VSミス紫陽花
放課後。
二人の男子生徒が和式便器の扉を開けて、洗面器が三つある内の両脇で手を洗い始めたあとから、真ん中の扉を開けたひとりの生徒が洗いに来た。その中央の生徒に、右側の男子生徒が気付く。
「お? お前、初めて見る顔たいな」
真ん中の長髪の生徒が答える。
「やだなぁー。俺ば忘るんなさ。生田だよ、生田」
「い、いや……。お前、来るとこの違うやっか」
左側の男子。
再び右側男子。
「そいさ、俺らんトコの黒船高校とは違うっちゃなかいや?」
「な、何で紫色のセーラー服な?」
左側男子が、怪訝な顔。
右側男子、血の気が引く。
「ほっ本当に、お前誰なっ!?」
「うえっ!! ままま間違えたっ!」
生田潤。変身した事を、うっかり忘却。左側男子は警戒する。
「ここっコイツば、摘み出せ―――」
云いかけた左側男子の顔に、肘鉄が入り仰向けに転倒。続いて右側男子の顎に拳。キレイに決まり、脳味噌を揺らさた。
「ヘフッ……っ!」
間抜けな声を叫び、横倒れに成る。現・生田潤は、男子便所から逃走して行ったのだ。
それから。
大原茜、十七歳。
『長崎市私立紫陽花女子高等学校』二年生。女は、毎年校内で行われる祭りの、ミス紫陽花コンテストの大会優勝者。今大会で二連覇となる。
京都特有の色白の瓜実顔で、切れ長な瞳の美人。鼻筋が高く、端正な唇。長身で細身の躰に小振りな胸。腰まである艶やかな黒髪は、大巻きの癖毛がある。
茜は、日頃から恋い焦がれていたとある高校の男子生徒へと勇気を出して――知り合いの女子生徒伝いにではあるが――遂に手紙を送った。その愛しの君とは『長崎県立黒船高等学校』の生徒で、黙々と空手を習っている。毎朝すれ違いに見るジョギング姿に、光輝く汗を見ていたのである。何よりも、優しい眼差しに魅了されてしまった。
茜は今、恋文を渡した男児と待ち合わせている場所に来ていた。川が優しく流れ、足首程の高さの草が生えている。橋の影から伺う。同じ制服の女子生徒を発見。茜は三年間も紫陽花女子高校に通っていて、初めて見る顔だった。もう時間が時間なので出て行き、その女子生徒に尋ねる。
「あの……失礼ですが、生田潤壱さんて人……此処に来なかったですか?」
その女子生徒が答えた。
「俺がその、生田潤壱です」
それを聞いた途端、茜は地面目掛け横に転倒した。