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(2)-2

「ま、まあまあ。とりあえず俺らで部活作るってことで」

「そうだな。あとは何の部活にするか、だな」

「俺的にはみんなで一緒に出来て、楽しくて、有意義な時間を過ごせるもんがいいんだよなぁ……」

 麻妃はそこまで言って、はっとなる。

「一家団欒……団欒……団欒部! そうだ! 団欒部にしようぜ!」

 自分の発想力に惚れ惚れしながらスタンドアップ。

 麻妃は秘密基地を発見した子供のように目をキラキラさせて、ガッツポーズを決めた。

 深夜とも同じ一家団欒の時間を過ごせ、尚かつ夕之助やサリーとも仲を深めることが出来る。

 もうこれしかないだろ!

「家族らしいことをする部活。これだ!」

「これだ! じゃねーよ、なんだそれ」

 興奮真っ直中の麻妃にそんな突っ込みは聞こえやしない。

「部室はここにしちゃえばいいよな。つーか、ここ畳部屋にしてもらえないのかな。夕之助はどう思う?」

「どう思うじゃねーよ、人の話を聞け!」

「わかったよ、俺がお父さん役やるからおまえお母さんな」

「……おい、その面に瓶ねじ込まれたくなかったら一回黙れ」

 瓶が目前に近づいてきたので、さすがの麻妃も我に返って謝る。

「ねーねーあーちゃん。だんらんぶってなに? らぶこめはある?」

「らぶこめはありません。家族なので」

「えー」

 どんだけラブコメしたいんだよ、ラブコメみたいな体しやがって。

「さっきも言ったけど、家族らしいことをする部活ってわけ」

「ふーん、家族らしいこと……ねえ。家族らしいことってなんなわけ?」

「え!」

 麻妃は言葉に詰まり、助けを求めるかのように他の面子に目を向ける。

 深夜はあからさまに目を逸らし、サリーはママノートを開き始めた。

「言っとくけど、俺は家族らしいってなんなのかわかんねえ。家族がなんなのかもな」

 夕之助は吐き捨てるように言った。

 珍しくいつもの怒気交じりな声色でも、めんどくさそうな声色でもなかった。誰に言うでもなく、口から出てしまった独り言のように儚げだったのだ。

 深夜は口を開こうとして、やはり閉じ、メモ紙に何かを書き始める。

 そして書き終えた紙を今度は丸めることなく、床に落とした。ひらひらと紙が舞うようにして落ちていく。

「アホらしい?」

 その紙を見て読み上げる麻妃。

 もしかして、もしかすると、誰も家族を……。

「はいはーい! ママノートに書いてたでありんす!」

 気まずそうにしている面々の中で、唯一の希望の星がまたもや手をあげた。

「書いてた? なんて?」

「友達は家族だと思うこと」

 サリーママ、たまにはいいこと言えるんじゃねえかよ。でもそれって女体の安売りして作ったお体のお友達じゃないよね……?

 その言葉だけなら、麻妃の中で何かを動かすだけの威力が充分にあった。

「だからサリーはあーちゃんのぶかつにさんせーするでありんすぅ!」

 こうやって場の空気を無理矢理にでも明るくしてくれる、そんな立ち位置としてもサリーは重要なんじゃないだろうか。アホだけど。

「ま、なにやるかはみんなで考えてくっきゃねーな」

 ため息をつきながらも、微笑みかけてくれるイケメン。瞬間、俺はもう掘れても仕方ないと思った。

「…………」

 そんな空気の中で深夜は迷っているのか、無言で俯き、視線を彷徨わせている。

「アホらしいかもしんないけどさ」

 普通、常識的に考えてこういう部活なんて部活として成り立たないだろう。

 でもここはどこか? そうだ、茶の間学園だ。家族愛を校訓にかかげた、家族の絆を知るための学校だ。だから――

「俺、両親いないんだわ。母親も父親も知らないし、一人っ子だから兄弟もいない。だからずっと家族に憧れてて、この学校に来て家族が出来るのすげえ楽しみにしてたんだ。嘘でも、疑似的でも、それでも、楽しみにしてたんだよ。そりゃあもう、はりきりすぎて入学式間違うぐらい」

 麻妃は自嘲するような薄笑いを浮かべる。

「だからもちろん小野さんと仲を深めたいし、サリーの話を聞いてサリーや夕之助とも仲を深めたいと思った。家族らしいことなんて俺が一番わかんねえんだけどさ、それでもみんなと仲良くしたいんだよ」

 麻妃の今の率直な気持ちだった。

 最初は妹と、深夜と、二人で家族らしい絆を深めればいいと思っていた。でも友達を家族のように思いやる、そして家族に負けない絆を結ぶ、家族のような友達がいてもいいんじゃないかと思えた。

 きっと誰もが自らは話さない、そんな闇を抱えている。

 それを雰囲気で感じ取れるのは、きっと何か近いものを持ち合わせているからだろう。当たり前の幸せを当たり前の中で得ている人間には、きっと気づけないものだと麻妃は思う。

 だからこそ――

「やろうぜ、部活。みんなで一家団欒」

 このとき、深夜だけが違う表情をしていた。

 怒るわけでも、呆れているわけでもない、驚きと悲しみが入り交じったような顔をしていたのだ。

 どうしてそんな顔をするのか。

 このときの麻妃にはわかるはずがなかったのだ――



 その日の放課後。

 ホームルームを終えてすぐ、

「悪い、あいつ頼むわ」

 帰る準備を終えたらしい夕之助がなにやら慌てた様子で麻妃に告げる。

「え? どうしたんだよ、そんな慌てて」

「委員会の仕事があんだよ。あと部活の件、俺手続きしといてやるから」

「委員会? あ、ああ、わかった」

 夕之助は答える間もなく、教室を飛び出して行った。

「委員会なんかに入ってたのかあいつ。まだ一年だってのに」

 あーだこーだ文句を言いながらも引き受けそうではある。

 せっかくだし、あの空き教室で今後の活動について話し合ってみるのも悪くないと考えた麻妃は、

「小野さん、放課後大丈夫?」

 帰る準備をしている深夜に問いかけ、

「はーい! サリーは大丈夫でありんすぅ!」

 何故か駆け寄ってきたサリーが答える。

「おまえに聞いてねえ! それにサリーは有無言わず連れていかねえと夕之助に俺が怒られるわ」

「…………」

 横で騒ぐなとでも言いたげな視線を二人に送る深夜。

「ご、ごめんって……」

 そんな睨まなくてもいいじゃんよ。

「部活の活動内容とか決めようかなって。夕之助が部活の手続きしてくれるとかなんとか」

 麻妃が苦し紛れの笑顔で言うと、深夜は無言で立ち上がる。

「おのおのさん、行くってー! よかったね、あーちゃん」

「え? なに、おまえ小野さんの心読み取れんの?」

「うん! おのおのさんは来てくれるでありんす。ねー!」

「…………」

 サリーが深夜の腕を握るが、その腕には生気がこもっていないように見えた。

 相変わらず一方通行なサリーの深夜への想いを目の当たりしながら、三人で空き教室に行くことにする。


「で。団欒部としてどういう活動をしていくかなんだけど……」

 空き教室に着くなり、教室の真ん中で丸くなるように椅子を設置して座る。

「はーい! いすとりゲームがしたいでありんすぅ!」

「それは今したいことだろ! そうじゃなくて!」

 しかも女子二人と男一人でいすとりゲームとか俺得なだけだろうがよ。

 深夜がなにやら書いたらしいメモ紙を麻妃の足下に落とす。

「なになに。もう一人が来てから決めれば? うん、そうだな、ごもっともです」

 しかし委員会の仕事とは一体何なんだろうか。

「ゆーのすけ、ほけんいーんなんでありんす。だから今日はそのお仕事だと思うよー」

「え? そうなの?」

 深夜がカリカリとシャープペンで文字を書く音が響き渡る。

「保健委員は女子が受け持つんじゃなかったの? って書いてるけど、どうなのこれ」

 もう色んなフラグがびんびんに立ってるんだけど、どうなのこれ。今この瞬間に保健室行ってみたい気がしないでもない。

「うーん、どうしよっか」

 で、結局今から三人で何をすればいいんだろう。

 麻妃は頬を掻きながら二人に視線で助けを求める。四人揃ってから活動内容を決めるとなれば、今何をするかが問題であるからにして。

「小野さんは……どう思う?」

 我ながら無茶ぶりだと思う。しかしもう一方が常人ではないので、会話らしい会話をするにあたっての相手は深夜しかいないのだ。

「ねーねーあーちゃん」

 そして話しかけていないのに必ず話に割り込んでくるサリー。話しかけても話しかけなくても意味ねえ。

「どうしてあーちゃんは、おのおのさんのこと名字で呼ぶのー?」

「え……?」

 純粋に疑問だったのだろう。まるで子供が「どうしてそれしちゃだめなの?」と親に問うかのようだった。

「あーちゃん『さん付け』で呼んでておかしいでありんす」

 あまりに的確すぎて、二の句が継げなかった。

「おのおのさんもどうしてあーちゃんの名前呼ばないのー?」

「……それはっ」

 そして深夜も言い返せずにいて。

「二人ともおかしいでありんす」

 純粋無垢なサリーの言葉が胸に染みた、痛い程に。

 夕食を一緒にとれたことが嬉しくて、例え一品だけでも作ってくれていたことが嬉しくて、少しだけでも距離は縮まったのじゃないかと思っていた。

 違う。距離は最初から何も変わっていなかったのだ。

「そうだよな、おかしいよな。サリーのことは呼び捨てなのに妹のことはさん付けなんてさ」

 深夜は何も言わず、複雑な表情をしていた。小刻みに肩を揺らし、スカートを握る手に力がこもる。

「みんなで仲良し呼びー! おのおのさんもあーちゃんって呼ぶといいでありんす!」

「いや、あーちゃんはないだろ……あえて突っ込んでないけど、そんな呼び方されたことないぞ」

 もちろん理想はおにーちゃん呼びだが、そこまで難易度はあげない。だからせめて名前を呼んで、会話をしてくれれば、それだけで距離は縮まったかのように思えるのだ。

「……本気で言ってるの?」

 深夜の真っ直ぐな視線が麻妃の瞳を打ち抜く。この台詞はあなただけに言っているのだと知らしめるかのように。

「本気でって? え? なにが?」

 麻妃はわけがわからず、心当たりもなく、ただ疑問符を頭上で飛ばすばかり。

「……別に」

 その反応を見て何かを感じ取ったらしい深夜は、呆れた様子で言い放つ。

 そしてまた口を閉ざしてしまったので、変な空気が漂い始めてしまった。こんな時に限って空気を浄化してくれる夕之助がおらず、重みだけが増していく。

 ――キーンコーンカーンコーン。

 時間は何も解決してくれず。

 委員会終了の知らせだけが校内に鳴り響いた。

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