく、パレニーは容赦なく追撃を行なってきた。
「ローカルルールが他の地域でも有効なのだと主張するのなら、当然こちらもこちらのローカルルールを振りかざしてもいいわけだ。意味のわからない理論による殺人予告は脅迫罪が適用できるね」
「パル君の研究を邪魔する意図もあるから威力業務妨害もだね」
「それを言うなら君はいつも私に対して威力業務妨害をしているね」
「やぁん、パル君のいじわるぅ」
頭の上からくすくすと楽しそうに笑う声が降ってくる。とてもではないがテンテは笑う気にはなれなかった。
上司が犯罪者に仕立て上げられようとしているのだ、部下としては庇わなくてはならない。
だがしかし、パレニーはテンテが思っている以上に底意地が悪い人間だ。
「テンテ」
「はいなのだ」
「戻ってその上司とやらに伝えてくれるかな。生皮を剥ぐ実験や生き血を搾り取る実験に協力するのと引き換えなら、私も魂魄循環法に従う心算はある、と。ああ、けど安心して。麻酔は打たないし痛み止めも与えないし気絶もさせないけど、命を奪うようなことは絶対にしないから」
喉の奥で悲鳴が潰れる。
いつもと雰囲気も口調も同じだから気付かなかったが、これは相当怒っていたようだ。
目が本気だった。
というわけでそのままを上司に伝えたら、頭を抱えられた。
当然の反応と言える。
正当な理由にプラスして、正当な主張、さらには取引という名の脅し付き。上司でなくても頭を抱える案件である。
「あなたの主人は歪んでいるのです」
テンテもそう思う。口には出さないけれど。
同時にパレニーの正しさも理解できる。今回の上司の決定は確かに横暴だった。
魂の管理者という立場ゆえに驕っていたのだと、パレニーの言葉からテンテは気付かされた。魂の管理者だからこそ陥ってはいけない現象だった。
「間違ってもいないのです」
上司もまたそれに気付いたようだ。
「しかし魂が本来の寿命を超えて留まり続けることが良くないことも確かなのです。それは説明したのです?」
「したのだ。それで……」
言葉が口の中でもごもごと形を失う。
跳ねるようにして上司の眉――ないけど――が反応を示した。
「無茶を言ってきたのです?」
「自分の魂を循環リストから外せばいい、と」
くわっと上司の目が見開かれる。ここうん百年お目にかかったことのない反応だった。
「あなたの主人はそれがどういう意味か理解しているのです?」
「しているのだ。その上で外せばいいと言ったのだ」
上司が天を仰ぐ。テンテにはその気持ちがよくわかった。
「テンテたちとご主人たちでは価値観が違うのだ。テンテたちは魂を重要視するけど、ご主人たちは今どう生きるかを重要視しているのだ。来世のことなんかいちいち気にしてなんかいないのだ」
テンテにとってそれが一番驚いた点。本当に考え方がテンテとはまったく異なった。
上司にとってもそれは同様で。
口元に浮かんだ苦みを手で拭って、上司は疲れたように息を吐いた。
「理解したのです」
それは説得が成功した証。
上司は規律には厳しいが、柔軟な発想もできる人――人じゃないけど――だ。多分に諦めが主成分となっているだろうが、納得は納得である。
「リストから外すかどうかは慎重に判断するのです。あなたは引き続き彼の観察を続けるのです」
「了解なのだ!」
派遣期間延長決定。
小躍りしたいほど嬉しいことである。
元気いっぱいに答えるテンテとは対照的に、やはり上司は苦々しく渋面を作るのだった。
※ ※ ※ ※ ※
所変わって。
ちょっかいをかけてくるオルフェを布でぐるぐると梱包していたパレニーは、ふとその動きを止めた。
きゃっきゃと楽しそうに笑い声を上げていたオルフェが、不審そうに顔を覗かせる。
「どぉしたのぉ?」
「オルフェ」
「なぁに?」
「テンテに言ったことの何割が私の本音だと思う?」
「ゼロでしょ?」
迷いなく断言するオルフェ。
付き合いは短いはずなのによくわかるものである。根本にある性質が似ているからだろうか。
苦笑がにじみそうになるのを、肩をすくめて我慢した。
「パル君はただ一秒でも長く生きて好きなことをしていたいだけでしょ? そのためには輪廻の輪は邪魔にしかならないもんね」
「そうだね。禁忌を犯せば輪廻の輪から外れることもできるけど」
「それしちゃうと目を付けられて面倒だから、合法的に外れようとしたんだ?」
返事は微笑。布が邪魔して普通は見えないだろうが、空間操作のエキスパートに遮蔽物はなんの意味もなさない。
「パル君ワルイ人~。ステキ」
「私はチャンスを最大限に生かしただけでなにも悪いことはしていないよ」
パレニーの戯れ言に、きゃらきゃらと声を上げてオルフェが笑う。
「でもでもぉ、いいのパル君? 輪廻の輪から外れると、本当にヒトじゃなくなるよ? オルフェみたいな化け物になっちゃうよ?」
「おや? 私は君を化け物だと思ったことはないよ」
すっとぼけるパレニーに、きょとんとオルフェが瞬いた。
パレニーに近づこうとして、梱包されていることを忘れてすっ転ぶ。積み上がった研究資料が埃と共に舞い上がった。
「なんでぇ?」
すっ転んだまま訊いてくるオルフェに、今度こそ苦笑を我慢しきれなかった。
「ローカルルール、かな? 私の中の『人の定義』は君や世間とはどうやら違うようだね」
「どんな定義なの?」
「私にとって興味関心を引くかどうか」
簡潔な答えはオルフェの爆発的な笑いを誘った。
ナルもそうだったが、転げ回るほどにパレニーの『人の定義』はおかしいらしい。自覚はあるが。
「パル君ってば変なヒトぉ」
「ありがとう」
失礼な感想ではあるが、パレニーにとっては褒め言葉である。それがオルフェには殊の外おかしかったらしい、また笑いを再燃させていた。
「じゃあじゃあ、オルフェはパル君に興味を持たれてるの?」
「研究対象としてね」
「あは」
失礼なことを言ったつもりだったが、オルフェはなぜか嬉しそうに笑っただけだった。お気に召したらしい。
「ねぇパル君」
研究を再開し始めたパレニーの背後からオルフェがのしかかってくる。梱包したはずなのに早くも出てきてしまったのか。仮にも封印処理がされた布で梱包したのに、容易く抜け出たようだ。
邪魔くさいことは邪魔くさいが、彼女に構うと研究に割く時間がまた減ってしまう。
諦めてパレニーはそのまま先を促した。
「淋しくないようにオルフェが話し相手になってあげるね」
「邪魔をするの間違いじゃないのかな?」
「あは、そうとも言う~」
耳元できゃらきゃら笑うオルフェにつられて、パレニーも口元に笑みを浮かべた。
テンテは今後も不真面目に召喚獣として生きていくだろうな。
パレニーとオルフェは仲が良いけど、別にくっついたりはしないです。仮にくっついたとしてもLOVEじゃなくてLIKEのままな気がする。
老若男女種別構わず好きになれるオルフェと、老若男女種別構わず研究対象にできるパレニーは、もっそい相性が良いとは思うんだけどね。




