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(1)-5

「ほら、コーラ。なに落ち込んでんだよ」

 注文の品が届き、夕之助が運んできてくれる。

「おまえもなに怒ってんだよ。さっさと食えよ、溶ける前に」

 そして深夜にもメロンフロートをおいてくれる。

 この空気への第三者の介入は凄く有り難く、心強く感じた。しかも夕之助なら上手く取り持ってくれそうだ。

「なに? 喧嘩してたのおまえら。なんだ、結局は仲いいんじゃねーの」

「それをおまえが言うか、おまえが」

 言われてちょっと嬉しかった麻妃だが、会話すべてが喧嘩のような夕之助に言われるとなんだか複雑である。

「で、なに? 二人はカラオケとかよくくんの?」

 ソファーで足を組んで座り、注文したジンジャーエールを飲みながら寛ぎモードで問う夕之助。何故ふりだしに戻るんだ……。

 もちろん深夜は答えないので、

「俺はあんまり。つーか、カラオケ行った記憶すらねえなぁ……」

「そ。俺は中学ん時はたまに行ってたかなーたまに」

 問い返されて考える。そういえばカラオケの存在自体はもちろん知っていたけど、行った記憶ってないんだよな。こういう機材があることも、歌うための店だということも、ちゃんと知識としてはあるんだけど。

 だからといって先陣切って歌いたいとも思わない麻妃は、寛ぎながら周囲を見渡していた。

 これだけの人数が大部屋にいると、踊って歌ってのわいわいグループや喋って笑ってのがやがやグループ、まったり歌声を聞きながら水分補給のグループに分かれてしまうものだ。

 麻妃は一番最後のグループに属し、たまに夕之助と会話を交わす。その隣では口をきつく結んだ深夜が半分になったメロンソーダをストローでくるくる回していた。

「ねーねーここコスプレ衣装の貸し出しやってるらしいんだけど、どう?」

 そんなまったりした空間に土足で踏み込んできたのは、名前のわからない男子生徒Aである。大して話していない麻妃達に自ら親しげに話しかけるあたり、コミュニケーション能力には長けている人種なのだろう。

 それにしても突然だな……しかも何で俺達にコスプレを勧めるんだ?

「メイドとかナースとかチャイナとか色々あるらしいんだよ!」

 な? いいだろ? と言わんばかりに身を乗り出して言うAくん。だからなんでそんな必死なんだ……男がコスプレして一体誰が得するんだよ。笑いをとれという意味なのか?

「だからなんだよ。なんで俺らに言うわけ?」

 夕之助の言うことはもっともである。

「だって……ねえ?」

 助けを求めるようにAくんは隣で黙って話を聞いていた男子生徒Bに同意を求める。

「ああ。だよな、やっぱり」

 なにが? と、麻妃がいい加減問おうとしたところで、

「はいはーい! あちきがやりんす!」

 サリーがマイクを握った手を掲げて駆け寄ってくる。

「あちきがこすぷれやりんすぅ!」

 きゃっきゃっ言いながら指名をもらえるまで元気よく手をあげるサリー。

 男子生徒二人は顔を見合わせる。

 サリーのコスプレなら見てみたい気もするが、まずその大きな果実が突っかかって衣装が入らないかもしれない。あ、それ以前に一人でお洋服が着れないんでちたね。

「却下」

 麻妃が突っ込む前に夕之助が吐き捨てる。

「ゆーのすけのいじわるー! なんでー!」

「なんででも」

 めんどくさそうに答える夕之助をサリーは涙目で睨み付ける。

「やだ。着るでありんす!」

「駄目だっつってんだろバカ」

「やだ! やだやだ! こすぷれやりんすぅ!」

「だーもう! だったら俺がやる! そんで文句ねーだろ!」

 そしてサリーは静まった。なんで!?

 麻妃はそのやりとりを見ながら、とうとうその瞬間がきてしまった、と覚悟を決めていた。

 やっぱり、あれは、あれで、あれが、そうだったんだろうか。

 男子生徒二人は何やら嬉しそうに他のグループのところに報告へいってしまった。その様子を見る限り、最初から夕之助のコスプレが目的だったのだろう。夕之助のコスプレ……ねえ。

 そんなやりとりの最中でも深夜は無言でメロンソーダを飲んでいた。

 そのメロンソーダが空っぽになって、次の飲み物を頼むべく自らメニューを手にとって眺め始めた時だ。

「待たせたな」

 全く恥じらう様子もなく、堂々と扉を開く彼……いや、彼女。

 ソファーの上に立って熱唱していた男子生徒が足を滑らせて尻餅つく。同時に室内は歌声のない音楽だけが流れ、それが余計に彼女……いや、彼を際立たせる。

 見覚えのある美少女がそこにいた。

 入口でピンクのナース服に身を包んだ夕之助が腰に手を置いて仁王立ち。ウイッグの貸し出しはやっていなかったはずなので、あのロングヘアーは自前だろう。

 男子高校生がナース服? もちろん普通ならここは笑うところである。しかし笑い声ひとつおきないのは似合いすぎているからだ。残念なことにそこらへんの女子生徒が着るよりも断然可愛かった。一瞬、性別を忘れるぐらいである。

 やっぱりな……と麻妃は複雑な心境で夕之助を見た。

 朝見かけた夕之助に似た女子生徒はやはり夕之助だったのだ。

「そんな驚くなって」

 かける言葉が見つからない麻妃の両隣に、先ほどの男子生徒AくんとBくんが割り込んで座る。

「みんな知ってるんだからさ」

「え?」

「起田、だっけ? 起田はさ、暗黙の了解って知ってる?」

「あ、ああ」

「誰もが知っているがあえて口にしない。それがアレなんだよ」

 言って、Aくんは夕之助に視線を向ける。

 つまりみんな夕之助が女装していることを知っていて、あえて突っ込まずにいる、と。

「多分、本人は隠してるつもりだしね」

「あれで!?」

 思わず声がでかくなってしまい、AくんとBくんに口を塞がれる。

「まあ、なにか理由があるんだろうけど俺らには関係のないことだしな」

「だよな」

 AくんとBくんは互いに頷きあう。

 そしてAくんは麻妃の手を両手で握り締め、

「男が女の子の格好をして美少女だったら、それはもう美少女なんだよ」

 プロポーズでもするかのように、凄い真摯な眼差しで言い放った。

「いやいや美少女に見える男だろ、所詮は」

「違う! 美少女に見えるものはすべて美少女なんだ!」

 そんなもの凄い剣幕で言わなくても……。

 何を言っても美少女論を語られるので、段々めんどくさくなってきた麻妃はさりげなくAくんに手の平を見せる。

 今だけは油性ペンで書かれたことを有り難く思うのだった。



 それから、麻妃は――

 夕之助の女装がいかにクオリティが高く素晴らしいもので、性別なんてものはとっくに凌駕していおり、あの姿に興奮したからといって決してホモではなく正常なのだとしつこくAくんに熱弁されたのだった。Bくん横で頷いてるだけじゃねえかよ。

 その張本人である夕之助はというと、ナース姿のままで養護教諭のところへいったきり席には戻ってこなかった。

 サリーはサリーであんなにコスプレしたがっていたのに飽きたのか、また画面の前ではしゃいで歌っており、深夜は言わずもがな新しく頼んだメロンフロートと睨めっこしていた。

 そんなこんなで時間はあっという間に過ぎ、残り10分の知らせが内線でかかってくる。

 そして店の外に出ると思った以上に時間が過ぎていることを実感した。

「じゃーな、気をつけて帰れよ」

「やだ! まだみんなと遊びたいでありんすぅ!」

 子供のようにじたばたするサリーの首根っこを掴んだ夕之助は、麻妃に声をかけると来た道とは反対へ歩き出す。

「お、おう。じゃあまた明日な」

 サリーを引きずって歩いていく夕之助の後ろ姿に、麻妃は苦笑しながら手を振った。

 現地解散となり、それぞれが自宅へと帰り始める。

 そうか、そうだよな。

 麻妃はそれぞれ散らばって帰り出すクラスメイト達の光景を眺めながら、はっとなる。

 茶の間学園はいわゆる寮生活に似て非なるものがある。この団欒地区で生活するにあたって、寮よりも家庭的に過ごせるように家が用意されるのだ。

 そこで今年度設定された兄弟と共に生活することになる。ルームメイトといえばわかりやすいが、性別関係なく一緒に住むあたり、一般的な学校側の配慮としてはありえないことだろう。

 なんたって、年頃の男女が同じ屋根の下で生活するのだから。

 しかし麻妃はその点に関しては、不思議なぐらい穏やかだった。

 血は繋がっていなくともあくまで彼女は妹である。そのことが上回る麻妃にとって、そういう対象として見ることはなかった。

 本当の兄妹はそんな感情を持ち合わせるわけがない――それがなによりも麻妃の中で占めていたから。本当の、というものに何よりも誰よりも憧れを抱いているから。

「俺達も帰ろうぜ」

「…………」

 深夜は横目でちらりと麻妃を見ると一人歩き出す。

「ちょ、ちょっと! 俺家わかんないんだって!」

 先に歩いていく深夜の小さな後ろ姿を麻妃は追う。

「な、なあ。まだ怒ってんのか? もしなんか気に障るようなこと言ったなら謝るよ、ごめん」

 深夜は歩きながら唇をきゅっときつく結んだ。そして視線を下に落とし、立ち止まる。

「あれ? どうした?」

 急に立ち止まった深夜の顔を覗き込もうとして、顔を逸らされる。

 震える肩を目にして、麻妃は違和感を覚えた。

「小野さん、もしかして……」

 泣いてる、のか?

 震える肩を抱いてやりたい衝動にかられたが、怒らせた張本人である自分の出る幕ではないだろう。自分が慰めたところで、それは嫌味にとられても仕方がない。

「そんなに傷ついたとは思わなくて、さ。ほんとごめん」

 泣いている女の子への対応の仕方なんて麻妃にわかるわけがなかった。まして親も兄弟もいない生活を送ってきた自分に、家族との和解の仕方なんて知り得るわけがなかったのだ。

 深夜は何も言わず、目を擦ってまた歩き出した。さっきよりも早く、麻妃についてくるなと言わんばかりに。

 麻妃は頭を掻きむしり、ため息をついて、距離をとりながら深夜の後をついていった。



 無言で歩いて15分ぐらいだろうか。

 深夜がマンションの中へ入っていくのが見えて、慌てて駆け寄って同じエレベーターに乗る。

「すげえよなあ。学校でマンション貸してくれんだもんな」

 麻妃の独り言のように漏らすソレは、完全に独り言だった。

 これまたどういうシステムなのかは謎だが、マンションを貸し出される生徒もいれば、一軒家を貸し出される生徒もいるという。この団欒地区一帯が茶の間学園の支配下のようなものなんだろう。

 エレベーターが5階で止まり、降りる深夜の後をついていくと502号室の前で足を止めた。どうやらここらしい。

「…………」

 無言で中に入る深夜の後ろで、

「ただいまー」

 あえて大きな声で言ってみる麻妃。

 もちろん「おかえり」なんて返ってくるのは夢のまた夢だろう。いつか言ってもらえるだろうか……。

 深夜はというと、すたすたとリビングに向かったかと思えば早速自分の部屋にこもってしまった。

「先が思いやられるぜ……」

 はあああ、と深いため息をついて肩を落とす麻妃。

 しかし落ち込んでばかりもいられないので、とりあえず自分の部屋に入ることにした。

 深夜の部屋の向かい側。その扉を開くと――

「うわ! あた! いってえなもう! なんなんだよ……」

 途端に入口に積み上げられていた段ボールに爪先をぶつけてしまう。

 そんなに数はないが、これを地道に片付けていかなければならないかと思うと気が重くなる麻妃であった。

「とりあえず、先に飯食うかな」

 腹が減ってはなんとやら、であるからにして。麻妃はリビングに向かった。

 リビングでは既に部屋着に着替えた深夜がソファーの上で体育座りして、テレビのチャンネルを変えてる最中だった。

 ジャージを部屋着にするのは全くおかしいと思わないし、全然いいと思う、うん。しかし深夜のジャージ姿はやたらこじんまりした体型のせいもあって、小学生に見えてしまったことは内緒にしておこう。ゼッケンに5年3組って書いてあって、きっと小学校の時のジャージを着ているに違いないけど、突っ込まないでおこう。

 さっき気づかないうちに地雷を踏んだばかりなので、麻妃は発言に慎重になっていた。

「飯、食う? 俺はもう結構腹減ってんだけどさ」

 てっきり部屋にこもってしまうものだと思っていたので、部屋から出てきてくれていることが麻妃は嬉しかった。

「なんか好きなもんとか嫌いなもんとかリクエストとかある? 俺作るけど」

 麻妃が冷蔵庫を開こうとして、

「…………っ!」

 深夜に腕を掴んで引っ張られる。

「え? ちょ、なに?」

 冷蔵庫から遠ざけるかのように小柄な体で必死に腕を引っ張る深夜。

「冷蔵庫開けるなってことか?」

 こくん、と力強く頷く深夜。

 麻妃はされるがままに引っ張られ、ソファーに腰を下ろす。

 もしかして自分が買ってきたものは触るな的な意味なんだろうか?

「そういや作るって言いながら俺買い物してこなかったな、悪い」

 麻妃が頬を掻きながら恐る恐る謝るが、深夜は口を尖らせて何も言おうとはしない。

「れぇ! 冷蔵庫とかソファーとかテレビってさ! や、やっぱ最初からマンションについてんの? もしかして小野さんの私物?」

 麻妃が話を逸らそうとするが、深夜は全く話に食いついてこなかった。

 しかしその代わりに自ら冷蔵庫を開けて、透明のサラダボールを取り出す。

「それって……」

 サラダボールに入った白いものものを皿に取り分け、洗ったばかりのミニトマトとレタスを盛りつける。そして、

「…………」

 無言でテーブルに置く。もちろん二人分。

 麻妃がその予想外の展開に胸を躍らせていると、タイミングよく炊飯器が音を鳴らした。どうやらタイマー設定していたらしい。

 ご飯もよそってくれて、そこには食卓が姿を現した。

「作っててくれたのか?」

「…………」

 深夜は答えず、座って手をあわせる。麻妃もまた深くは追求せず、手をあわせた。

「いただきます」

 ご飯とポテトサラダだけ、という食卓にしてはかなり質素である。しかし中身よりも『作ってくれていた』ということが大事なのだ。気持ちだよ、気持ち。

 美味しそうに食べる麻妃をちら見する深夜。

「ん? 美味しいよ、これ」

 人の手料理を食べるのなんて、どれぐらいぶりだろうか。やっぱりいいな、こういうの。

 今日一日の出来事がすべて帳消しになるぐらい、麻妃は嬉しくて仕方がなかった。会話も交わしてもらえないほど嫌われているのかと思っていたが、少しは期待していいんだろうか。

「俺さ、なーんかわかんないんだけど好きなんだよね。ポテトサラダ」

 母親の味というのが麻妃にはわからない。懐かしい味というのもわからない。それでも何故か思い出深い気がして、昔からずっと食べてきたような気がして、このマヨネーズと塩こしょうで作られた簡単な味付けのポテトサラダが大好きだった。

「…………よかった」

「え?」

 また口を開いてくれたことよりも、なによりも――

「今、笑った?」

 一瞬、口元が緩んで優しい表情になったのを麻妃は見逃さなかった。

「!」

 それを指摘された深夜は顔を真っ赤にして、麻妃にミニトマトを投げ付ける。

「おい! 食いもんを投げるんじゃない!」

 と、言いながらも口で見事にミニトマトをキャッチする麻妃。

 深夜はむすっとした顔に戻り、麻妃のポテトサラダを奪い取る。

「えええええ! 俺のポテトサラダ! なんで没収されんの? なに俺白米だけ!?」

「…………」

 そして何事もなかったように、深夜は再び食事をするのだった。 

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