8 - 底から至る
今回は短め
「トレジャーハンターの名も伊達じゃないということか」
覗き込んだ路地に目的の人物の姿がないことを確認して、納得とも呆れとも取れる息をシックは吐いた。
国境の村に入ってすぐ、一度は別れたエリスの後を尾行したはいいが、今目の前の路地に入って行くのを最後に見失ってしまった。フットワークの軽さでは分が悪いとは言え、まさかこんなにも簡単にまかれるとはシックも思っていなかった。
尾行されていたことをエリスはどう捉えただろうか。恐らく再会した後でも態度は変わらないだろう。彼女はそういったところは表に出さない人間だ、予想ではあるけれど。
鼻から息を吐いて踵を返す。
尾行が失敗に終わってしまった今、問題がひとつ――どう時間をつぶそうか。
国境の村、などという田舎にひまをつぶすような娯楽施設はない。思いつく限りでは酒場くらいだ。
適当に女をひっかけようにも、帝国と隣するこの村を出歩いている女はそうそういない。残念ながらエリス並の上玉は見当たらなかった。
ルーダをからかって遊んでも良かったが、何が悲しくてそのためだけに野郎を探し回らなくてはならないのか。
やはり酒場しかない。
早々に結論付けて歩き出す。が、数歩も行かぬうちに足を止めた。
「……まさか、これを狙っていたわけじゃないよな?」
エリスが消えた路地、その正面に位置する建物。
どれだけ規模の小さな集落にも必ずあるとまで言われている施設、治療院がそこにあった。
カルクン神聖国が完全資本となるその施設は、その名の通り治療行為を施すことを目的とした施設だ。恐ろしいことに正義を行えればそれでいいという思考回路の国民が9割を占めるカルクン神聖国が資本元の施設なため、正当な理由さえあれば治療費を払わなくても構わない施設でもあった。
シックも過去にお世話になったことが多々ある。魔との激戦地には連れて行ってもらえなかったが、シックでも戦場へ赴いた経験のひとつやふたつあるのだ。
首の回る範囲で肩を見下ろす。応急手当てをしてもらったとは言え、魔の王からもらった傷は治ったわけではない。
この程度の傷ならばたいした額ではないはずだ。十分シックでも払えるだろう。
(お膳立てされたのか否かはエリスのみ知る、か)
どちらにしろ、これから帝国領内に入るのならば治せる傷は治しておいたほうがいい。
シックの足は治療院へと向いた。
治療院の看板が掲げられたドアを開く。取り付けられたドアベルが涼やかな音を発する。ひんやりとした空気がシックを出迎えてくれた。
さすがは治療院。帝国との国境と接する片田舎に建っているというのに、首都にある治療院と比べても見劣りしない。多少規模が小さいくらいの違いしかなかった。
広く設けられた待合室を横目に受付へと向かう。事務仕事をしていた女が笑顔で出迎えてくれる点も変わらない。若い女でなかったことが多少マイナス点だ。
問診票に記入し、身分証明にも使える騎士団の紋章を提示する。手続きが滞りなく済めば、待合室で待つ必要もなく治療室へと案内された。年寄連中の寄合所と化している待合室を見れば、シックのような普通の客が来ることはまれなのだろうことが想像できる。
治療師は歳のいった男だった。いろんな意味で残念だった。
「やぁ、これはきれいに貫通したものだね」
男に裸体をさらす(上半身だけではあるけれど)という屈辱に耐えるシックを治療しながら、治療師がのん気な感想を漏らしてくれる。かざされた手から浴びせられる治療効果のある魔導のじんわり感がなければ、皮肉を返すところだった。
「当たり所が悪ければ致命傷になっていたかもしれないよ」
「なら運が良かったのかな」
基本的に治療院は怪我に至った経緯を聞いてこない。魔にやられたのか、人にやられたのか、事故にあったのか、そんなことはさして重大なことではなく、傷の具合さえわかれば深く探ってこないのが治療院のスタイルだった。それが治療院が不動の地位を築いている理由のひとつでもある。
とは言え、もちろん例外というのもいるものである。
「誰にやられたんだい?」
その例外のひとりがこの治療師だ。
娯楽のないこんな片田舎にいれば少しでも刺激がほしくなっても不思議ではない。シックからすれば煩わしいことこの上なくても。
「今まで引きこもっていたくせに急に出てきた恋敵といったところかな」
「ほう、修羅場かい?」
「イイ男のサガだよ」
軽快に飛ばす軽口に治療師は豪快に笑った。
どうでもいいけど唾は飛ばさないでくれよ、という祈りはもちろん口には出さないでおく。
「やぁ、お兄さんおもしろいねぇ。前によく来てたお兄さんと同じくらいおもしろいよ」
「それはどうも」
シックとしては笑える話などひとつもした覚えがないが、治療師が満足そうなので余計な水を注すのはやめておいた。
「前来てたお兄さんは毎回全身火傷を負ってるのに理由を聞いても毎回違うんだよ」
「へぇ」
興味はないが一応あいづちだけは打っておく。
「猫が失恋したから、とか、猫が上機嫌だから、とかね」
「猫?」
あいづちだけを打っておくつもりだったのに、治療師の話はなかなかに興味をそそられた。治療の間の雑談としてはくだらなくて最適かもしれないと後付けのように思った。
「仲間のひとりのことだと思うけどねぇ。ああ、トレジャーハンターだったみたいなんだよ彼」
「トレジャーハンター?」
「こう言っては失礼だけど、全然そんな風には見えなかったよ。いつもニコニコしていてねぇ、猫がー猫がーって愚痴ってるときでさえなんだか楽しそうなんだ」
寝台に横たえた体を反射的に起こしそうになって、すんでのところでシックは自制した。
これは偶然の一致か。治療師の話に出てくる客の男と猫に限りなく近い人物が脳裏に浮かんだ。
「ここ半年は姿を見ないから拠点を変えたのかねぇ」
「半年前まではずっとここにいたのか?」
「1年前から半年くらいだけどね。よく酒場で黒こげにされてはここに来ていたよ」
「……へぇ」
時間つぶしの手段として候補に入れていた酒場だったが、これは是非にでも言っておいたほうがいいだろう。なにかおもしろいことが知れるかもしれない。
「そうそう。もしこれから帝国領に入るつもりなら気を付けたほうがいいよ」
「ん?」
「最近国境付近で軍人の姿が目撃されてるそうだよ」
「帝国の軍人が?」
片眉を上げる。
魔との全面戦争が勃発しているこの時期に、隣国の国境付近に戦力を割くなど普通のことではない。まさかどさくさに紛れて侵略戦争でも仕掛ける算段か?
そこまで考えて、バカらしさからシックは苦笑した。
ありえない。いくら軍国主義の帝国でもそこまで愚かではないはずだ。
「はい、終わりだよ。違和感はあるかな?」
「いや、大丈夫だ。ありがとう」
軽く肩を回して異常がないのを確認する。問題はなさそうだった。
治療師に礼を言って治療室を出る。受付で治療費を払って外へと出ると、真上にあった太陽が西に傾いていた。まだ時間としては夕方にも届かないだろうが、足は自然と酒場を探して動き始めていた。




