地味で退屈な殺人事件
「いやぁ、僕もステータス表示してみようと思ってね」
ある日のこと。無名萌真実が事務所を訪れると、ちょうど成人男性が、一人で奇怪なポーズを取りながら「ステータス表示!」と叫んでいるところだった。今度は一体何のアニメに影響されたのだろうか。真実はどこまでも真剣な表情のその男……上尾藍、探偵である……を、見なかったことにして、寂れたソファに腰掛けた。
「ステータス……表示!」
都内の片隅にある『上尾探偵事務所』には、今日も仕事がない。
大学生の真実はここで助手として雇われているのだが、おかげでバイト中、ずっとソファに寝っ転がって漫画を読んでいられた。軽く欠伸をしながら、『ドラゴンボール』の続きを手に取る。
「戦闘力……たったの5か……ゴミめ……」
「僕を見つめながら漫画のメーゲン言うのやめてくれないか」
藍が苦笑いを浮かべ、机の上の、冷めたコーヒーカップを手に取った。
「やれやれ。そういえばネットで見たんだけど、《つまらない趣味》トップ3のひとつが読書なんだって」
「なんだそのつまらない意見。それが小説の主人公のセリフか?」
「趣味ってステータスなのかなぁ? 別に良いじゃないねぇ。僕なんて趣味で探偵やってるのにね」
「ただの不審者だろそれ」
『素晴らしいです、先生!』
すると突然、床から3D少女がきのこみたいに生えてきて、キラキラとした眼差しで藍を見上げた。
『《趣味はステータスか否か?》。実に鋭い指摘です。とかく現代では、自分をよく見せるためのファッションや、あるいは仲間作りのためのツールとして趣味が消費されている。それが悪いこととは思いません。しかし趣味の醍醐味とは、たとえ誰に後ろ指を差されようともやらずにはいられないところ。ついつい没頭してしまうところです。だから先生の趣味が何であろうと、どれだけ他人と違っていようと、別に後ろめたく思う必要はないんですよ』
「ありがとう、和音君」
盲目的に藍を褒め称えるこの少女の名は、和音。藍が導入したAI少女である。実体のないデジタル上の存在だが、事務所内に設置された投影機で、こうして自由に姿を顕現できるのだった。
「本当に君は、僕が言って欲しい言葉を的確に言ってくれるねぇ。AIみたい」
「AIだろ」
「おかげでちょっと安心した。今まで誰も、探偵が趣味の人が周りにいなかったから……」
「当たり前だ。尾行だの盗撮だの、そんな犯罪行為、悪趣味すぎるわ」
真実が呆れていると、事務所の黒電話が鳴った。
「あっ。依頼だ。趣味で電話がかかってきた」
「どんな電話?」
電話は殺人事件の依頼だった。
「どうやら趣味で殺人してる人がいるらしくて……」
「即刻逮捕しろ。そんなやつ」
「うーん。仕事だと思うと何だか気が重いけど、趣味だとちょっと楽しい感じになるね。これからは仕事を趣味にする時代だよ」
「勤勉なのか怠惰なのか良く分からんな」
『さすがです先生。《怠惰を求めて勤勉に行き着く》。先生は今、さらにもう一段階上のレベルに到達しました。とかく楽しんでいる姿というのは、真面目にやってないと捉えられがちですが、しかし楽しむという言葉の本当の意味は、悩んだり迷ったり、「その無駄が楽しいんじゃないか」と、このセリフは……』
「もう良いからお前は」
藍がヨレヨレの探偵コートを着込み、現場へ出掛けて行った。本当に大丈夫だろうか? 漫画の続きも気になったが、一応バイト代はもらってるので、真実は仕方なく藍の後を追った。
◻︎
事件は都内の某所で起きていた。
「趣味が高じて殺人現場まで来てしまった」
「どんな趣味やねん」
「他人の粗探しをし、面白おかしく矛盾点を論破する……趣味でやってる探偵さ!」
「時代の申し子だよお前は」
「えへへ」
「皮肉が通じないのか……?」
あいにく真実の皮肉は藍には通じず、彼は満足げに頷き、意気揚々と立ち入り禁止テープをくぐった。殺されたのはここで趣味グループの会長をしていた某男性。死体の背中には、血文字で『犯人は田中』と書かれていた。
「端折りすぎだろ。めんどくさがりやがって」
「《怠惰を求めて怠惰に行き着く》だ」
犯人は田中だったので、呼び出して話を聞いてみることにした。
「違う……」
「え?」
しかし、田中はゆっくりと首を振った。
「違う。確かに僕は犯人だが、僕が殺りたかったのは、こんな殺人事件じゃない……」
「犯人であることは認めるのか」
「どういうことですか?」
田中が苦悶の表情を浮かべた。
「見てくれ……この杜撰な殺人事件を。トリックもアリバイもない。雑にナイフが心臓に刺さってるだけ。何の工夫もなく、そう、美しくない……」
「フツーそうだろ」
「違うんだ。僕が本当に殺りたかったのは、もっと奇想天外なトリックや、あっと驚くどんでん返しに涙なしでは語れない犯行動機……なのに蓋を開けて見ればこんな、パロディありきの読切ギャグコメディ。こんな地味で退屈な殺人事件じゃ、誰もワクワクしないよ」
「殺人事件でワクワクしてるやついねーから」
「日本の殺人事件を変えたい……僕はそう思っていたのに!」
「変えてくれ。そこはマジで」
田中が天を仰ぎ、鬼のように麦茶をガブ飲みしながら、呻き声を上げた。
「嗚呼、僕ァ殺し屋失格だ。紛い物だ僕ァ。そりゃ僕だって。僕だって若い頃はもっと、もっと10万字を超えるような壮大なストーリーでさ、有名な賞を獲れるような殺人事件を目指していたさ!」
「…………」
「だけど仕事のために、プロの殺し屋として売れるため、殺りたくもない人を殺っているうちに……気がついたら何の野心もない、置きに行くだけのつまらない殺し屋になってしまった……嗚呼」
「そんなことない!」
すると、さっきまで黙って聞いていた藍が声を張り上げた。
「そんな……そんな言葉、犯人の口から聞きたくなかった……!」
「えっ」
藍が田中の頬を張り、首根っこを掴んだ。呆然とする田中を前に、藍がほろほろと涙を溢した。
「……いつも、動画観てました。好きだったんです……子供の頃から……あなたの殺人事件が、ずっと」
「えっえっ?」
「毎回毎回、なんてすごいトリックだってワクワクして。こんなこと思いつく人は一体どんな犯人なんだろうって。ずっとドキドキしてたのに……なのに、あなたが」
「何……?」
「あなたがそんな風に、仕事のために仕方なく……とか、嫌々やらされてた、なんて言ったら! 僕のこの感情は、好きだって気持ちは、一体どうしたら良いんですか!?」
「…………」
「少なくともあなたの作った事件は、ずっと僕の憧れだった。探偵として、立場は違うけど、ずっと僕の目標だったんだ! あなたの殺人事件を追って、僕は、僕は……!」
「藍くん……」
「無理があんだろーが!!」
たまらず真実が叫んだ。
「この状況でその感動路線は! そういうのは映画とか漫画とか、ベテラン作家と新人の会話とかだったらまだ分かるけど! 殺人事件でそのやりとりはッ、無理があんだろーがッ!!」
「確かに」
「殺しは殺しだ! 殺人事件でクリエイターごっこやってんじゃねぇ!」
真実の、ミステリーを全否定する鬼のようなツッコミが響き渡り、こうして犯人は逮捕された。夕陽を背に、藍と真実が土手に並んで、パトカーで連行されて行く田中を眺めた。藍のポケットから、スマホの中から和音が顔を出して、ポツリと呟いた。
『しかし……そう考えると、ミステリー作家が一番悪趣味なのかもしれませんね』
「ケッ。他人の趣味に文句言ってんじゃねーよ。新しいハラスメント認定するぞ」
「現代っ子。あっ。ちょっと待って」
藍が改まって咳払いした。
「『わたしの戦闘力は530000です』」
「は?」
「これが言いたかったの」
「……オイ不審者。趣味って言えば何でも許されると思ってんじゃねーぞ」
「せめて探偵って呼んでよ……」
やがてお約束通り、藍が夕陽に向かってフラフラと走り出し、この物語は終わった。




