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70_1 - カーニバル1

最終決戦、開戦。

招雷(しょうらい)!」

 戦端を開いたのはルーダの魔導だった。


 駆けるシックとシュキハを抜いて(いかずち)が地を走る。黄昏の一族の長たるヴェザを囲むように迸った雷は、放電を利用してひとつの巨大な魔導陣を描いた。

「来たれタケミカヅチ!」

 完成した魔導陣が呼応する。

 魔導陣から天へと伸びる光の柱は、雷の属性を乗せて光の道を通過するすべての存在を焼いた。地上から立ち昇る雷は、落雷ならぬ確かに昇雷(しょうらい)の名に相応しい。

 殲滅魔導級の暴威を振るったそれが完全に消滅する前に、シックは剣を前方に突き出した。

 白い刀身が喜び勇んで雷の魔力を喰らう。剣に蓄積される魔力の量は三分の一を超えた。中心部ではないというのにこれである。もしかしたらフューレの光の魔導をも凌駕するかもしれない威力である。

 苦笑とは異なる笑みがシックの口元に浮かんだ。

 ルーダの成長速度には驚かされる。出会った当初はほぼ無害な雑魚魔にすら腰が引けていた頼りない少年が、今や人類の敵である黄昏相手に先陣を切っている。それもこの短期間でだ。旅を始めてから一ヶ月も経っていない。

 魔導師ゆえか、本人の資質ゆえか。

(負けていられないな)


 収まりかけてきた雷嵐の中へと飛び込む。敵味方構わず襲い来る雷を剣に喰わせながら、シックは剣を振り抜いた。

 そのまま立ち止まることなく駆け抜ける。

 雷で作られた魔導陣を抜ければ、即座に体を癒やす光が体を包んだ。

 ルーダだ。シックの動きを見てこうなることを予測していたのだろう。素早い対応に、やはり成長を実感できた。

 振り返り様に剣を一閃する。剣が喰らった雷が、雷の刃となってヴェザに追撃をかけた。

 結果を見届けることなく地を蹴る。

 剛速で飛来した槍を剣で絡めて受け止め、すぐに同じ軌跡を辿るようにして投げ返す。向こう側でシュキハの手に渡るだろうと予想して。


「ぬるい」

 低い声が響く。思っていたよりもずっと低い声だった。

「脆弱なる暁の民よ。うぬらに吾を傷つけることはできぬ」

 魔導の収まったそこには、焦げのひとつも見当たらないヴェザの姿があった。反撃の様子を見せないのは、こちらを完全に舐め切っているからだろう。

 腹立たしさは湧かない。そうだろうという予想はしていた。

「ただの景気付けさ。気に入ってもらえなかったかな?」

 叩く軽口をヴェザは一笑に付した。

「愚かな。滅びゆく世界で無様に足掻くこと叶わず、うぬらはここで消えることとなる」

「いいや、世界は滅びはしない。滅びるのは君だからだ」

 ルーダとシュキハの位置をそれぞれ確認する。シックとヴェザを結ぶ線の延長線上にシュキハが、ルーダはシュキハのやや後方に陣取っていた。


 ゆっくりと全体に染み渡らせるように疾風乱舞(バースト)を発動する。

「人間は進化する生き物だ。君が1000年眠り続けていた間に、人間は君を滅ぼす力を手に入れた」

 もちろんうそだ。

 が、うそを真実にするために、シックたちはここにいる。

「なればうぬらに破滅を与えよう。この神王ヴェザが、直々に、な」

 波状に衝撃が広がる。本能的に足が竦みそうになる、そんな魔力を放ちながら。

 ――この魔力は喰えるか?

 剣を構える。

 直撃したらただでは済まないのは、喰らわずともわかる。しゃがむか飛び跳ねるか、シックに取れる回避法はその二択。だがいずれも隙になる。少しでも隙を見せればそこから崩されることになるだろう。

 受けるしかない。


 迫り来る破滅の衝撃波を見据え、刃を振り下ろす。

 重い。だが、フューレほどではない。彼はもっと、もっと重かった。魔力が、魔力の中に潜む激情が。

 許すまじ。あの心優しき男を苦しめた黄昏を、許してなるものか。

 剣を振り切り地を駆ける。

 眼前に迫るヴェザの、その取り澄ました顔を歪め、その身から(はらわた)を引き摺り出してやる。恥辱に打ち震え、慈悲を請うまで、どこまでも辱めてやる。

 ヴェザの顔が喜悦に歪む。醜悪なほどに。


 飛び込み、袈裟斬りに剣を振り下ろす――剣はただ虚しく空を切った。シックの足元から地面の感触をなくして。

「呑まれちゃダメだよぉ?」

 背中に柔らかい感触が当たると共に声が聞こえてくる。この独特の甘ったるいしゃべり方はオルフェか。

 眼下にヴェザの姿が見えた。

 どうやらオルフェに空中拉致されたらしい。化け物に変じたラドと対峙したときに、ルーダが助けられた状態と同じだった。わざと押し付けているとしか思えない感触と、息を吹きかけるようにして耳元で囁く声は、純情な青少年にはさぞ刺激が強すぎたことだろう。

 状況とは裏腹に、頭に上がった血がスゥっと引いていく。

 背後から伸びてきた手がシックの剣に触れた。水仕事などしたことがなさそうな白い指先が、剣の腹をなぞる。

「どうなった?」

 オルフェの指先が触れた部分から、剣が喰った魔力が抜けていく。

 あは、とオルフェが笑った。

「ヴェザちゃんの魔力に中てられちゃったの」

「魔力に?」

「急に心が憎しみに染まったでしょ? 感情がヴェザちゃんの魔力に影響されちゃったんだよ」

「……ああ」

 なるほど、と納得する。

 剣に魔力を喰わせたつもりが、逆に喰わされていた、ということか。

 狡猾なことだ。

「ヴェザちゃんの攻撃はできる限りオルフェが相殺するからぁ、剣には食べさせないでね?」

 再び浮遊感。瞬きの間にシックの体は地上に戻されていた。


 原理は魔笛とはまた違うのだろうが、思考を誘導されるという点においては同類だ。なんとも胸糞悪い。これを長年に渡ってエリスが受けていたのだとしたら。

(堪らないな)

 頭上に剣を構える。雷が剣に落ちた。

 梅雨払いに剣を横に振る。剣が喰らったルーダの魔力は、喰わされたヴェザの魔力なんかよりもずっと力強いものだった。

「堕ちてしまえば良かったものを」

「君と同じところに堕ちる気はない」

 くっくっと嘲笑うヴェザを睨み据える。

 ――乱されるな。勝敗の先に賭けられているのは、エリスだ。

 意識的にゆっくりと呼吸を行い、強張った筋肉から力を抜いていく。見据える先がぶれなければ、乱されることはない。

 何事においてもシンプルなほうがいい。

 エリスのために戦う。シックが掲げる目的は、それだけでいい。


 ヴェザを挟んでルーダにいちべつを向ける。

 待ってましたとばかりに、ルーダの魔力が膨れ上がった。

「無意味なことよ。うぬらの手は、吾には届かぬ」

 何やらぬかしているヴェザの戯れ言はスルーしておいた。

 本番はこれからだ。


「……――白夜の禁呪、黄昏の章、終焉」


 静寂の声が響くでもなく空間を満たす。

 大半が割れて辛うじて残っていた水泡が、まるで共鳴するように淡く明滅を繰り返した。

 ルーダの魔力を隠れ蓑に、オルフェの空間操作によって視認されにくくなっていたパレニーの、手の中で発動の瞬間を待っていたマナチップが光の粒子に分解されていく。

 弾けた光の粒子はシックの剣に、シュキハの二槍に、そしてルーダ自身に吸収された。

 吸収された光の粒子だった魔力は白い刀身の中で、先ほど喰ったルーダの魔力と共存しつつもその勢力を伸ばす。それは内部で膨れ上がり、次第に満ちていくのがわかった。

 これがパレニーの言っていた黄昏に対抗する力。

「そこにいたか、賢者の血脈!」

 ヴェザの指先から黄金色(こがねいろ)の光線が放たれる。衝撃波にしなかったのは、傍にエリスがいるからだろう。だが、そこには既にパレニーの姿はない。

 地面を穿った光線は地面を爛れさせた。

「この世界に生きるものは皆、進化をするんだよ。君を除いてね」

 毛むくじゃらのもこもこした召喚獣で移動しながら、パレニー。視界から外れていた間に何があったのか、見慣れ始めていた布の塊になっていた。

 なぜかエリスも。

「ちなみに私は賢者の血は一滴たりとも引いていない」

 含み笑いを堪えるようにしてパレニーが言った。煽るような言い方がまたいやらしい。


 宙を飛び回る召喚獣の上から、パレニーがマナチップを降らす。赤青黄緑に白と基本色が揃ったマナチップが、粉雪のようにひらひらひらひらと舞い踊った。

 そのうちの数枚にルーダが魔力を放つ。すべてを確認できたわけではないが、黄色のマナチップを狙って魔力を飛ばしているようだった。

 何かをするらしい。何かはわからないが、何かをするのならば、こちらはそれに合わせて動くだけだ。

 シュキハの目配せにうなずきを返して、2歩分後退する。

「神を騙る時代遅れの旧支配者、あんたはここで終わりよ」

 布の塊、もとい、エリスの宣言が開幕の合図となった。


「爆破ー!!」

 黄色のマナチップが一斉に発動する。

 構えるヴェザの頭上から、いや――と見せかけて地面から土柱が隆起した。一本や二本ではない。辺り一面を埋め尽くすほど大量に。

 そして当然爆破も起きていない。ブラフだったのだろう。

 高さの違う土柱を見渡し、柱の間を縫うようにして駆け出す。

 攻撃の意図を持たない土柱は、身を隠す壁の役割と目隠し、さらには足場の役にも立つ。広げられた羽や、垂れ流される(まが)つ魔力はどこにいようが容易にヴェザの居場所を教えてくれた。

「小癪な」

 ただそこで癇癪を起こすような短絡さを、ヴェザは持ち合わせていなかった。自身の周囲に屹立する土柱を広げた翼で薙ぎ倒し、動けるスペースと視界を第一に確保する冷静さは失われていない。

 死角から斬りかかったシックの剣も、身をよじって避けられた。


「寄るな、下郎」

 向けられた手の平に熱が集まる。

 だがそれをヴェザが放つことはなかった。頭上から降りきたシュキハの攻撃を回避することを優先したからだ。

 身を翻して近くの土柱の後ろへと回り込む。

 着地したシュキハの援護をするように、土柱の間を雷が走った。

 煩わしそうに顔を歪めてヴェザが雷を相殺する――相殺される瞬間を狙ったかのように、雷は消滅の瞬間に強い光を放った。網膜を白く焼くほど強く。

 土柱の陰から躍り出る。強い発光にわずかに怯んだヴェザの背中に剣を振り下ろす。

 鮮血が舞った。

 斬り落とした一翼が地面でびちびちと跳ねる。翼のくせにまるでトカゲの尻尾のように。

 追撃はかけずに素早く踵を返す。

 狙い外れて背中を斬りつけることはできなかったが、それまで傷ひとつ与えることができなかったヴェザの翼を斬り落とした。まずはそれだけで十分だった。


 背後で熱が膨れ上がる。

「おのれぇ!」

 ドーム型に広がる熱の洪水が、土柱を焼き払い辺り一帯を焦土と化す。片翼を斬り落としてすぐに退避していなければあれに巻き込まれていたことだろう。

 外縁を飾るだけに成り果てた土柱に手を突き振り返る。

 熱の洪水はどれほどの熱量だったのか、溶けて固まった地面はガラスのような光沢を放っていた。簡単に踏み砕けそうではあるが、まだ熱を持っていることを考えると、安易に足を踏み出してはいけなさそうだ。


「くっ、くくくっ」

 円の中心でヴェザが笑う。

 斬り落としたはずの翼は見当たらなかった。一緒に焼き払ったのだろうか。

「うぬらへの認識を改めよう」

 一翼を失ったまま、ヴェザの翼が大きく広げられる。

「吾が力のすべてをもって、うぬらを屠ってくれる」

 ぶぶぶ、と羽虫の撒き散らす羽音のような音と共に、ヴェザの手元に得物が現れた。

 長柄の、あれは(げき)だろうか。夕暮れが作り出す影のような濃紺の色合いの戟は、それだけで見る者の意識に不安感を与えそうだった。

 思わず眉間にしわが寄る。

 他者を見下し、自身が絶対者であることを疑いもしなかった傲慢なあの女とは違い、ヴェザにはまだ分別があった。

 武器を持ち、翼を畳み、無駄な魔力の放出をやめたヴェザに、先ほどまでは確かにあった隙も油断もない。相手を認め、対等な者として対することを決めた。

 これは実に戦いにくい。

 初めから今のヴェザだったならば、シックが翼を斬り落とすこともできなかったはずだ。

「人間のほうがよっぽど愚かだと思えるよ」

 帝国の大佐も、エリスの母を名乗るあの女も、等しく愚かだった。己に驕り、それゆえに負けた。

 ひどい皮肉もあったものだ。


 ガラス質になった地面を土が覆っていく。見上げれば、召喚獣でふよふよと浮いているパレニーの仕業であるようだった。

 ヴェザは動かない。戦いの場が整うのを待っているかのように。

 いや、事実待っているのだろう。シックらを対等の敵として認めたからこそ。

 足場が完成するのを待って駆け出す。馬鹿正直にまっすぐにヴェザに向かうのではなく、同心円上を描くように。

 シュキハは本人の性格のためなのか、まっすぐに突っ込んでいった。

「クロスライトニング!」

 そのシュキハが突撃する方向とは逆、ヴェザの死角からルーダの魔導が走る。若干シュキハが悔しそうな顔をしていた。一番槍でも狙っていたのだろうか。

 迫る雷をヴェザが戟の一振りで霧散させる。一拍置いて繰り出されたシュキハの突きは、戟の振り回しの動作に乗って危なげもなく避けられた。


 一転、攻守は逆転する。

 左手から迸った熱の刃がルーダに向かい、遠心力を乗せた戟がシュキハの背中に振り下ろされる。ルーダはともかくとして、シュキハのフォローに入るには距離が開き過ぎていた。

 突きのために伸びきった右腕は引き戻せない。位置的に左腕では受けられない。

 体勢が大きく崩れることを犠牲に、シュキハは体を捻ることを選択した。左足を軸にシュキハの身が反転する。ほとんど背中から倒れこむ体勢だった。

 戟の刃が眼前にまで迫る。

 左手に持った槍の持ち手でなんとか受け止めたものの、勢いの乗った戟の一撃と拮抗できるはずもない。叩きつけられるようにしてシュキハの体は背中から倒れた。

 だが防いだ。それさえ防いでもらえればシックが間に合う。

 最短距離で駆け、横薙ぎに剣を振り回す。戟を振り下ろしたばかりのヴェザにこれを受け止める余裕はない。


 ――ヴェザがただの人間だったならば。

 畳まれていた翼の一翼が剣の軌道を塞ぐ。閃いた刃はヴェザの翼の一部を薙ぎ払ったものの、身体に傷を付けることは叶わなかった。

 反射的に舌打ちがもれる。

 地面を転がって場を離脱したシュキハを確認して、シックも後ろ向きに跳躍してその場から離れた。


 息を吐く。

 ルーダはどうやら自力で熱刃に対処できたらしい。

 立ち上がったシュキハとヴェザを挟む。

 再度翼を畳んだヴェザの口元には喜悦の笑みが浮かんでいた。

「楽しいか?」

「上々」

 シックの剣によって引き裂かれ、地面に落ちた羽根が腐敗して消える。

 戦場を見渡し、ヴェザの笑みはさらに深まった。

「過去、うぬらのように吾に刃向かう者が皆無だったわけではない」

「……へぇ、それは初耳だ」

 意図はわからないが、懐かしがるようにヴェザの目が遠くを見る。

 瞼がないので細められることも閉じられることもない目玉が、上空でホバリングしている召喚獣を捉えた。くくっ、とヴェザの喉から含み笑がもれる。

 手の中で剣の柄を持ちかえ、シックは再度剣を構えた。


「進化すると豪語するならば彼奴等(きゃつら)を超えてみせよ」


 戟を掲げ宣言するヴェザの、その体がぶれた。

 反射的に瞬きの数を増やす。二重に見えたヴェザの姿は目の錯覚などではなかった。

「おいおい」

 思わず頭を抱えたくなる。

 ずるりと皮を剥くようにして、ヴェザが増殖した。


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