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(2)家族のような部活のようなただの団欒時間

 それから夜通し二人で語り、洗濯当番とか食事当番とかどっちが朝起こすかなんていうことを話し合い、仲を深めた……なんていうイベントはもちろん発生していない。

 そんなに世の中上手くいくなら「おにいちゃん、なんか眠れないの……」なんて夜中に部屋を訪れ「じゃあ一緒に寝るか?」と、手繋いで一緒に仲良く寝るぐらいのスペシャルイベントが発生していたっておかしくはないはずだ。

 食後は各の時間を過ごし、寝に入った……まではよかった、までは。

 早朝――

 差し込む朝日が眩しくて寝返りを打とうとする麻妃だったが、

「ん……」

 金縛りにあって体がいうことをいかなかった。瞳を閉じたまま眉間にしわをよせ、苦しそうな顔をする。

 体が重い、なんだこれ。

 遠い意識の中で麻妃は自問する。やっぱり金縛りなんだろうか。

「おーい! おーい!」

 そして段々近づいてくる呼び声。しかしその声は深夜のものではないので、起こしにきてくれたわけではなさそうだ。

 その甘ったるい声は何度も麻妃を起こそうと必死に呼びかける。

 あまりのしつこさにとうとう夢の扉も閉店ガラガラ……というわけで、麻妃は現実世界へ強制送還されてしまう。

 重い瞼をゆっくり持ち上げ……、

「おっはよーでありんす!」

「は!?」

 瞬間、冷水を頭からぶっかけられたかのように目が冴えた。

 しかし頭と目が冴えたところで、あるものに体の自由を奪われており、上半身すら起こせない状態である。

「ちょ、ちょちょちょ、なに? なんで俺に乗っかってんの? しかも、し、した、したぎ……」

「おっと、忘れてたでありんす。ちゃんと脱ぐ脱ぐ」

「脱ぐな! 脱ぐ意味がわからんだろ!」

 目が覚めるとそこはおかしなことになっていた。

 下着姿のサリーが何故が自分に跨っていたのだ。なにこれ事故前?

 しかもそれだけでもおかしいのに「下着とるの忘れててごめんね、てへ☆」みたいなノリで下着のホックを外し始めたので、頭がショート寸前だった。

「だ―――――からっ! なんで脱ぐんだよ!」

 嬉しいけど! そりゃ嬉しいけど! なんか違うだろ、おい!

 下から見上げるとその二つの果実は、素晴らしい実り具合だった。そんだけ膨らんでいれば、ざぞ美味しかろう。

 そしてわかる人にはわかる、ブラからはみ出た下乳という甘美なアレ。それを有り難いことに拝めてしまう。

「あれー? なんかおかしいでありんす」

「お、おかしくない! おかしいのはおまえだ!」

 早朝、寝起き、そしておっぱい。もう一人の自分がそろそろ完全復活し、起き上がっても仕方がないわけで。

 おどおどする麻妃に追い打ちをかけるかのように、

「おかしくないでありんす! よし、準備が出来たー!」

 勢いよくとったブラを投げ捨てた。

「わーわーわーわーわー!」

 見たい、でも見たらやばい、見たい、でもでもでも!

 麻妃は目をぎゅっと瞑って、起きて逃げようとするが、サリーに両肩を掴まれて押し倒されてしまう。

「さあ! あちきを抱くでありんす!」

「はあ!?」

 朝から何を言っとるんだこいつは!

「だってぇ、ママが言ってたでありんす。仲良くなりたい男の子には、裸で乗っかって『抱いて!』って言うのが一番だってー」

「どこの店のママだよ!」

 と、突っ込んだ途端にドアが勢いよく開く音がして、

「……やっぱりやりやがったな、てめえ」

 さぞ急いで来たのだろう。肩を揺らし、息を切らした夕之助が部屋の入口に立っていた。

「ち、ちが! 違う! 俺はやってない!」

 麻妃が手を振って否定する。

 そりゃここで夕之助がこなかったら間違いが起きたかもしれないが、俺はやってない。無実だ。むしろこんな状態でお預けを食らった被害者だ。

「おまえじゃねえよ、こっち」

 言って、夕之助はサリーの頬を思いっきり抓る。

「いたひ! いたひよ! ゆーのふけんばかー!」

「バカはてめえだろこのクソアマ! それやるなって言っただろ!」

「だってぇ……これと仲良くしたかったんだもん」

 さすがの麻妃も言わずにはいられなかった。

「これって言うな、これって! 起田麻妃! おきたあさひ、ね!」

 間違った日本語は正してやらねばならん。日本人として。自分の名誉のためにも。

「あーちゃんと仲良くなりたかったんでありんすぅ!」

 両手をあげて叫ぶサリー。おっぱいが揺れに揺れるのでそのポーズは辞めてほしい。いつまでたってももう一人の自分が落ち着いてくれないじゃないの。

 それを平然と見ている夕之助がある意味凄いと思う麻妃である。

 あの果実を見ても何の反応も示さないのだ。姉として割り切っているのかもしれないが、それにしても健全な男子として無表情とは如何なものか。姉のぽろりとか弟からすればご褒美じゃないのか? 違うのか?

「で、これは一体……」

 麻妃がこの謎の状況説明を求めると、

「ああ、悪いな。こいつなりの愛情表現っつーの? 俺も最初にやられたんだわ」

「や、やられた、と……」

「そのやられたじゃねえよバカ。全裸で乗っかられて『抱いて!』をやられたってこと」

 そんな愛情表現あっていいんですか? 相手が自分や夕之助だからよかったものの、普通はとっくに貞操めちゃくちゃにされてますよ。

 夕之助はぷりぷり怒りながらサリーに制服を着せていく。

「こいつの親の教育らしい。母親の書いたメモ帳みたいなの持っててさ、それに書いてんだと」

 サリーは制服のポケットからそのメモ帳を取り出し、

「ママノートでありんす! 困った時これを見れば何でも載ってるんだー!」

 もちろん全裸挨拶からして、普通のことは載っていないだろうし、ちょっと普通じゃない母親なのもなんとなくわかってしまう。しかしそれでも、

「比留間さんはお母さんが大好きなんだね」

「うん! だいすき!」

 その反応を見た後、夕之助と目が合う。

「さすがにそこは否定出来ないだろ。間違ってることは正してやるけどな」

 それが夕之助の優しさなんだろうな、と思った麻妃である。ノートを奪ってしまうことは簡単だけれど、それだけは絶対にしない。

 やっぱりなんだかんだで二人は仲が良いんだな、と羨ましくさえ思う。

「あー! あーちゃんもサリーでいいでありんす!」

「え? ああ、うん。わかった」

 思い出したかのように叫び声をあげ、呼び方を訂正される。

「これから仲良くして下さいし、あーちゃん」

「ああ、こちらこそ」

 その無邪気で汚れのない子供のような笑顔に、麻妃は朝からすっかり癒されてしまった。

 正直、どきりとさせられる。

 こんなに素直で無邪気な女子高生も珍しいのではないだろうか。

 そんなことを考えながら、すっかり大事なことを忘れていることに気がついた。

「つーか! 小野さんは? 今何時!?」

 麻妃はベットから飛び上がるように起きて、制服に着替え出す。

「おのおのさんならもうとっくに学校行ったよー? マンションの前で見かけたでありんすぅ」

 もちろん自分を起こしてくれるわけがない。そんなことは最初から分かっていた。

 だからこそ自分が先に起きて、起こしてあげて、朝食の準備をして……と兄らしさ全開にする予定だったのに!

「なんだ、寝坊して予定が狂ったって顔だな」

 慌てて着替える麻妃に、涼しい顔で冷静な突っ込みをいれる夕之助。

「なんだー! あーちゃんお寝坊さんだったかー! あちきが起こしにきて正解だったでありんす!」

「むしろ小野さんが先に出てから、やってきてくれたことだけは正解だったね!」

 あんな光景を見られたら、信用を一気に失いそうな気がしてならないわけで。

 麻妃はため息をつく間もなかった。

 出だしでこんなに躓いて、今日一日大丈夫なんだろうか。



 青春真っ直中である健全な男子高校生にとって、異国の血が促進させたであろう発育のいい女体を見てしまっては、何事にも集中出来ないというもの。

 麻妃は紙と睨めっこしながら、脳内で蠢く朝の光景と戦っていた。

 時代は進み、男子必需品である大人のビデオでさえ3D化しているというが、やはり生身に適うわけがない。あの弾力、あの立体感、あの丸みを帯びた柔らかさ……ああああああ!

 頭を掻きむしる麻妃を隣の夕之助がじと目で見る。

「落ち着きねえな、なんでそんな目が血走ってんだよ。なにと戦ってるわけ?」

「煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩……」

 悪霊に取り憑かれたかのように呟く麻妃を見て、深いため息をつく。

「興奮しすぎだろ」

「興奮しないおまえが異常なんだよ。なんとも思わないのか? 姉だからか?」

 夕之助は頬杖をついて麻妃の方を向き、ペン先で指す。

「そうだなぁ、姉だからってのもある。兄弟間での恋愛は禁止だからな」

 だるそうに答える夕之助は「でも!」と強く言い放ち、

「んなことより、あんな乳くせえガキに欲情なんかするわけねーだろ。どこがいいんだよ」

「は!?」

 体の半分が乳みたいなサリーでガキだったら、この学園の女子はみんな幼女体型に分類されるぞ!?

 麻妃が目を見開き、納得いかないといった顔をしていたので、夕之助は更にため息をついてめんどくさそうに答える。

「俺は大人の女の方がいいんだよ」

「なんだ、男にしか興奮出来ない部類なのかと思ってひやっとしたわ」

「どこをどう解釈すればそうなるんだよバカ」

 夕之助が投げた消しゴムが麻妃の額に命中する。

 いやだって女装癖があるぐらいですし。

 あれだけ整った顔をしているのだ。女社長とかキャリアウーマンのような綺麗な女性を手玉にとっていてもおかしくはない。むしろそんな姿がよく似合う。

「んなことより、決まったのかよ」

「いいえ……」

 おっぱいについて考えている場合ではないのだ。そんなことはわかっている。わかっているけど、おっぱいが脳内を支配するんだからおっぱいが悪い。

 茶の間学園では必ず部活動に入らなければならない。

 その為今現在、希望部活を記入する紙とパンフレットを渡されて考える時間が設けられているのだ。部活見学後の提出も可能だが、明日の朝までに出さなければならないわけで。

 さっさと決めてしまった方が楽だと思う麻妃である。

「そういう夕之助は決まったのか?」

「まさか。部活なんてめんどくせーもん強制じゃなきゃ絶対やんねーよ」

 女はこういう不良発言に掘れるんだろうなあ、としみじみ思う麻妃である。あ、掘れるじゃなくて惚れるか。

「俺もこれといってやりたい部活はないんだよなあ」

 パンフレットをパラパラ漫画のようにぺらぺらさせながら言う。

 運動部っていう熱血な柄でもないし、文化部っていう真面目な柄でもない。

 そもそも部活というのは青春を謳歌するためのスパイスに過ぎないわけで。学生にとってはなくてはならないものかもしれないが、家族を求めてこの学園に来ている自分にとっては、放課後の時間をどれだけ自宅で有意義に妹と一緒に過ごすか、の方が重要なのだ。

 リア充になりたいわけじゃない。ファミ充、またはシス充したいだけなのだ。

 担任がぱんぱん、と手の平を叩いてタイムアップ。

「よし、とりあえずそこまで。明日の朝までには必ず出すように」

 結局、麻妃も夕之助も決まらず終いだった。

 麻妃はペン先が動いている深夜を見るなり、思う。

 小野さんは何の部活に入るんだろうか……?

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