ことわざ
報告により、間違っている点が見つかりました。
episode48
タイトルが「やさしい嘘」ではなく「やししい嘘」になっていました。混乱した方もいると思います。大変申し訳ないです。(現在はなおってます)
陽介とユラナスが、街のあちこちで起きる能力由来の騒動を必死に“なかったこと”にして回っている、その頃。
翔はというと、まったく別の意味での“危機”に直面していた。
(……どうして、こうなった!?)
状況を理解するには、少しだけ時間を巻き戻す必要がある。
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野々花から「休日の勉強会」の話を持ちかけられたのは、金曜日の夜。
陽介の家での一件を終え、それぞれ帰路についた直後のことだった。
「翔くん、明日も勉強会する?」
あまりにも自然な口調で言われたその一言に、翔は一瞬だけ考える間を失った。
「あぁ……何も予定ないからいいぜ。明後日は無理だけど」
口から出た返事は、ほぼ反射だった。
内心では「なんで即答した俺」とツッコミを入れていたが、時すでに遅し。
「じゃあ決まりだねっ! 明日、八時に私の家の前集合。じゃあね〜」
明るく手を振って去っていく野々花を見送りながら、翔は深いため息をついた。
不満がなかったわけじゃない。
むしろ、ありまくりだった。
だが、勢いというのは恐ろしい。気づけば頷いてしまっていたのだから。
翌日、この”不満”が現実となることを、翔は薄々気がついていた。
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――そして翌朝。
翔は指定された時間より、ほんの五分ほど早く目的地に到着していた。
目の前にそびえる建物を見上げ、思わず言葉が漏れる。
「……聞いてたより、すげぇデカいじゃん」
野々花の家が“有名”なのは知っていた。
それなりの家柄だという話も、噂程度には耳にしている。
だが、実際に目にすると話は別だった。
門構えからして威圧感がある。
敷地も広く、家というよりは“屋敷”に近い。
「これが……百聞は一見に如かず、ってやつか」
自分の口からことわざが出たことに、翔自身が一瞬驚く。
勉強会の成果なのか、今まで無意識に避けていた言葉が、少しずつ頭に残るようになっていた。
「野々花にも感――」
そこまで言いかけた瞬間だった。
「翔くん、やるじゃん!」
突然、すぐ耳元で声がした。
「っ!?」
驚きすぎて声すら出ない。
体だけがびくりと跳ね、心臓が一拍遅れて騒ぎ出す。
振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべた野々花が立っていた。
どうやら背後から近づいてきたらしい。
「な、なんだよ……びっくりしたじゃん」
ようやく絞り出した抗議は、顔が赤くなっているせいで説得力に欠けていた。
「ごめんごめん、驚かせるつもりじゃなかったんだよ?」
「……知ってるけどさ」
そのまま話を終わらせようとした翔だったが、野々花は逃がしてくれなかった。
「ねえ、それより。さっき何て言いかけたの?
“野々花にも”って、何?」
「いや、なんでもない……」
誤魔化そうと視線を逸らした、その瞬間。
「なんでもなくないでしょ!」
ニヤニヤとした笑みを浮かべ、距離を詰めてくる野々花。
翔は一歩引いた。
――その時だった。
「野々花、何をしているの?」
落ち着いた、しかし有無を言わせない声が場に割り込む。
「お客様を、早く中に入れてあげなさい」
野々花の体がぴくりと跳ねた。
「……母様!」
その呼び方で、翔もようやく事態を理解する。
視線の先に立っていたのは、凛とした佇まいの女性――野々花の母だった。
“家に入れる”。
その言葉の意味を理解した瞬間、翔の背筋に冷たいものが走る。
(やばい)
理由は翔にも分かっていた。
翔の思考は、次の瞬間にはどうやってこの”危機”から逃れるか、に移っていた。




