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その6(第9話)

◆イケベ・リョウからイケベ・シホへの手紙




「まず、シホ様が天竜を呼ぶことがおできになるかどうか、次に晶術の行使がおできになるかどうか、おできになる場合はその威力がどれほどのものかということでございます」


 アスラウさんはそう言うと、懐から一通の封筒らしきものを取り出し、わたしに差し出して言った。


「リョウ様からシホ様あての手紙でございます。お読みください」




 アスラウさんがくれた封筒の表書きには

『そのときに私の相続人であるイケベ・シホに読ませるべき手紙』と書いてあった。


 封筒を受け取ったら、封筒の封が赤い蝋でしてあった。珍しいなと思って指でつついていたら指についちゃった。と思ったらすかさずアニさんがハンカチを取り出して指を拭いてくれた。なんかうれしい。




 気を取り直して、封を開けて手紙を取り出してみると、手紙は日本語で書かれていた。



――



 親愛なる志穂ちゃんへ




 異世界生活をエンジョイしていますか?

 この手紙を読んでいるということは、楽しんでくれているんでしょうね。



 今日は晶術と天竜についてのお話です。



 志穂ちゃんは『西方帝国記』シリーズでの、晶術や天竜についての設定を覚えているでしょうか。


 この世界は『西方帝国記』シリーズの元になった世界ですから、小説世界のガジェットとして晶術や天竜について書かれている設定は、この世界では現実そのままなのです。 


 もちろん志穂ちゃんは熱心な読者であってくれたので、晶術や天竜についての設定も、もちろん覚えてくれているとは思いますが、念のために改めて解説しておきます。



 志穂ちゃんもよく知っている通り、西方帝国記シリーズの世界は、見た感じは中世ヨーロッパ風ファンタジーの世界ですが、実際のところはそうではなくて、実はファンタジーの皮をかぶったSFという設定です。


 何でそうなっているかというと、志穂ちゃんの今いる世界が、作り事のお伽話の世界ではなく、もう一つの現実である以上、それを小説に起こすと当然にそうなるわけですね。


 だから、この世界には『晶術』というドラクエ的ファンタジー世界でよくあるような、魔法っぽい技術がありますが、これも当然にオカルト的超自然の力に基づくのではなくて、SF的物理科学力に基づく技術なのです。

 『SF的物理科学力に基づく』といっても、この世界にいる人々のもつ科学技術文明は、それほど高いものではありません。現実世界でいうところの中世から近世にかけてくらいの技術水準ではないかと思います。


 しかし、この世界では、この世界の住人のあずかり知らぬところで、極めて高度な、現実世界の地球なんかも遥かに超える科学技術が存在しています。そして晶術とか天竜とかはその技術に基づくもので、この世界の人々は、その原理をよく知らないまま日常的に使っているんですね。



 これから、この世界の『晶術』という技術やあるいは『天竜』について解説しますが、少し難しい話になります。ですから理解し難ければ無理に理解しなくても大丈夫です。なにしろこうして手紙を書いている僕も十分には理解できていないくらいです。だから、フィーリングだけ何となく掴んでくれれば、それで問題ありません。




 では説明に入りますが、まず、この『晶術』は概ね三つの体系に分けられます。



 『投射晶術』『晶体術』『治癒晶術』 この三つです。

 他にも幾らかの派生型はありますが、あまり一般的には使われませんので今回は触れません。




 まず『投射晶術』と『晶体術』についてですが、前提として、


 この世界においては、細菌の様に小さなナノマシンがあらゆるところに存在しています。その在り様は、細菌やウイルスのそれに似て本当にどこにでも存在しているのです。

 空気中に充満し、人や動物の体内に充満し、水の中にも土の中にも、果ては深海や火山の火口の溶岩中にすら存在しています。


 そして、これらのナノマシン群こそが『晶術』という魔法にしか見えない技術のタネなのだということを理解しておかなければなりません。




 これらのナノマシン群がどのような能力を持っているのかというと、エネルギーの出し入れを行う、いわゆるコンデンサとしての能力を持っています。


 対象となるエネルギーの形態はたくさんありますが、一般的には、熱エネルギー、光エネルギー、運動エネルギーなどに対して用いられます。


 そして『投射晶術』というのはどのようなものかというと、基本的には熱エネルギーや光エネルギーを操作する技術です。


 その投射晶術をどのようにして使うのかというと、例えば、火の玉のようなものを自分の前に作り出すイメージを念じます。


 そうするとその火の玉(より正確に言えば、熱エネルギーの塊ですが)ができます。

 そしてこのできあがった火の玉を、これまた念じることによって対象に投射するのです。


 おそらく、人体の中に存在するナノマシンが、その晶術を使う人の思考を読み取って、その人の周囲の空間に存在するナノマシン群へと伝えているのだと思われますが、まだ詳しい原理まではわかっていません。


 とまれ、その火の玉が対象に着弾すると、その火の玉に込められていた熱エネルギーが炸裂して周囲の空気や水を熱し、空気や水は熱によって膨張し、結果として爆発が起こります。


 つまり分かりやすく言えば『ファイヤーボールの魔法』のSF的再現ですね。この世界では一般的に『火弾』と呼ばれます。




 『火弾』の威力はその大きさと色によって、外から判別できます。



 大きさについては、色が同じであれば、大きい方が威力は大きいことになります。

 色については、威力が小さい方から大きい方へ順に、暗赤<赤<黄<白<青白の色になります。



 さらに、念ずることによって、熱エネルギーのかわりに光エネルギーを操作することもできます。これはつまり、ライトとかそんな感じの魔法の再現です。これは一般的に『光弾』と呼ばれます。



 そして、熱や光のエネルギーの塊を、周囲の空間に比してプラスの状態で作り出せるなら、それを、逆に周囲の空間に比してマイナスの状態で作り出すことも可能なのです。これはつまりアイス系や氷系、もしくは闇系の魔法の再現ですね。


 しかし、氷系の魔法の再現といったところで、それは単に温度が下がるだけのことで周囲に水がないかぎり、氷はできません。通常であれば、空気中の水分が凝集し、若干の霜ができるくらいでしょうか。


 『投射晶術』については取りあえずこんなところです。




 次に『晶体術』について述べます。


 この『晶体術』というのは、この世界に満ちるナノマシン型コンデンサを利用して、今度は熱エネルギーでなく、運動エネルギーを自由自在に操る技術です。



 よく格闘ゲームなんかでは、操作しているキャラクターが敵のキャラクターをパンチやキックで吹っ飛ばしたりしていますね。


 それを現実に行うことは本来物理的に不可能ですが、しかし、この『晶体術』という技術を用いればそれを現実に再現することが可能です。



 すなわち誰かを殴るのであれば、その瞬間に念ずることによって運動エネルギーを操作して、パンチやキックの威力を増したり、あるいは相手に直接運動エネルギーを送り込むことで、相手を吹き飛ばしたりすることができます。


 他にも、普通であれば持ち上げることもおぼつかないような超重量武器を小枝のように振り回したりとか、そういうことができます。甚だしい例では、六、七歳くらいの女の子が大人の身の丈くらいある大剣を振り回しているのを僕は目撃したことがあります。怪力幼女です。



 そしてこの『晶体術』は攻撃のみならず、防御の方面でも威力を発揮します。自分に向かってくる運動エネルギーに干渉して吸収してしまうことができるんですね。


 この技術に熟練すると、例えば自分に向かって飛んでくる矢を失速させたり、両手で抱えるようなメイスで殴られてもノーダメージだったり、あるいは突進してくる馬を片手で止めたりできるようになります。



 最後に『治癒晶術』ですが、これは『投射晶術』や『晶体術』とは全然毛色が違います。


 『投射晶術』や『晶体術』は、エネルギーの出し入れや操作によって様々な現象を引き起こしていましたが『治癒晶術』はそうではありません。




『治癒晶術』というのは読んで字のごとく、生物の怪我や病気を治癒させるための技術です。



 この『治癒晶術』というのはどのようにして使うかというと、まず、治癒晶術を使おうと念ずることによって、使い手周辺の任意の位置に、薄青く輝く光球が発生します。


 次に、この光球を傷痍や病変の部分に重なり合うようにあてがうと、その重なった部分の体の組織が正常に復元し、怪我や病変が治癒します。



 治癒晶術について分かっているのは、ほとんどこれくらいのことだけで、その原理や仕組みについては詳しいことは全く分かっていません。ただ使い方や幾らかの注意すべき点が分かっているのみなのです。


 この治癒晶術というのは非常に便利なもので、発生させた薄青い光球を患部に重ねれば、どんな病変であれ、怪我であれ直すことができます。つまりそれは、どれほど大きな怪我であれ、どれほど難しい病変であれ、問答無用で治癒させることができるということなのです。


 ですから、この世界の医療は『治癒晶術』というものがある故に、もとの現実世界の医療よりも上であるということもできます。なにしろ、適当に念じて、薄青の光の玉を発生させて、それを患者に翳せば、ほとんどなんでも治るということなのですから。




 しかし『治癒晶術』を用いた治療には限界がないわけではありません。


 まず『治癒晶術』は使い手の数自体がそれほど多くありません。


 また、その使い手の能力の多寡によって、重ねることによって体を治癒するために発生させる光球の、その大きさも変化します。


 例えば極めて能力の高い使い手であると、頭から足の先までをすっかり覆い尽くすほどの大きさの光球を作り出すことができますが、ほとんど能力のない使い手であれば、光球の大きさはピンポン玉くらいにしかなりません。ピンポン玉程度の大きさの光球では直せる傷の大きさにも限界があります。


 そして、能力の高い使い手はさらに数が限られています。


 またさらに、『治癒晶術』は、というより『投射晶術』や『晶体術』も含めた晶術は、無限に行使し続けられる力というわけではありません。


 晶術を用いて、一定時間あたりで発現させられる効果の量は、使い手の能力ごとにそれぞれ限界があります。

 例えば、治癒晶術の、ある使い手は、大きさとしてはバレーボールくらいの光球を発生させるのが限界で、それくらいの大きさの光球を発生させて治療する場合は、一日あたり五回しかできないかもしれません。

 また別の使い手は、玉ころがしで使う玉のような、巨大な光球を一日当たり十五回発生させるのが限界かもしれません。

 使い手ごとに能力に多寡はありますが、結局のところ無限に治癒晶術を行使し続けることはできず、ということはつまり、使い手が一日に治療できる患者の数も限られてしまうということなのです。




 さらに治癒晶術は遺伝病に対しては無力です。


 遺伝病を原因として発生する病変を対症療法的に治癒させることは可能ですが、遺伝病そのものを根治させることはできません。あくまでも表面に顕われてくる病変にしか対処できないのです。


 それから、これはとりわけ注意を要する重大な点ですが、治癒晶術では、頭部の、より正確に言うなら脳の病変や傷を治癒させることはできません。脳に対して治癒晶術を施すと、患者はほぼ例外なく植物状態に陥るからです。ということは、ほとんど殺人と同義ですから絶対にしてはなりません。


 とりあえずこんなところで、晶術についての解説は終わりです。




 晶術というのは、極端に言ってしまえば、ただ単にイメージして念じれば行使できるというただそれだけの技術です。難しいところは何もありませんから、まずは使ってみるのがよいでしょう。


 志穂ちゃんのこの世界での体、つまり赤ちゃんみたいに見える森族の体ですが、その体は、晶術はかなり、というかものすごく使えるはずです。





 あとは『天竜』についての説明が残っていましたね。




 志穂ちゃんの乗る予定の天竜は、名前をラスタスと言います。このラスタスと言う名前には志穂ちゃんも聞き覚えがあるかもしれません。ラスタスという名前の天竜は、僕の書いた小説である『西方帝国記』にも何度も登場したからですね。


 ラスタスという名前の天竜がなぜ何度も『西方帝国記』に登場したかと言うと、ラスタスは、僕の、つまりこっちの世界でのリョウ・イケベ大公爵であり『西方帝国記』の作品世界ではオーテ・ステルベンという名で登場していた僕が、乗っていた天竜だからです。



 天竜というのは『西方帝国記』の作品中にも何度も出てきたとおり、体長が何十メートルにもなる巨大なドラゴンです。



 『西方帝国記』の世界には、騎乗用のドラゴンとして、天竜の他にも、飛竜や走竜、特殊なところでは亜竜なんかが出てきましたね。


 この飛竜や走竜や亜竜に乗ろうと思えば、それなりの訓練をする必要があります。少なくとも馬に乗るのと同じ程度には練習をしなければいけません。



 けれども天竜はそうではありません。乗るのは非常に簡単です。


 なぜなのかというと、飛竜や走竜や亜竜などは、この世界に存在する純然たる動物です。


 動物にはそれぞれに自分の意思や感情や好みをもっていますから、動物と付き合って、その動物と良い関係を保つためには、知識や訓練が必要になります。



 しかし、これは『西方帝国記』には書いていないのですが、天竜は動物ではないのです。


 天竜は、動物、というかいかにも西洋風ドラゴンといった幻想動物っぽい見た目をしてはいますが、動物というよりは、戦争や移動のための道具と言ったほうが適切な存在です。



 なぜそう言えるかというと、例えば、天竜には固有の意志や思考がまったくないわけではありませんが、それは非常に希薄なもので、天竜の体を維持するためだけのものでしかありません。動物と呼ぶに値する意識を持っていないのです。



 天竜という存在がそのように造られているのは何故なのかということはよくわかっていませんが、ある程度の推測は可能です。


 それは、天竜という存在は、生物としての枠に収まりきらないほど、非常に強大な力を持っているからです。例えば天竜は強力な投射晶術を行使して、地上を爆撃して、火の海にすることができますし、さらに個体ごとに差はありますが、音速を超える速度で飛行することが可能な個体もおり、しかも長距離をそうすることができます。



 このような生物がただの獣であったら大変なことです。


 獣というのは、滅多にそんなことはしませんが、怒って人に襲い掛かったりすることもあるからです。つまりファンタジー小説なんかでよくある、人間を襲う邪竜みたいなものが誕生してしまうとシャレにならないからですね。


 ですから天竜は、動物であって動物でない。人に使われるための道具としてあるのだとおもわれます。




 まあそれはともかくとして、要するに天竜は動物でなく道具ですから、非常に乗るのが簡単であるということを言いたかったのです。


 乗るために必要なことは背中に乗っかるだけのことで、いったん乗ってさえしまえば、自分の思考で制御、つまり念じることによって制御できますし、空を飛んで、どんなスピードで振り回されようと、ある種の慣性制御装置が働いているので、振り落とされる心配もありません。その天竜の持ち主でありさえすれば、まったく訓練無しで乗れます。




 ということで天竜についての説明は終わりなのですが、なぜこんなふうに『晶術』や『天竜』の説明をしたかというと、ここからがこの手紙の本題なのですが、


 志穂ちゃんがそちらでの生活を気に入ってくれたのであれば、志穂ちゃんには、イケベ大公爵家の爵位を継いでもらう予定になっています。



 それで、この『西方帝国記』の舞台になった西方帝国では、貴族の爵位の継承には、その爵位を継ぐ当人が高い戦闘能力を持っているということを示さなければならないということになっています。


 それは、この西方帝国の貴族制度というものが、力ある個人を体制の内部に引き込んで、飼いならし、そうすることで社会を安定させるという目的で存在しているからです。


 ですから貴族家の当主となるものには、その地位に応じて、高い晶術の行使能力や、あるいは天竜に乗れることなどによって高い戦闘能力を持っているということを示す必要があるのです。ということはつまり、志穂ちゃんも、自分が高い戦闘能力を持っているということを示さなければならないのです。



 というわけで、志穂ちゃんは僕の相続人ですから、僕の騎竜であったラスタスもまた志穂ちゃんに引き継いで乗ってもらう予定になっているのです。


 ラスタスは、志穂ちゃんが心の中で名前を呼び、こっちへ来いと強く念ずれば、近くにきますし、そして近くにきたら、志穂ちゃんの言うことを聞くようにしてあります。




 ともかく色々と事情はありますが、まあ、難しいことは別にいいです。


 要するに、もう会ったとおもいますが、家令のアスラウという男がいますから、彼や、あるいは他の人たちの前で、ド派手に晶術を使って見せ、さらに天竜のラスタスに乗って見せてあげてください。僕がシホちゃんにお願いしたいのはそういうことです。


 僕がこの世界からいなくなってしまったので、つまりイケベ大公爵家は当主がいなくなってしまったという状態にあります。ですから、アスラウをはじめ、イケベ大公爵家がこれからどうなるのか心配している者もいるかもしれません。


 そこで志穂ちゃんが、ド派手に晶術を使って見せ、さらに天竜のラスタスに乗って見せれば、イケベ大公爵家は志穂ちゃんが問題なく継げるということで、皆が安心できます。ですから彼らを安心させてあげてほしいのです。


 まあ、爵位の継承とか、そういう真面目な話は置いておいても、天竜というのは免許のいらない、操縦の極めて簡単な個人用飛行機みたいなもので、非常に便利な乗り物でもあります。ですから志穂ちゃんの、快適で楽しい異世界生活の足になってくれることは間違いがありません。


 ぜひ便利に使い倒しましょう。




 以上で今度の手紙は終わりです。




 ではまた、次の手紙かあるいは現実世界で会いましょう。





 池部 良



――


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