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閑話4

 ――物理で殴られすぎてやる気がなくなった。


 そう主張したときの魔の王の愕然とした表情はなかなかに傑作だった。こいつ何を言っているんだ、とでも言いたそうな表情はパレニー以外ではエリスくらいにしか見分けられなかっただろう。

 呼び寄せた召喚獣の上で寝ころびながら、パレニーはその表情を思い出して苦笑を噛み殺した。

 面白がってはいけないのだろうけど、面白いものは面白いのだから仕方がない。


 口に含んだ金平糖を舌で転がしながらパレニーは空を仰ぎ見た。

 異形の生物が引いた後に広がった空は、作り物めいた無機質さを隠しもせずに広がっている。直進型の魔導を放ったらどうなるのか試してみたい気もする。不毛すぎるのでやらないけど。

 魔の王には異形の生物が去った後すぐに用事を押し付けた。かなり渋られたが、最終的には言うことを聞いてくれた。エリスのためだとか仄めかしたら素直に従ってくれたので、あの男は非常にちょろい。残念なことを一点上げるとすると、この空を見ることなく行ってしまったことだ。

 こんな稚拙な仕掛けを見られる機会など今を置いて他にない。自分も同じ装置を作ってみようという気すら起きないほどにチープで、なのに醜悪な装置だ。この仕組みを考えた者は性格が悪いだけではなく、悪意をその身に飼っているに違いない。

 クックッと喉の奥で笑う。

「ご主人、ナルちぃを追わなくてもいいのだ?」

「必要ないよ。あの子はもうすぐこちらに来るはずだから迎えに行ってあげて」

「そうなのだ? わかったのだ!」

 足元にいた召喚獣のテンテがぺんぺんと足音を残して遠ざかっていく。白と黒の丸いフォルムはコロコロとしていてボールのようだ。勝手に召喚されて居ついた当初はもう少しスリムだったはずだけど、今やペンギン柄の鞠だ。

 自分が管理していないせいもあるだろう。そもそも呼んだ覚えがないのだから管理する義務はないわけだけど。


 ゆっくりと息を吐いて目を閉じる。

 閉ざされた視界の向こうで、無機質な空が歪みだしたら面白いのに――そんなことを考えながらゆっくりと、殊更ゆっくりと10数える。実際はその倍以上の時間がかかっていたかもしれない。

 閉じていた目を開ける。目の前に顔があった。

「呼んだぁ?」

 独特の甘ったるさを伴った声に応えて体を起こす。

「来てくれてありがとう。待っていたよ」

「やぁん、うれしい」

 頬に手を当てくねくねとオルフェが揺れる。媚びを売っているわけではない動きは、若さが爆発している年代の子からしたら堪らないのだろうか。異性への欲求が枯渇しているパレニーには、なんの感情も呼び起こさなかった。

 そんなことはどうでもいい。

 ナルが来るまでの短い時間しか彼女はここにいてくれないだろう。その短い時間で必要なことをしなくてはならない。


「単刀直入に聞くけどオルフェ君」

「なぁに?」

 必要以上に密着してくるオルフェの体から魔力が漏れ出す。

 脅しのつもりか、無意識か。彼女の性格から考えると後者だろうと思う。

「トワイライト・ストーンについて、君は最初から気づいているよね?」

「えぇ~? なんのことぉ?」

 空惚けるつもりらしい。

 にこりと笑いかける。にこりと笑い返してくる。

「オルフェ・ニル・レヴェンジェル」

 笑顔が消えた。

「子どもじゃないんだ、幼稚なごまかしはしないでもらえると私は嬉しい」

「どこでその名前を知ったの?」

「それより質問に答えてくれるかい?」

 再び笑顔に戻ったオルフェと笑顔で見つめあう。


「制御を外れた魔力って厄介だよねぇ? 自分自身を攻撃しちゃうんだから。外から見たら平気そうでも、中はボロボロになっちゃうんでしょう?」

 予想はしていたけど、素直に話題には乗ってくれないらしい。それだけに飽きたらず痛いところを突いてくる。

 確かに今パレニーの内部はずたぼろだ。臓器はもちろんのこと体内を巡る魔力の流れも規則性をなくしている状態だ。普通ならば既に行動不能、下手をすれば死んでいてもおかしくはない。パレニーが今も普通に動けているのは、人という枠を外れかけているからに他ならない。

 ニコニコしているオルフェを見返して、馬鹿にするでもなくパレニーは笑った。

「神の踊り子も大変だと聞いているよ。望んでいなくてもどんどん魔力が集まってしまうんだってね? 常に消費していないと肉体が破裂してしまうと聞いたけど本当なのかな?」


 ニコニコ、ニコニコ。

 両者の間に飛び交うのはそんな擬音語だけだ。

 互いに互いの手の内を知りながら、互いに相手を出し抜こうと手元のカードを切る。致命的な隙を見せれば次の瞬間に待っているのはただの敗北ではない。蹂躙だ。

「あは、あなたおもしろぉい」

 もっとも、そんな綱渡りのゲームを続けるほどパレニーもオルフェも愚かではない。

 ここで両者が喰い合っても得をするのは黄昏だけだ。

「いいよぉ? オルフェ、頭のいい人好きだから教えてあげる」

「それは良かった」

「でもでもぉ、タダはオルフェやんやんなんだからぁ」

「もちろん。取引は公平に、公正に、だよ」

 艶やかに笑むオルフェに一歩も引くことなく笑み返す。その態度が気に入ったのだろう、殊更に楽しそうにオルフェがキャラキャラと笑い声を上げた。

「トワイライト・ストーンのことならもちろんオルフェは気づいてたよ」

「だから執着した?」

「んー、それもあるけどぉ~」

「従者を拉致してわざと逃がしたのも?」

「やぁん、い・じ・わ・る。そこまでわかってるならオルフェから教えることなんてないよ?」

「確信はあっても確証はないんだよ、こっちは」

 ふぅん、と特段興味なさそうにオルフェが小首を傾げる。


 さて、と思う。

 短い時間でのどれだけの情報を引き出せて、どれだけの情報を引き出されるだろうか。ある意味、異形の生物とガチンコ勝負をするよりも過酷な勝負だ。

 言動から勘違いされがちだけど、オルフェはとても頭の回転の速い子だ。主に己の欲望のためにしか使わないところは尊敬にすら値する。なんだかんだでシックらに情けをかけてしまうパレニーが見倣うべき理想ではないだろうか。などと口走るとナルに白けた眼差しを向けられてしまうので、あくまでも思うだけだ。

「オルフェはね、ただ逢いたいの。ぐちゃぐちゃに壊したいの」

 本来ならば隠すべき本音も開けっぴろげにさらしてしまう。

 彼女の狂気を演出するには効果的な手段だろう。計算し尽くされた上での言動とまではいかないながらも、狙って発言している可能性は低くない。

 表に出さないままにパレニーは笑った。

「それを邪魔する気はないよ。むしろ応援するかな」

「やぁん、うれしい」

「ただし」

 奔放に振る舞うオルフェを穿つ一手を今ここで打っておかなければ、最後の最後で笑うのは彼女ひとりになる。

 ただの興味本位からとはいえ、関わってしまった以上はパレニーにもただの傍観者でいるわけにはいかない。ある程度場を引っ掻き回す責任があった。これでオルフェからの怒りを買ったとしても、それなりに楽しめる自信もある。


 パレニーの顔に人の悪い笑みが浮かんだ。

 確信があるのだ。

「一緒に悪巧みしようか」

 カオスな具合に場を掻き乱すことが確実にできる上に。

「いいよ」

 絶対にオルフェならば喰いつくであろうということを。

 にっこりと笑うオルフェににっこりと笑い返す。


 悪いおとなたちの悪い企みは、密やかに進行されていく。


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