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(2)-3

 それからチャイムをきっかけに強制終了し、麻妃達はサリーを送り届ける為に保健室へ行くことにした。

「俺は保父さんかよ……」

 距離をとって隣を歩く深夜が横目で麻妃を見る。

「……あんただって世話好きじゃない」

 そして独り言のようにぼそりと呟いた。

「え?」

 内容までは聞き取れなかったが、深夜が喋ったことに気づいた麻妃は問い返す。

「今、なにか……言ったか?」

 深夜はあからさまに顔を逸らし、

「世話好きなのはあなたもじゃないの」

「夕之助と比べてってこと? いや、俺は全然だって」

 サリーと衣食住を共にするほど元気じゃない。下手すりゃ風呂も一緒に入らなきゃレベルだろアレは。俺の身が保たんわ、男の子的な意味で。

「自分で気づいてないだけでしょ」

 珍しく喋ってくれる深夜だったが、何故か攻撃的だった。反感でも買っているのだろうか。

 そんなやりとりに気づくことなく、先頭を歩くサリーが元気よく保健室の扉を開け放った。ノック? そんなものアホが知っていると思うか?

「バカゆーのすけー帰るでありんすー」

 凄い怒りのオーラが保健室から放たれている。そのオーラだけで吹っ飛んでしまいそうなぐらいに。

 いつもならここでボロカス文句が飛び交うはずなのだが、不思議と無言だった。夕之助はいないのだろうか。

「あれ、夕之助いな……」

 と、保健室を覗き込むと夕之助の姿を確認出来た。

 あえて付け加える、女子高生バージョンの夕之助の姿が。

「なにやってんの?」

「保健委員の仕事だよ。他に何があるんだ?」

 女装趣味を保健室の先生に見せつける変態プレイ真っ直中なのかと思ったよ、とは言えなかった麻妃である。

「保健委員は女子にやってもらうはずだったんだけど、坂本くんがどうしてもって言うもんだから……ねえ?」

 口元に手をあてて上品に笑う養護教諭。どう見ても楽しんでいるようにしか思えないんですが。

「やっぱり僕じゃだめだったでしょうか……」

 僕? え? ぼく?

 急に汐らしくなる夕之助の姿を目にして、麻妃はぽーかんという擬音がぴったりな顔で制止する。

「いえ、あなたはよくやってくれてるわ。こういう面倒な仕事ってみんなやりたがらないのよ。だから凄く助かってます、ありがとう」

 褒められた夕之助は美少女にしか見えない顔で頬を染める。え、頬を染め、る?

 俺の知っている夕之助はもうここにはいない……と勝手に複雑な心境に陥る麻妃であった。

「どうしたの、あーちゃん。ねーねー」

 石のように固まったままの麻妃を心配そうに見つめ、体を揺らしてみるサリー。

「俺より夕之助の頭がどうしちゃったの状態だよ」

 あ、そうか。

 麻妃は夕之助と養護教諭のやりとりを眺めながら、一つの答えに辿り着く。

 この時、麻妃の脳内では夕之助の「俺は大人の女の方がいいんだよ」という台詞がループしていた。

 そうだ、これは夕之助のデレの瞬間なんだ。

 いやでも、ちょっと待って欲しい。確かに好みや趣味は人それぞれで、自分に口を挟む権利などないのだが……。

「大人の女って……下手すりゃ母親世代越えてるんじゃないか?」

 それはもはや大人の女ではなく、熟女ですよね。



 帰宅後、麻妃は部屋着に着替えてリビングに出た。そこには今日もまた5年3組とマジックで書かれたジャージを着用している深夜の後ろ姿がある。

 なんでまた5年3組なんだろう。6年の時のゼッケンはどうしたんだ。それよりせっかく可愛い容姿をしているのだから、女の子らしいパジャマでも着ればいいのにな、と麻妃は悩ましい顔をする。

「あのさ」

「…………」

 ソファーの上で縮こまった深夜が顔だけ後ろに向ける。一応反応はしてくれるらしい。

「俺買ってやろうか? パジャマ」

 言って、麻妃は深夜の隣に座る。

「せっかく可愛いんだし、可愛い部屋着とか着たらいいじゃん。絶対似合うって」

「…………」

 深夜は何も言わずに膝に頬を埋める。

「そんなにジャージがいいのか?」

 深夜はテーブルの上に置いていたらしいメモ帳にカリカリと返答を書き記した。

「そうじゃない……って?」

 深夜は同じ紙のなぐり書きする。

「ジャージが好きなわけじゃない? そうか、なるほど」

 でもパジャマはいらない様子だし、どういうことだつまり。自分に買ってもらったものなんて着たくない、ということなんだろうか。

 理解出来ていない様子の麻妃に気づいたのか、深夜は口を小さく開き、閉じ、そして意を決して再び開いた。

「これを着てるのはっ……」

 蚊の鳴くような声だったが、二人っきりの部屋では十分すぎる声量だった。

「ん? なんか意味があるのか?」

 優しい顔で問いかける麻妃。

 深夜は何も口にすることが出来なかった。そんな麻妃の顔を見てしまっては。

 膝に顔を埋めたまま、左右に振って自分の発言を否定する。その姿を見て麻妃は余計に理解出来なかった。

 急に機嫌を損ねてしまったり、突然口を開いてくれたり、それでもメモ紙でのやりとりがほとんどで――どうすれば距離が縮まるのかなんてさっぱりだった。

 そこで麻妃はあるものを取りに部屋に戻り、ソレを持って再びリビングに戻ってくる。

 にやにやしながら戻ってきた麻妃を深夜はじと目で見て、メモ紙に「なにそれ」とだけ書いた。

「これか? サリーが貸してくれたんだよ」

 なかなか厚みのある文庫本が数冊、麻妃の腿の上で存在感をあらわにしている。

 よくもまあ、学校に置いてたもんだ。聞いた話では学校に置いている本や漫画はこれだけじゃない様子だった。

 ……って、おい。あいつ学校に教科書持ってきてないんじゃないのか?

 なにそれ、とでも言いたげな顔で深夜が腿の上の小さな文庫タワーを見る。

 最近は妹を題材にした本が多いと聞いて、頼んでサリーに貸してもらったのだった。妹との接し方なんて本来考えることでもないだろうし、せめてこういう本でも読んで感覚を掴むのも一つの手段かもしれない、と麻妃は考えたのだ。

「ま、ライトノベルだけど」

 存在は知っていたが読んだことはなかったので、これを機会に読んでみようと思う麻妃であった。

 (男子+女子)+部活動=青春という方程式についても今後のことを考えたら学んでおいて損はないだろう。これから部活動をしていくにあたって、この青春をいかにして家族愛に変えていくかが重要である。

 麻妃は一冊を手に取り捲り、深夜は興味を失ったのがチャンネルを手にとって番組を変え始める。

「これはっ!」

 読み始めてすぐ、無駄に大声をあげる麻妃。

 この素っ気ない感じ、気まずい空気、ろくに口もきかない妹……もしや世間一般の妹というのはこういうものなのか?

 驚きに満ちた顔で麻妃は隣の深夜と本を今後に見る。

 しかも妹がろくに口もきいてくれないというのに、それで生活に支障がないと兄は思っている。確かにそうかもしれないが、大事な妹だというのに溝があいたままでいいんだろうか。『普通』はそうなんだろうか。

 麻妃は他が気になり、何ページが読んだだけで次の本に移る。

 すると今度は兄にべったりで兄に夜這いさえ求める妹が現れたり、本当の妹はどれでしょうという謎の展開になっていたり……。

「妹って奥深いんだな……」

 まるで歴史について学んでいるかのように、あらゆる妹が出てくる本を見比べていく麻妃。

 さすがにそんなアホらしい姿を隣でするものだから、深夜も我慢出来ず「バカじゃないの」と書いた紙を開いた本の上に置いた。

「いやだってさ、妹ってこんなんなのかなって」

 深夜は新しいメモ紙に再び書き記す。

「言っとくけど私は妹になったつもりはない?」

 下から覗き込むかのように見てくる深夜の瞳は、怒りに満ちているというより、子供が拗ねているような瞳をしていた。

「……そっか、そうだよな。所詮は学校内の制度のようなもんだしな」

 いざソレを口にされると、そうとしか言えなかった。

 頭ではわかっているんだ。きっと他の生徒達もそれはわかっているし、わかった上で行っているのだろう。

 それでも麻妃の感情は他の生徒のように追いつきはしなかった。

 人一倍待ち望んだその環境に、境遇に――なれたという事実だけで、飛び上がるほど嬉しかったから。

 例えば特殊な家庭環境の末に出来た義理の妹、と解釈すればわかりやすいかもしれない。

 衣食住を共にして、助け合って、わかりあって、そんな当たり前の生活を当たり前に一緒に過ごす。それだけで血が繋がっているか繋がっていないかなんて、麻妃の中ではどうでもよかったのだ。

 ははは、と笑ってごまかす麻妃だったが、ちっとも笑っているようには見えなかった。目で見てわかるレベルでショックを受けている。

 深夜は噛みしめた唇を開放し、

「どうして、また……妹なの」

 小さく呼吸するかのように、細く、今にも消え入りそうな声で吐き捨てる。

「え?」

 麻妃が問い返しても、同じ言葉は二度と口にしなかった。

「別になんでもない」

 なんでもない、ことなんてなくても。

 深夜はそう言うことしか出来なかったのだった。



 翌日の放課後。

 挨拶をするかのように自然な流れで夕之助が麻妃にかけた第一声。

「あ、部活の手続きしといたから」

「え?」

 そんな大事なことをあっさりと言いのけてしまう夕之助を前に、麻妃は思考が追いつかずにいた。

「だからー部活だよ部活。創部手続きな」

 二度も説明させんじゃねえよ、とでも言いたげなめんどくさそうな顔をする夕之助。

「創部手続きってそんな簡単に出来るもんなの?」

「まあな。部が部だし、学校的にもオッケーなんじゃねーの」

 新しい部活を創部するにあたって最低人数が決まっており、同好会から始まって認められれば晴れて部になるらしい。しかし部活動の内容が内容なだけに、学校側の許可がおりたわけだ。

「でも部員は多いに越したことねえよな。部費的な意味で」

「ブヒ的な意味でー!」

 気づくと拳を振り上げたサリーが今にも飛び跳ねそうな勢いで側にいた。相変わらず相手の都合はお構いなしに、自分のテンションで話に入ってくる。

「黙れ家畜の餌、萌え豚のおかず」

「ちょっとーなに言ってるかわかんないでありんす! あちきはエサなの? ごはんなの?」

 おかずじゃないかな、そのおっぱい的な意味で……とは突っ込まずにいた麻妃である。

「とりあえず! あそこも部室ってことでいいんだよな?」

 犬と猿が戦っているのを眺めていても埒があかないので、麻妃は二人の口喧嘩に割って入った。

「ああ」

「じゃーこれからぶかつだー! おのおのさん、呼んでくるでありんすぅ!」

 サリーは深夜の元に駆け寄り、どんなに嫌な顔をされても屁とも思わず、腕を引っ張って連れていこうとする。

 そんな姿を眺めながら、夕之助がため息をつき、つられるようにして麻妃もため息をつき、二人は顔を見合わせて苦笑いした。

 もちろん言わずもがな答えは決まっている。部室に向かって歩き出す女子生徒二人の背中を追うしかないだろう、と。

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