今日使う部屋
昨日投稿できませんでした。スミマセン
野々花の母と野々花に左右を挟まれる形で、翔は家の中へ案内されそうになった。
一歩、玄関の敷居に足がかかる。
(待て待て待て待て)
翔は内心で全力のブレーキを踏んだ。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
思わず声が裏返る。
二人が同時に振り返った。
「どうしたの、翔くん?」
「何か不都合でも?」
野々花は不思議そうに首を傾げ、母親はにこやかなまま問いかけてくる。
その視線に、翔は一瞬だけ言葉を失った。
(言えない……!
“女子の家に一人で入るのは無理です”なんて、言えるわけないだろ……!)
頭の中では必死に叫びながら、口から出たのは全く別の理由だった。
「だ、だって……この前、変なことしてるかもって疑われたじゃないですか!」
言ってから、(それ言う!?)と自分で突っ込む。
だがもう遅い。
野々花は一瞬きょとんとしたあと、すぐに納得したように手を叩いた。
「あー、あの時のこと? 大丈夫だよ!」
「え?」
「ここ、私たちの家だし。
見張りをつけようと思えば、いくらでもつけられるから」
さらっと、とんでもないことを言った。
翔の背筋が凍る。
(見張り……?
今、“見張り”って言った……?)
野々花の母も、穏やかに頷く。
「その点は心配いりませんよ。
常識外れなことが起きないよう、きちんと配慮していますから」
配慮、という言葉が逆に怖い。
「い、いや、その……」
抵抗しようとしたが、既に両側から軽く背中を押されていた。
力は強くない。だが、断れる空気ではない。
こうして翔は、半ば強制的に屋敷の中へ足を踏み入れた。
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中に入った瞬間、翔は言葉を失った。
広い。
とにかく、広い。
吹き抜けになった空間の中央には、落ち着いた色合いの大理石の床。
壁は白を基調としているが、安っぽさは一切なく、間接照明が柔らかく空間を照らしている。
(……ホテルのロビーかよ)
思わずそんな感想が浮かぶ。
そして、決定打。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
揃った声と共に、数人のメイドが一斉に頭を下げた。
「っ!?」
翔は完全にフリーズした。
(いやいやいやいや、
“たくさんいる”ってレベルじゃねぇだろ!?)
視界の端にも、奥にも、人がいる。
全員がきちんとした身なりで、静かに、しかし確実にこちらを見ていた。
野々花は慣れた様子で手を振る。
「おはようございます。
今日はお友達と勉強会なので」
「かしこまりました」
そのやり取りが自然すぎて、翔の現実感が削られていく。
(勉強会……?ここで……?)
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そのまま案内されたのは、屋敷の一角にある静かな部屋だった。
大きな窓からは庭が見え、机は数人で使えそうなものが複数あった。
ただし。
(……ここ、野々花の部屋じゃないな)
妙に生活感がない。
装飾も控えめで、あくまで「作業用」という雰囲気だ。
翔は内心、少しだけ安堵した。
「ここが今日使う部屋だよ」
「……野々花の部屋じゃないんだな」
思わず確認すると、野々花はあっさり答えた。
「うん。私の部屋、今ちょっと勉強するには使えなくてさ」
「どういうことだ?」
「複数人で使える机、発注してるんだよ。
まだ届いてなくて」
その言葉を聞いた瞬間、翔は胸の奥で静かにガッツポーズをした。
(よかった……!本当に良かった……!!)
ここが本人の部屋だったら、精神的に耐えられなかった自信がある。
そうして翔は、豪邸・メイド付き・完全アウェーという状況に置かれながらもひとまず”最悪の事態”は回避したのだった。




