信念
陽介たちが屋敷の前に辿り着いた時、すでに周囲はざわめきに包まれていた。夕暮れの空気の中、規制線も張られていないのに、人だかりだけが妙に密集している。ひそひそと交わされる声、時折混じる不安げな叫び。法力の流れが乱れているせいか、空気そのものが重く感じられた。
その人波の中に、見知った顔があった。
「そら……流星……?」
呼びかけると、二人ははっとしたように振り向いた。星野そらは不安を隠しきれない表情で、兄の流星は腕を組んだまま屋敷を睨んでいる。今何が起きているのかを聞き出そうとした。
「中で戦ってるらしい、ってことしか分からないんだ」
「急にドン、って音がしてさ……」
二人の話は断片的だったが、周囲の野次馬の会話を拾っていくうちに、全体像が少しずつ浮かび上がってきた。
能力者同士の戦闘、屋敷の中、複数人──
そして、その屋敷が南家のものであるという事実。
「……なるほどね」
そこまで分かれば、悠長にしている時間はない。陽介は屋敷を見上げ、天井付近に残る破壊の痕跡を視界に収めた。法力の流れは、確かにこの建物へと吸い込まれている。
突入しようと一歩踏み出したところで、陽介はふと足を止めた。
どう考えても、正面から入るのは時間がかかる。
「流星。『重力軽減』、頼めるか」
一瞬『ワープゲート』を使う案も頭をよぎったが、即座に却下した。向こう側の状況が不明な以上、ゲート越しに巻き添えが出る可能性は否定できない。ここは確実性を取るべきだ。
流星は短く頷き、法力を動かす。身体がふわりと軽くなる感覚に、陽介とユラナスはすぐ慣れた。
──行ける。
そう思った、その時だった。
「あの……影浦さん」
背後から、遠慮がちだがはっきりとした声がかかる。
振り返ると、そこに立っていたのは高城陽だった。緊張しているのか、背筋は伸びているが、視線だけがわずかに揺れている。
「僕も……行かせてもらえませんか」
一瞬、陽介は言葉に詰まった。
確かに、彼は治癒系能力者だ。今の状況では、これ以上ない戦力でもある。だが、知り合ってまだ日が浅い。それに――
「中は、何が起きててもおかしくない。最悪、死ぬかもしれない」
できる限り淡々と、事実だけを告げた。牽制でもあり、最後の確認でもあった。
けれど、高城の返事は驚くほど早かった。
「それでも行きます」
迷いのない声だった。覚悟というより、信念に近い響き。誰かが傷つくのを、黙って見過ごせない性分なのだろう。
昨日、陽介たちに救われたことも、少なからず影響しているのかもしれない。
「……分かった」
短くそう言って、陽介は頷いた。もう時間はない。
そして、いよいよ突入しようとした、その瞬間。
「待ってくれ」
流星の声が、低く割り込んできた。
振り返ると、彼の顔色が明らかに悪い。申し訳なさそうな表情だった。
一瞬同行を希望しているのかとも思ったが、地上から屋敷の屋根までの距離を考えると、同行せざるを得ないと気が付き、別の何かだろうと結論を出す。
そして、流星が口を開いた。その内容は――。
それを聞いて、陽介の思考は早くも『重力軽減』を使わない方向に向かっていた。




