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(3)-3

 戻るのが遅くて心配していた二人に、深夜の承諾を得て麻妃が簡単に事情を説明した。

 それから何事もなかったようにお菓子を食べ、くだらない話をし、夜桜での花見は無事終わりを迎える。

 本当は名残惜しくて、なんとなく帰りたくなくて……駄々をこねるサリーと全く同じ気持ちでいた。それを見た夕之助が、明日は学校だろ、と大人な対応をしている。

 帰り道、話を聞いたサリーは自分は深夜を守ると言わんばかりに、がっちり腕を組んで隣をキープしていた。

 深夜はというと迷惑そうな顔をしていたが、きっと悪い気はしていないのだろう。腕を払いのけないのがその証拠だ。

「おのおのさんはあちきが守るでありんす!」

「自分のこともまともにできねー奴がどうやって守るんだか」

 麻妃の隣を歩く夕之助が後ろから野次を飛ばすが、サリーは全く怯まない。

「大丈夫、おのおのさん。あちきはいざとなったらおっぱいからミサイルが出せるでありんす」

 立ち止まって深夜の手を両手で握り締め、決して冗談を言っているとは思えない顔でサリーが意気揚々と宣言した。

「いやいやいやいや、おっぱいからミサイルなんて出ないから! そんな嬉しい兵器なんてこの世にないから!」

「えーだってぇーゆーのすけが前に教えてくれたでありんす」

 振り返って口を尖らせるサリー。

 何か言いたげの麻妃に向かって、

「だってある意味兵器だろ? あの胸」

 夕之助がけらけら笑いながら言った。

 これは後でサリーにおっぱいからミサイルは出ない、おっぱいとはこういうものである講座を開いておけよフラグか? 夕之助の罠としか思えないんだが。

 そんな凄くどうでもいい会話を繰り広げながら、四人で夜道を歩き進んで行く。

 交流という意味では、学校の外でこうやって会うのはいい機会だったのではないだろうか。

 麻妃はサリーと夕之助の口喧嘩を目の当たりにして、笑みを零す深夜を見逃さなかった。こうやって少しずつでもみんなで仲良くなれたら、それに越したことはない。それでいて深夜がもっと心を開いてくれたら尚嬉しい。

 団欒部初活動の収穫としては、それも含めて、やはりみんなで食べる食事は美味しいといったところだろうか。あと手作りは総菜の何倍も美味しい。

 きっとそこには色んな想いが込められているから。

 そんな当たり前で、誰でも経験しているようなこと――それに乏しいからこそ、得られる喜びがある。麻妃はそう思っていた。

 サリーも深夜も、もしかしたら夕之助も……?

「んだよ、人の顔じっと見て」

「あ、いや……」

 麻妃は慌てて目を逸らした。

 そんなあからさまに目を逸らす麻妃を訝しみ、夕之助は笑みを含ませて傲然と言い放つ。

「なに? 俺の家庭でも気になったわけ?」

「そ、そういうわけじゃ!」

「ふーん」

 涼しい顔をする夕之助にすべてを見透かされているようで、麻妃はあわあわして取り乱してしまった。

 夕之助の言う通り、夕之助の家庭に一瞬興味を持ってしまったのは事実だ。二人の事情を聞いてしまって変な好奇心の火がついたのかもしれない。

「……聞いたんだろ、サリーのこと」

 声のトーンが低くなり、気持ち小声で話す夕之助。それに合わせて麻妃も小さく頷いた。

「あいつがあんな変な喋り方すんのも母親の影響なんだぜ」

「あの『~でありんす』ってやつか?」

 夕之助は小さく「ああ」と返事をし、目の前ではしゃぎながら歩いている元気な女の子を見つめる。その瞳が今まで見たことないぐらいに優しくて、いつも文句ばかり言っている夕之助の心の底が見え隠れしたような気がした。

「子供にとって親は初めて出会う人間だからな。そしてその背中が最初の手本になる。それが良かろーと悪かろーと逃れることは出来ないんだろうよ、きっと」

 両親のいない自分には、そこまで踏み入ったことはわからない。それでも聞いているうちに疑問が浮かび上がってくる。

 例え両親がいなくても、必ず男女が揃わなければ自分が生まれることはない。それが望まれたものか、そうじゃないものか、どちらにせよ、生まれる瞬間には両親というものはいるはずなんだ。

 ……考えたことなかった。

 また変な違和感に苛まれる。あまり考えたくない、と本能が緊急指令を出すぐらいにいい気分はしない。

「あいつ、初日に俺にこう言ったんだぜ。『一緒に帰ってくれて、家に帰ってきてくれて、本当にありがとでありんす』ってさ。家に帰って感謝されるってなんだよ」

 夕之助は一瞬顔を歪ませてムッとするが、すぐにいつもの整った顔立ちに戻る。

「事情は色々でも、きっとここにいる奴らはみんな大差ないんだろうよ」

 大差ない……その言葉は麻妃にとって重くのし掛かった。

 あまり深く考えたことはなかったし、楽天的に考えていたが、やはり家庭の問題というのは思った以上に複雑で難しいものなのかもしれない。

 あんなに大人びた表情で語るサリーや憎しみに取り憑かれた深夜の表情が脳裏に浮かび、そんな二人を自分みたいな赤の他人が笑顔にしてやれるのだろうか、と今になって事の重大さを痛感してしまう。

 家族らしいことをする部活――団欒部なんて発足させておいて、それこそただの真似事でお遊びに過ぎず、申し訳なさと恥ずかしさが後悔と共に訪れようとしていた。

 それが表情に出てしまっていたのか、夕之助は苦笑しながら麻妃の頬を抓った。

「いんだって、俺らはこれから家族になろうぜ。そんだけ仲良くなりゃいーだろ」

「夕之助……」

 今悩んでいることをたった一言で綺麗に洗い流してくれる。まるで棘だらけの薔薇から棘を一瞬で抜き落としてくれるかのように、綺麗な部分だけを残してくれる。

「やっぱりお父さんだよ、おまえは」

 しみじみと言う麻妃は、夕之助に頭部を両拳でぐりぐりしながら押さえつけられ、

「あ? 誰がお父さんだよ、ふざけんじゃねえ! せめてお兄ちゃんにしとけバカ!」

 脳みそが楕円形に変わってしまうのではないか、というぐらいの猛烈な痛みに耐えるはめになるのだった。



 帰宅後。

 麻妃は興奮しているせいか全く寝付けず、夜食でも食べながら妹について書き記されているサリーに借りた例の本達を読もうとリビングへ向かった。

 するとキッチンのところだけ小さな明かりがつけられており、同じく寝付けなかったらしい深夜が小さなイスの上に立って、戸棚をごそごそと漁っていた。イスに乗ってやっとギリギリ戸棚の取っ手に手が届くぐらいで、イスの上で背伸びしては呻りながら何かを探し求めている。

「なにやってんのー?」

「わ! な、なんでもなっ……!」

「あー! おま、その戸棚……お菓子隠すのに使ってたのか?」

 半開きになった戸棚の隙間から見えたのは、沢山の買い溜めされているお菓子だ。

 深夜は顔を熟しきったトマトのように真っ赤に染め上げて、エサを求める金魚のごとく口をぱくぱくさせている。それはもうその口から気泡が見えてきそうなぐらい。

「なんだ、そんなに腹減ったのか?」

「ちがっ!」

 なにをそんなにムキになる必要があるのか麻妃にはさっぱりだったが、深夜はイスの上で地団駄を踏んだもんだから、深夜サイズの小さなイスはそこだけ地震が訪れたかのようにガタガタガタと横に揺れ動き――

「きゃあぁっ」

 イスは悪戯に深夜を振り落とすかのように倒れてみせ、同時にイスから足が離れた深夜が一瞬宙を舞う。

 目をぎゅっと瞑り、大きく手を広げて、背中から床に落下していく深夜がスローモーションのように遅く見えて――そして自分の動きさえも誰かがリモコンでスロー操作しているのではないかと憤りを覚える程に遅く思えた。

「あぶね……!」

 まさに外野手が空高く舞ったボールを捕球するかのように、麻妃は深夜だけをしっかり見据え、咄嗟に腕を広げて自分の体を使って抱きとめようとする。

 空から女の子が降ってきたら迷わず抱きとめるのが男の性であり、それが大事な存在なら尚更自分を犠牲にしてでも抱きしめるのが真の男ではないだろうか。

 麻妃は考えるよりも先に体が動いていて、運良く腕の中に落ちてきてくれた小さなお姫様を抱きしめ、そのまま勢いよく尻餅ついた。

 フローリングの摩擦で尻が熱く、尻餅ついた衝撃でずしんとした鈍い痛みが尻と腰を襲う。

「あたた……おい、大丈夫か?」

 深夜のぬくもりが密着している腕やふとももから感じ取れて、無事だということにほっと胸を撫で下ろした。

「…………」

 落ちたことに驚いているのかなんなのか、深夜は狐につままれたような顔をしていた。

「おーい、深夜? 大丈夫か?」

 名前を呼ばれ、はっとしたのか深夜の顔は次第に紅潮していく。

 まるでおとぎ話の王子が姫を抱きかかえているかのような体勢で、麻妃が上から見下ろして返事をしない深夜の名を何度も呼んでいた。

 目と鼻の先にある麻妃の顔がほっとした優しい表情をすると、それに比例して深夜の顔がまた赤く染まっていく。

「すげえ顔真っ赤だよ。熱あるんじゃないか?」

 ぺた、と頬を触る麻妃。

「!」

 それだけで深夜はなかったはずの熱が突然出てきそうなほど、血液が顔に集中してしまっていた。

 深夜が無事だった、その事実だけで満足している麻妃にはそんな深夜の気持ちなどわかるはずがない。

 見上げれば、自分を優しく見下ろしている彼。

 ドジを踏んでも決して怒ることも嫌味をいうこともなく、心から心配してくれる彼。

 だけどいつもその瞳に映る自分は女の子としてではなく、何故が妹というポジションとして。

「…………」

「ど、どうした?」

 深夜はもう我慢出来ず、無言で麻妃の首に腕を回して抱きついた。

 よっぽど怖かったのかもしれない、とその頭を優しく撫でてやる麻妃。こうして自分を頼ってくれている、ということが何よりも嬉しかったのだろう。

 違う、違わないけれど、違う――深夜にとっては。

 それでも麻妃がバカみたいに自分を妹としてしか扱わず、妹としてしか見ていない、見てくれない、そんなことわかっている、わかっているけれど。

「……やっぱり相変わらずだね、麻妃」

 懐かしむように名前を呼ばれることに違和感を抱きつつ、麻妃は自分の名を呼ばれることに心地よさを感じていた。

「相変わらず?」

 と、気になるワードを見つけて聞き返す。

 しかし深夜は答えず、そのまま抱きついた勢いに任せて麻妃を押し倒し――

「わわわ! ちょ、危ない危ない!」

 ごんっ! と後頭部を打ち付けるのだけは避けようと腹筋に力を入れて、ゆっくり深夜に押し倒される麻妃。

 その時、夜食と共に読もうと思っていた妹資料が二人の倒れた振動のせいで、ぱさぱさっとキッチンテーブルから床に落ちてくる。

「あ」

 それは狙っているかのように麻妃の顔の真横に落ちてきて。

 そこに積み重なったものは、やたら妹という字が入った題名の本ばかり。

「…………」

 麻妃のお腹の上に乗っかっている深夜は、むすっとした顔をして、あからさまに不機嫌さを全面に押し出してきた。

「あ、これ? この間の続きだよ、続き。サリーの借りてたやつ」

「そんなの別に聞いてないし」

 あれ、なんで急に不機嫌になったのかな……なんて麻妃は思うが、もちろんその理由に気づくことはなく。

 自ら押し倒してぴったり密着し、太ももに細くて柔らかい自分の太ももを絡ませて、お腹の上に小さな上半身を預けた状態で、上から一直線に見下ろす――男なら誰もが一瞬でも変な気を起こしてしまいそうな、そんな絶好のシチュエーション。

 そんなシチュエーションになろうとも麻妃は深く気にとめていなかった。こういう兄妹の戯れかな、ぐらいにしか思っていない。

「もういい! バーカ!」

 深夜は体を離し、その小さな足に全体重を預け、

「うっ! ってえええええ!」

 思いっきり麻妃の腹部を踏みつけて、自分の部屋へと戻っていった。

「おい、ちょっと! 俺なんかした!?」

 麻妃はキシキシと痛む腹部を抑えながら、拗ねるように走って部屋に戻ってしまった深夜を追ったが、目の前でバンッ! と大きな音をたててドアを閉められてしまった。

「……んだよ、せっかく仲良くなれたと思ったのになぁ」

 麻妃はドアの前で独り言のように呟く。

 そのドアの向こう側でへたり込んでしまった深夜は、暗闇の中で膝に顔を埋めて動こうとも喋ろうともしなかった。

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