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もしかしたら二人で過ごす最後の夜になるかもしれないというのに、特に甘える様子もなく平凡に朝を迎える。
片付けに協力的だったり、会話らしい会話を交わすことは出来たので不満はないが、あの日のようにベットに現れるようなことはなかった。
べ、別に期待したわけじゃないんだからねっ!
ただ呆気なく終わろうとしているこの生活を思うと急に寂しくなって、すると一人でベットに寝転んでいるのもなんだか寂しく感じた。
また独りぼっちの、あの生活のように。
翌日。
深夜と一緒に登校し、教室に向かって廊下を歩いていると早速人だかりを発見する。
教室よりも先、中央階段付近だ。
「行くか? それとも教室に鞄置いてからにする?」
麻妃は隣の深夜に問いかける。
あの人だかりが何を示しているのか。それはあえて口にしなくても二人は分かっていた。
今になって実感が沸いてくる。
やはりいざとなって思うことは縁が切れることへの寂しさだった。もちろん今後も学校で会えるし、離れ離れになるわけではない。それでもどこかへ行ってしまうような感覚を抱く。
縁が切れてしまえば、兄と妹で為し得ない関係を築くことが出来る。それを全く考えなかったわけではないが――
「先に見に行こう」
くいくいっ、と制服の袖を引っ張る深夜。
二人はまたモーゼの奇跡のように真っ二つに別れた野次馬達の間を通り、それを目にした。
「……これって」
掲示板に張り出された紙を見て、最初に口を開いたのは麻妃である。
そこには予想だにしなかった答えが出されていた。
周囲に集まった野次馬達は麻妃と深夜を見るなり、ひそひそ話を繰り広げているがそんなものを気にしている余裕はなかった。
「なに固まってんだよ」
「あーちゃん! おはよーでありんすっ!」
掲示板の前で硬直している麻妃に夕之助が声をかけ、サリーがお尻を突き出して敬礼のポーズで挨拶する。またちょっとおかしな日本文化を身につけてきたんじゃないだろうな。
しかし今はそんなサリーに突っ込みを入れる余裕もない。
「こ、これ……」
麻妃が掲示板を指すと夕之助が真剣な面持ちで声に出して読み上げる。
「ああ、結果か。なになに、一年二組高山涼平による一年三組小野深夜を奪取を却下。しかし高山涼平と源紫乃の絶縁を認める。源紫乃は一年三組起田麻妃の妹とし、小野深夜の姉とする。なお、高山涼平については今後も同クラス燕五月を妹とすること」
耳にしたくない名前、夕之助にとってのNGワードが入っていたからか、一瞬理解に苦しんでいた。いや、理解したくないといった顔だ。
「ねーねーゆーのすけ! どうなったでありんすか?」
サリーの問いかけを無視し、もう一度じっくり読み直す夕之助。
「おはよー! あ、もう結果出てるんだーはやっ! で、どうだった? どうだった?」
片手をあげて麻妃達に挨拶し、近寄ってきたのはその五月である。
「どんなタイミングだよ、おまえ」
「え? なにがー?」
きょとんとした顔で首を傾げる五月。
「五月ちゃん、これなんだけど……」
麻妃が恐る恐る掲示板を指して問いかけると「んー?」と高い鼻声で返事をし、紙の目前まで顔を近づける。
「あーなるほどね、そういうことになったんだ!」
よく理解出来ていない麻妃達に五月は当然のごとく、あっさりと。
「昨日言ったじゃーん、私三兄弟制だって」
やだなぁもう、と手を振りながら笑う五月に、いやいや、と麻妃が手を振り返る。
「だからぁ、あれでしょ? 紫乃が外れて、涼平と絶縁。その紫乃を起田くんの妹にする代わり、小野さんはそのままってことでしょ?」
「ああ、まあ、うん。それはなんとなくわかるんだけどさ」
言葉にして口にされる方がわかりやすかったのは確かだ。しかしそれより麻妃は気になったことがある。
「五月ちゃん、高山達と兄妹だったの?」
「え? うん、そうだけど」
それがどうかした? とでも言いたげに、すぱっと言い切った。
「そ、そうか……」
なので、麻妃もそこで何か言う気も起きなかった。もしそうなら最初から一言ぐらいくれてたっていいじゃないか、と内心思ったが言わずに飲み込んで終わらせることにする。
「おまえ性格わりーのな。こいつら高山と喧嘩してた昨日も兄妹だっての隠してたわけだろ」
「別に隠してないよー! 聞かれなかったから答えなかっただけだもん。それに私はどうでもよかったし、起田くんを応援してたんだよ。ほんとだよー?」
言って、上目遣いで麻妃を見つめる。
「……その方が私だってお得なんだし」
ぼそっと呟くが麻妃がそれに気付くことはなかった。見つめられて焦る方が先だったからだ。
「なにそんな焦ってるの」
出された結果より、五月の上目遣いにあたふたしている麻妃の行動の方が問題に思えたらしい深夜が、麻妃をきつく睨み付ける。
「ま、よかったのかよくなかったのかわかんねーけど、つまりおまえらの兄妹の関係はそのまんまってことだろ?」
「そうなる、な。いまいちしっくりこないけど」
「まあこれで“兄弟喧嘩”ってのがパフォーマンスに近いってのが分かったじゃねえか。一年生にとっちゃいい収穫だったんじゃねーの?」
「実験台みたいでいい気しないけどな」
結局、結果を下すのは家族評議会だ。兄弟喧嘩の結果が考慮されているのは高山と紫乃の絶縁でなんとなく感じ取れるが、負けた自分達が兄妹のままにされているあたり、喧嘩の結果が絶対ではないのがわかる。
「まあ……これからもよろしく、だな」
隣の深夜に疲れた笑みを向ける。
深夜は顔を逸らして一瞬躊躇った様子だったが、すぐに向き直し、
「こ、こちらこそ」
口を尖らせてぶつぶつと小さな声で呟いた。
深夜がこの結果をどう思っているかはわからない。それでも少なくとも自分はどこかほっとしていた。
「ははーん、小野さんは残念だったりするんじゃないのー?」
五月が屈んで深夜の顔を覗き込む。
「べ、別に!」
深夜は近づく五月の顔を押しのけて声を荒げた。
そんな深夜の反応を見ていた麻妃は、結果兄妹関係が継続されてよかったな、と思ってた。
「あーちゃんはおのおのさんのおにーちゃんのままってことでありんす?」
「そうだね、そういうことだ」
サリーはこの事実だけ解れば充分だろう、と麻妃は頷いて見せる。
ある程度、落ち着いたところで高山と紫乃が揃って掲示板に歩み寄ってきた。
「おはよう、起田くん達」
相変わらず嫌味なまでの笑顔を向ける優男の高山と、その横でむっとした顔を保っている紫乃。
二人は一緒に結果を確認した後、会話を交わしたり喜び合うことはなかった。高山は麻妃の方を向いて、
「紫乃をよろしくお願いするよ」
「は? あ、ああ……そっか、そうだったな」
麻妃が紫乃を横目で見ると、紫乃はぷいっと顔を逸らした。
マジでこいつ妹になんの……大丈夫かな……。
深夜一人でも心を開くのに手こずっているというのに、彼女まで増えて大丈夫なんだろうか。麻妃には不安しかなかった。
「もちろん妹として、だからね」
「その点は絶対死んでもありえないから安心しろ」
高山は深夜を見ながら、優しい笑顔に苦みを加え、
「どうかなぁ、心配だなぁ」
と、麻妃に聞こえない程度の音量で囁いた。




