虫に産まれた者
虫には心があるか、と聞かれたら大体の人は無いと答えるだろう。
だがこの答えは正確では無い。
正解、心は無いのだ。
だが魂はある。
スピリチュアル?黙って聞いてなさい。
例えるなら、魂は水、身体はコップだ。
心はどうかと聞かれると、これも身体の一部なのだ。
それと同時に魂と最も近しい位置にある。この表現が正しいのか分からないが、心は臓器だ。
脳を支配する臓器、大事な機関だ、だが虫にはそれがない。
なぜなら彼らには小さい器に不相応な程の大きい魂があるからだ。
常にコップから溢れている水と言えばわかる。
そこでだ、私は、魂の声を読み取る力がある。
これは心を読む力と言っても過言では無い、だが使い勝手が悪い。
器の大きい生物からは声が聞こえないのだ。
例えば人間、ナチュラルに向かい合っていても魂の声なんて聞こえない、これは動物もそうだ。だが犬は違う、アイツらは普通に喋る、これが分からない。
だが、分かることといえば元気とイコールなのでは無いかと思い始めた。
『ショクシュ メシ コナイ』
だが全て等しく聞こえる期間がある。
それは幼体、つまり赤ん坊の時だ、彼らは有り余る魂に器が追いついていない、故に声が漏れる。
『カベ カベ カベ アオイ クロイ メシ』
……うるさいな。
私はベッドから身を起こし、カリカリとガラスケースの壁を鉤爪で必死に叩いているその虫に目を向けた。
全長5cm程か、黒い重厚感のある体にまばらに白の斑点模様、まあ、俗に言うカミキリムシ、私は愛を込めてキリと呼んでいる。
「どうした、キリ、メシか」
洋服の溜まったベッドから鉛のように重い身体を起こす。
最近はずっとキリの世話ばかりしている…ニートになる心配はしなくていい、もうニートだからだ。
『クロイ デカイ ウゴイタ ショクシュ メシ メシ』
コイツは私を触手と言う、どこにその語彙があるのかは未だに理解出来ないが喋られるだけで満足だから考え無いことにした。
ガラスケースのすぐ隣に置いてある大量にあるタッパーの一つを手に取り、開けると無造作に一つ取り出す。
どうやらリンゴを引いたらしい、ラッキーだ。
ケースを明けると鼻を突く甘ったるい刺激臭を無視して、小さい切り株の上にリンゴを横に倒して置く。
「運が良かったな、今日はリンゴだぞ、キリが前好きって言ってたやつだ」
『ショクシュ メシ メシ ショクシュ』
キリはカリカリと未だにケースを叩いている。
「……仕方の無いやつだ」
キリの背中をつまみ上げ、リンゴに頭を刺す。
『グギャッ! メシ メシ メシ メシ』
ああ、連呼しだした、こうなったら食い終わるまではメシ連呼botだ。
『メシメシ!メシ!メシ!!』
元気に連呼している。
私はまたベッドの縁に腰をおろす。
『祝福 食 餌 温床』
「……ん?」
私の幻聴じゃなければ……いや、魂の声なんて全部幻聴のようなものなのだが、確かに今声が聞こえた。
そして私はこの喋り方に心当たりがある。
部屋の隅、天井、壁、物の裏、全てに目を通す。
そして、そして、そして……
「見つけた……」
部屋の僅かな光で黒光りする種族的大先輩、人間からの畏怖の対象。通称G。
そう、
ゴキブリだ。
『汝 食事 大物』
クソッタレ、イケボで意味の分からんことを囁きやがって、前のとは別の個体のように見える、てかまた現れた、てっきりアシダガグモ先輩に駆逐されたと思っていたのだが……
『汝 助けを求める』
「ナチュラルに喋るな、ゴキブリ風情が」
『食 求めぬ 助け乞う者 有り』
「飯はやらんぞ」
『困っておらぬ』
「死ね!!」
タダ飯食いやがるゴミ!悪魔!穀潰し!
『西に一匹のトカゲがおる』
するとソイツは聞いてもないのに報告を始めた。
「ただのトカゲでしょ」
『違う、汝が興味を引く、彼の魂は異質』
「お前らが異質なんだ、そんなのいっぱいいる」
実際に、他の生物を見ても、幼体以外に喋るのはコイツらだけだ、言うなればバグ。
ただ増える事に重きを置いた生物以下の存在が。
崇高な魂を持つ、これは異質な事だ。
「はあ、それで、何が異質なの」
『来い』
「あのさぁ」
気持ち悪いので目を向けたくなかったのだが、視界の端でソイツがカサカサとドアの隙間から出る。仕方ないので立ち上がり、重い足を引きづりながらついて行く。
部屋を抜け、ソイツは待ってくれていたようで階段を降り、夜の外に出ると家の駐車場に着いた。
「えー?外嫌なんだけどなぁ」
『暫し』
ゴキブリがどこかえ消える。
外は嫌いだ、声が聞こえすぎる、今だって声が聞こえて止まない、飯のこと、冬のこと、子供のこと、もう、鼓膜を破って仕舞いたい。
その時だった。
「っ!?ぎゃあ!!ゴキブリぃ!」
そんな声が駐車場の端、物置テーブルのしたから聞こえた。
『汝、然るべき魂を』
「やだやだ!キモイ!」
なんだ、何かがおかしい、ノイズのような声ではない。
澄んだ、水のように滑らかな声。
私は小走りでそこ向かい、テーブルの下を覗き込んだ。
「っひ、に、人間?」
「……」
そこに居たのはトカゲの幼体。
つぶらな瞳は私を射抜いている。
「貴方…なんなの?」
私は問いかける。
「しゃ、喋った!む、虫に話しかける痛いヤツって存在したんだ……」
「踏み殺すよ?」
「ひいいいい」
ナチュラルな殺意だった、だがそれ以上にコイツの存在が私は気になった。
「て、てか、俺の喋ってることわかるの?」
「うん、はっきりと」
「うえへ、すげえな!」
『汝』
「きゃああああああ!」
ソイツは叫んだ拍子にひっくり返り、両足をジタバタしている、近くに卵の殻がある、ほんとに幼体だ。そのせいかまだ身体になれてないらしい。
「あえ!あえええ!なにこれえ!」
「ひっくり返ってるよ」
ひょいと指で元に戻してやる。
「ひ、あ、ふうっ、ふぅっ、ありがとう……てか、なんだこれ、身体どうなってんの」
「トカゲだね」
「いや見たらわかるよ!さっき混乱してたし!」
私は、その考えたくもない質問を問いかける。
「……もしかして君、人間?」
「うん、元だけどね」
頭の中が真っ白になった。
「……君、前世何したらそんな事になるのさ…」
やっと捻り出せた言葉が、罵倒とも質問とも取れない、セリフだった。




