⑧ 巌流島
カグヤは目を見張った。
そこで木刀を構えている人物は、紛れも無く、あの"式神のムサシ"だったからだ。
「アナタの想い人は、ちゃんと生まれ変わったみたいね?」
隣で雪子が囁いた。
「…ああ、本当ですね。ありがとうございます。」
「こんなの、大したことじゃないわよ。ただ私は、少女時代によく、吉川英治センセイの小説を読んでいただけ。」
「…でも。」
「…どうかした?」
「私が最後にムサシ様に出会ったのは、確か西暦1796年だったような…。」
「ああ、センターコンソールの座標数値を気にしているのね?恐らく彼は、その後誰かによって滅せられて、式神として生まれた時点まで戻ったのよ。つまり、西暦940年からの魂のリセットって訳。」
「…はあ、そういうモノなんですね?」
カグヤは取り敢えず納得した。
それよりも、現場の決闘の行方である。
純粋なフィジカル能力は、私と互角かそれ以上のムサシ様が、負けるはずも無いけど…。
そう思いながらも、心配そうに見つめるカグヤであった。
小次郎は既に大刀を抜いており、それをまるで野球の右バッターのように、後ろに引いて、腰をやや屈めて構えていた。
およそ、自らの高身長を、活かしているとは言えない構えだが、大刀の長さを、武蔵に悟られないようにするためであろう。
そして、その構えから、様々な角度で相手を下から上に、薙ぎ払うことが出来るのだ。
対して武蔵は、木刀を上段に構えていた。
彼もやはり、頭の後ろに木刀を振りかぶることで、小次郎に木刀の長さを悟られないことが、作戦だった。
砂浜で、ジリッジリッと、お互いに間合いを詰めていく二人。
「とぉっ!」気合いと共に、大刀を斜め上に薙ぎ払う小次郎。
武蔵はそれを、その場にサッとしゃがんで躱す。
小次郎の剣が、武蔵の乱れ髪を僅かにかすめた。
しかし、武蔵が反撃の一太刀を振るう前に、今かすめて行ったばかりの小次郎の大刀が、一度描いた軌道をなぞる様に、斜め上から下に即座に戻って来た。
これぞ、所謂"ツバメ返し"である。
しゃがんだままの姿勢から、まるでカエルの様に、
一気に斜め上に飛び上がる武蔵。
彼はその動作で、小次郎のツバメ返しを躱しつつ、上段に振りかぶっていた長い木刀を、一気に振り下ろした。
間合いは、充分に詰められていた。
空中から放たれた武蔵の渾身の一太刀は、見事に小次郎の額を捉え、それを割ったのである。
このように、二人の決着は、一瞬の出来事であった。
小倉藩士の長岡佐渡と、細川家の家老の沼田延元が、それぞれ、倒れている小次郎の状態を、即座に見聞し、武蔵の勝利を認めたのだった。
勝利を宣言された武蔵は、急いで小次郎を介抱しようとしたが、それを沼田延元に止められた。
彼は仕方無く、あらかじめ細川家が用意しておいた小舟に乗り、巌流島を離れて行ったのだった。




