胸のワッペン
多少長めです。
もう昼は過ぎているはずなのに、店内にはまだ少し行列ができていた。
二人はその列に並び、順番を待つ。
ユラナスは予想通り、例のクーポンをしっかりと使って注文していた。どうやら普通にお金も持っているらしい。
陽介は、ユラナスがクーポンの対象商品と少し迷っていたバーガーのセットを注文する。
会計を済ませ、それぞれトレイを持って席へ向かう。窓際の二人掛けが空いていた。
「ここでいいか?」
「はい、いいですよ! 景色を眺めながら食事を摂るのもいいですしね」
「そうだな」
軽くうなずき、陽介は素朴な疑問をそのまま口にした。
「ユラナスは、こういうところで食事したことあるのか?」
その瞬間、ユラナスは視線をそらした。
……どうやら、あまり来たことがないらしい。
「別にないからって悪いわけじゃないよ」
フォローのつもりで言うと、返ってきたのは予想外の言葉だった。
「ないなんて一言も言ってないですし、ありますよ? 数回は」
「……じゃあどうして目をそらしたんだ」
「行ったって言ったら、どうしてそんなに機械の操作下手くそなんだとか言われるじゃないですかぁ」
陽介の知らなかった事実がさらっと明かされた。どうやら、注文端末の操作が壊滅的らしい。
「そこ見てなかったし、来たのが数回ならしょうがないだろ」
正直に返すと、ユラナスは一瞬固まり――
そのあとで頬を赤くし、ぽこぽこと陽介の腕を叩いてきた。
「陽介くんのバカ」
本気ではない軽い“抗議”だと分かるから、妙におかしくなってしまう。
けれど、すぐにユラナスの睨みが刺さり、陽介は慌てて笑みを引っ込めた。
「……何笑ってるんですか」
「わりぃわりぃ。ほら、それより食おうぜ」
促すと、ユラナスもようやく落ち着き、席に腰をおろして包装紙を開き始めた。
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食事を終え、トレーを返却して店を出た。
外に出ると、昼下がりの光がやけにまぶしい。
――食事中のユラナスの様子は、どこか新鮮だった。
一口ごとに表情が変わり、紙に包まれたバーガーをどう持つか迷い、ストローを差す動作すら少しだけぎこちない。
こういう店での食事に慣れていないのだと、言葉にしなくても伝わってくる。
そのことを、心の片隅にそっと記しておく。
店先を離れようとした、その時だった。
人の流れの向こうに、見覚えのある姿がある。
反射的に目を細めた。
――あ。
先ほど路地裏で囲まれていた少年。
確か、「高城」と呼ばれていた。
(……記憶、変えたよな?)
一瞬、背筋がひやりとする。
だが、それ以上に気になったのは、隣に立つユラナスの表情だった。
口元に、ほんのりと意味深な笑みが浮かんでいる。
(……いやな予感しかしねぇ)
偶然だろう、と自分に言い聞かせ、通り過ぎようと足を進めた瞬間――
くい、と服の裾を引っ張られた。
「……ちょっと待ってください」
小声だった。
だが、やけに確信めいた響きがある。
顔を寄せられ、さらに小さな声で囁かれる。
「彼はですね。記憶を残しておいたほうが、陽介くんへの信仰心が高くなりそうだったので、記憶改変の影響を受けないよう、少しだけ細工をしておきました」
……シンコーシン?
一瞬、言葉の意味が理解できず、思考が止まる。
次の瞬間、脳裏に浮かんだのは、どこかで見たスライムと、そのスライムに熱すぎる信仰心を向けている骸骨の姿だった。
(あぁ……あの“信仰心”か……)
いや、待て。
それってつまり――
(ユラナスみたいなのが、増える可能性があるってことか?)
思わず、今のうちに記憶をいじってしまおうか、という考えがよぎる。
だが、その前に声がかかった。
「あの……!」
高城が、こちらを見ていた。
不安と決意が入り混じったような目。
「僕を、助けてくださった方ですよね?」
「……は、はい、そうですが……」
変な返事になってしまった自覚はある。
それでも、高城は気にした様子もなく、深く頭を下げた。
「僕、高城 陽といいます。助けていただき、ありがとうございました」
「……どうも」
それ以上、何を言えばいいのかわからなかった。
言葉を探している間に、高城はふと視線を横に向け――
ユラナスのほうへ駆け寄った。
二人は少し離れた場所で、何かを話し始める。
ユラナスは穏やかな笑みを浮かべ、高城は身振り手振りを交えながら、何度も頷いていた。
事情を知らない第三者から見れば、
美形の年上と、好奇心旺盛な少年が楽しげに会話している、微笑ましい光景だろう。
――だが、先ほどの「信仰心」という単語を聞いた後では、
どうしても、話題の中心が自分であるようにしか思えなかった。
(……絶対、俺のことだよな)
しばらくして話が終わったらしく、高城は再びこちらへ戻ってきた。
「本当に、ありがとうございました」
もう一度、丁寧に礼を言い、彼はそのまま人混みに紛れていく。
その去り際――
一瞬だけ、視線が自分の胸元に向いた気がした。
制服のワッペン。
(……気のせい、だよな)
そう割り切ることにして、陽介は小さく息を吐いた。
「……行くぞ、ユラナス」
「はい。午後も、頑張りましょう」
灰色のフードの奥で、ユラナスは楽しそうに微笑んでいた。
その表情の意味を、今は深く考えないことにする。
こうして二人は、午後の事件へと向かって歩き出したのだった。
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