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(5)-1

『これより家族評議会監視の下、一学年による兄弟喧嘩が行われます。校内に残っている生徒は直ちに下校、または体育館、校庭に出て下さい。繰り返します……』

 その放送はもちろん体育館にも響き渡る。

 いよいよ、という感じがして、麻妃は生唾を飲み込んだ。最初ここに立った時にはおかしなゲームぐらいにしか思っていなかったが、校内放送まで使われるとじわじわと実感が沸いてくるというもの。

 じゃんけんの結果、麻妃達は先攻。先にここを出ることになった。

 手に汗を握る。

 お姉様の鋭利な視線が双方に向けられ、口元に特殊ホイッスルがあてられる。一見普通のホイッスルと同じだが、ホイッスルにはこの学校の校章こと家紋が彫り込まれており、吹いた瞬間から終了までカウントするようになっている兄弟喧嘩専用のものだった。

 息が吹き込まれる。

 家紋が光り、空気をも震わす音が体育館で鳴り響いた。

 観客の生徒達が騒ぎ出す。他人事なだけにイベントに過ぎないのだろう。一学年で初の兄弟喧嘩なだけに、誰もが興味津々なようだった。

「行くぞ、深夜」

 突っ立ている深夜の手を掴み取り、麻妃は走り出した。無我夢中で、なにがなんだかわからず、それでも今は走るしかなかったのだ。

 ぎゅっと握られた手と麻妃を交互に見ながら、深夜は麻妃の足についていくのに必死だった。

 互いにリングによって位置が確認出来る以上、隠れても意味はない。出来るだけ時間が稼げるよう遠くの教室へ逃げるほか、麻妃に案はなかった。

「もう無理、もうだめ……ぐはぁっ」

 麻妃は膝に手を置いて、肩を揺らして息を切らす。

 こんなことならもっと体力つけとくんだったなぁ、と思いながら階段に腰掛けた。深夜も距離をとって、階段に腰掛ける。

「なぁ」

 深夜が自分の方を向いたことを確認し、麻妃は問う。

「この兄弟喧嘩ってやつ、勝ちたいのか負けたいのか。おまえは……どっちなんだ?」

「……それはっ」

 久々に口を開いた深夜は、むうっと口を結んでしまう。

「やっぱり俺じゃお兄ちゃんなんて務まらないよなぁ。あはは」

 空元気に笑う麻妃に、深夜はなんと言えばいいかわからなかった。

 麻妃が兄であることに不満があるわけではない。ただ自分にとって不都合で困るだけなのだ。しかしそれを今告げてしまっていいんだろうか、と葛藤する。

「俺はおまえの気持ちを尊重したい。それぐらい兄らしいことさせてくれてもいいだろ」

 呼吸が整い、落ち着いた麻妃は再び立ち上がる。

 自分の結論は出なかった。でも最初からこれは深夜が望んだことなのだから、深夜に任せればいいのだ。

 その答えに自分は従おう、と麻妃は決意していた。

 もちろん寂しくないと言えば嘘になる。縁が切れてしまえば、他人になってしまうのだ。それでも今は同じ部活に所属しているし、友達として友好を重ねていけばいい。

 全く離れてしまうわけじゃないんだ。

 麻妃は無意識に離れたくない、離れない為の口実を考えていた。本人はそれにも、その感情が決して友情だけのものではないだろうことも、全く気付かずに。

 無意識下の中で、それは確実に生きていた。

「行こう」

 麻妃が手を差し伸べ、深夜はその手をとる。

 と、その時――

 世界を真っ白に変えてしまう程の強い光が二人を包んだ。

「……ん、やぁあっ」

「え!? 急にどうした深夜!」

 妙に艶っぽい声が聞こえ、慌てて深夜の手を握り直す。

 なにがなんでどうなってるんだ! このやらしい光はなんだよ!

 プシュ、カチッ、という機械的な音がして、光が消え、周囲が見えるようになった時には、麻妃の手を握っている深夜の手首にあったはずのリングがなかった。

 床に残骸として落ちている。

「こんなところで休憩しててよかったのかな?」

 にこやかに微笑む、その嫌な笑顔を麻妃は知っている。

 恐らく深夜が変な声を出したのは、リングが外れる際に電流が体に流れたからだろう。なんでそんな微妙にいやらしい装置つけるんだよ。

 廊下側にエアガンを構えた高山の姿があった。その距離から手首のリングを狙ったとすれば、かなりの命中率だ。

 麻妃は咄嗟に抵抗しようと深夜を抱き留めて、エアガンを高山に向けるが、

「人体には無害だから向けても足止めにもならないよ。リングを狙わないと」

 降参のポーズをし、自分の後ろに紫乃を隠して、優しく言い放つ。もはや今の麻妃にはすべてが嫌味にしか聞こえなかった。

「……くそッ」

 麻妃に高山の背後に綺麗に隠れている紫乃をその場から狙う自信はない。むしろその命中率で深夜が狙われる方が先だろう。

「きゃあっ! ちょ、ちょっと!」

「とりあえずは逃げるしかないだろ」

 麻妃は小柄な深夜を意図も簡単に抱きかかえ、階段を駆け上がる。

「お、お姫様……抱っこ……!」

 深夜はそれどころではなかった。

 自分をお姫様抱っこした状態で駆ける麻妃に、熱のこもった視線を向けるなという方が無理である。

「よかったよ、深夜が小柄で。これがサリーだったら前見えないもんな」

 おっぱいに厚みがありすぎて!

「……なんでこんな時まであの子の名前を出すの?」

 深夜の熱は一瞬で零度まで下がり、冷ややかな視線を麻妃に送る。

「え? なんか言った?」

「別に」

 深夜はむっとした顔で口をへの字に結んでいた。

 何で急に機嫌が悪くなったのか麻妃にはわからなかったが、とにかく今は喧嘩している場合ではない。

「あいつらの位置を確認出来るか?」

「言われなくても今からやるわ」

 深夜は残った片方の手首に指を翳し、なぞるように撫でると、リングの上に地図と映像が二画面表示された。

 校内地図に青い点で表示されているのは自分達、赤い点で表示されているのは高山達である。隣の映像はその追いかけてくる様子を映し出していた。

「げ、すぐそこじゃん。やべえ」

 青い点に迫り来る赤い点。差はほとんどなかった。

 それを見た深夜が突然足をばたつかせて、麻妃の腕の中から飛び降りる。

「おい! なにすんっ……!」

「別行動するの」

「はぁ!? おまえ何を言って……」

「見て」

 隣を駆けながら、深夜はリングを画面を麻妃に見せる。

「これ、ちょっといじると映像はロックが可能なのよ。でも地図は回避出来ない」

「つまり二手に分かれて点を分けるってことか? でももし深夜が高山と遭遇したら……」

「その時はその時よ。それにまだ向こうは映像をロックしてない。今しかないと思うの」

 その時、部活動終了のチャイムが鳴り響く。

「今から15分後。最終下校の予鈴が鳴る。予鈴が鳴ったら部室で待ち合わせね」

 言って、麻妃の了解も取らず、深夜は階段を下り始める。

「お、おい。もし俺が……あいつらと遭遇したら……どうするんだ? 撃っていいの、か?」

「その時はその時よ。撃つしかないんじゃないの」

 深夜は内心賭けていた。

 麻妃を一人にすれば相手の居場所を特定する手段がない。そうなった場合にもし高山達と遭遇したのなら、それは運に任せるしかないのだと。

 自分が高山達に発見されるのが先か、麻妃が発見するのが先か、運に任せてしまおうと。

 このまま離れて、奴らの元に行ってしまえばすべてが終わる。

 しかし深夜はそれではいけない気がした。

『俺はおまえの気持ちを尊重したい。それぐらい兄らしいことさせてくれてもいいだろ』

 その言葉が深夜を踏み止める。

 自分のことを、きっと妹としてだが、それでも真剣に想って考えてくれている。

 そんな彼の気持ちを無下には出来ないのだ。

「また後で」

 踊り場に降り立ち、そう言って、丁度深夜の姿が見えなくなった。

 麻妃は階段を見下ろす形で、その場で仁王立ちしたままだ。

「とりあえず来た道を戻ってみるか」

 自分には居場所を特定する手段がない。自力で突き止めるしかないのだ。今ならそんなに差はついていないだろうし、点が別れたことに気付けば、向こうも動きに変化があるはずだ。

 麻妃はそれよりも先に、高山達との接触を試みる。

 今自分が出来ることは、役割は、それしかないのだから。

 麻妃は踵を返し、廊下を一直線に駆け抜ける。


 ……までは、威勢がよかったのだが。

「はぁはぁはぁ……も、もう無理もうだめ……」

 持久力に自信のない麻妃は、駆け抜けた突き当たりのところで早くも足を止めていた。

「点が別れた!?」

「なるほどね、別行動ってことか。凄い賭けに出たようだね」

 ゆっくりと近づいてくる足音と話し声に気付き、麻妃は壁に背をつけて息を潜めた。どうやら走った甲斐はあったらしい。

「どうするの?」

「どうしようね。特定する手段がないなら、まず近い方を潰すしかないかな?」

「――――ッ!」

 一瞬だった。

 曲がり角でスタンバイしていたにも関わらず、高山の素早さには敵わなかった。

「これが本物だったら大変なことになってたね」

 にっこり笑顔とは裏腹に、高山のエアガンは麻妃の米神を捉えている。

 手も足も出なかった……。

 その事実だけが、麻妃の男としてのプライドを深く抉るように傷つける。

「そんなに気を落とすことはないよ。これはゲームなんだし」

「あはは、そうだよな。ゲームだもんな。たかがゲームだよな」

 麻妃は頭を掻きながら笑って見せる。高山のエアガンは米神から外れた一瞬の隙に――

「うぐッ!」

 麻妃の呻き声と紫乃の艶っぽい声が交差する。

「……りょ、りょうへえっ」

 きゅっと涼平の背中にしがみつく紫乃。あの気の強くて意地の悪そうな彼女からは想像もつかない、甘えた声と甘えた仕草だった。

 再び機械的な音がして、紫乃の足首のリングが外れた。

「さすがに油断したよ。僕のミスだね」

「だからって……思いっきり腹を殴るのは辞めて欲しいもんだ……」

 麻妃はへへへと引きつった笑顔を浮かべ、膝をついて腹を抱える。

「手加減が効かなかったようで申し訳ない。紫乃ちゃんのことで必死だったんだ」

 言って、高山は転がった麻妃のエアガンを蹴り飛ばす。

 麻妃は見下ろしてくるその笑顔に恐怖さえ抱く。

 どうしてそこまで本気になれるのか。もちろん自分だって遊び半分で適当にやっているわけではない。でも明らかに違う。こいつとは違うんだ。

 見上げて、高山と目が合う。高山は優しく微笑んだ後、

「紫乃ちゃん、先に逃げてて。すぐに後を追うからね」

「わかった。あの女を捜しておくわ」

 その一言で会話が片付く。

 俺達には相手の場所は愚か、ペアの場所も特定する手段がないんだぞ? なんで何も疑問に思わないんだ?

 待ち合わせ場所を決めたわけでもなく、ただ先に逃がし、それでも後で合流出来るという前提の会話。

 麻妃はそのやりとりに違和感を抱いた。

「どうしたの? 不思議そうな顔をして」

 高山は麻妃に手を差し伸べるが、麻妃はその手は掴まず、自力で立ち上がった。

 狙いがここにない以上、ここで二人が争う理由はない。さっき思いっきり腹を殴ってきたような奴だ。もしかして二人っきりになって、殴り合いの喧嘩でも仕掛けてくるのではないかと思ったりもしたが、そんな殺気は全く感じられない。

 こいつはあくまで冷静だ。女のことになると感情的になるだけだろう。

 そう分析し、麻妃は蹴り飛ばされたエアガンを拾い上げる。

「いいのか、あの女追わなくて」

「ご心配ありがとう。ちゃんと後で合流するから大丈夫だよ」

 なにが大丈夫なんだよ。いちいち笑顔でいらいらするなコイツ。

 麻妃は歯をギリギリと噛みしめて、高山に冷たい視線を送りつける。

「なんなの? その自信」

 さっきからその根拠のない自信に腹立つんですけど。

「自信がないなら、わざわざ人様に喧嘩なんて吹っ掛けないよ。元々争うのは好きじゃないんだ」

「へえ。人の米神にエアガンを当てるような奴がよく言うもんだなぁ」

 どことなく夕之助の嫌味癖が移っているような気がする……と思った時には、既にそれを口にした時だった。

 高山は苦笑して肩をすくめた後――笑顔を消した。

「それだけ手に入れたものがあるんだ。許して欲しい」

「それってあの女のこと……だろ?」

 頷く高山に麻妃はずっと抱いていた疑問を投げかける。

「あいつ……おまえの妹だったんだろ? しかも入学してそんなに日もたってないじゃん。なんで? なんでそうなっちゃうわけ? 妹として一緒に衣食住を過ごした時からもう女として見てたってことなのか? 所詮はごっこ遊びってことなのかよ。なぁ、どうなんだ?」

 頭の中で疑問に思っていることをまとめることが出来ず、麻妃は浮かんだ言葉を早口で捲し立てる。

 高山は真顔のまま、問いかけに問い返す。

「起田くんはどうなの? 彼女を妹として見てるの?」

「もちろん」

 即答した麻妃に、更に問いかける。

「妹として見るってなに? 妹がいたことなんて……ないだろう?」

「それはっ!」

 ――衝撃だった。

 二の句が継げない麻妃に、高山は続ける。

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