ありがとう
写真のことを頭から追い出し、しばらく部屋を片付け、掃除機をしまってから二人分のお茶を用意しているとちょうどタイミング良くチャイムが鳴った。野々花が来たのだ。
ドアを開けると、外には野々花――そのすぐ後ろには、なぜか翔の姿もあった。
「……は?」
思わず声が漏れる。完全に予想外だった。
「よ、陽介」
「お、おう……翔? なんで……?」
軽くパニックになる陽介を尻目に、野々花はニコニコしている。
とりあえず二人を部屋に入れると、野々花が部屋を見回して言う。
「おぉ~、思ったより綺麗じゃん。陽介くんって意外とちゃんとしてるんだね」
続いて翔が腕を組みながら、
「そういやお前、一人暮らしだったよな。なんかもっと散らかってんの想像してたわ」
と笑う。少々心に刺さったが、先程まで散らかっていたのは事実なので無視する。
陽介はお茶を置きながら、さりげなく野々花に視線だけ送る。
(おい、なんでコイツまで連れてきたんだ)
野々花は同じく視線だけで返す。
(後で分かるから。今は黙ってて)
そんな二人の目線のやり取りを見て、翔が怪訝そうに眉をひそめた。
「お前ら、何こそこそ見つめ合ってんだよ?」
ちょっと怒っているような、拗ねているような声。
その空気をピシャッと断ち切るように、野々花が微笑んだ――が、その目は笑っていない。
「ねぇ翔くん。今日さ、何のためにここへ来たんだっけ?」
「......あ。そ、そうだな」
野々花の圧に素直になる辺り、翔は昔から変わらない。
翔は真剣な目で陽介に向き直った。
「陽介。最近のお前……ただの疲労とかじゃないよな。無理して笑ってる感じっていうか……。ずっと気になってたんだ。だから聞きに来た」
陽介は息を呑む。
そして翔の問いに、静かに、覚悟を込めて告げる。
「……世界を、救う覚悟はあるか?」
少し躊躇いながらも、質問した。
本当に拒まれるなら、そのまま【管理者権限】で記憶を調整するつもりだった。拒絶の痛みを誤魔化すためでもあるし、非関係者に事実を知られると厄介だと言う理由もある。
だが翔は迷わなかった。
「それが今のお前を苦しめてる原因なんだろ? なら――そんなもん、ぶっ倒すに決まってんだろ」
力強く断言する声に、陽介ははっとする。
続いて野々花が、そっと陽介の横に座った。
「陽介くん。苦しい時は、言っていいんだよ? 一人で背負う必要なんて、どこにもないんだよ」
優しい声だった。
陽介は俯く。涙を見られたくなかった。
「……ありがとう……」
その小さな声には、張り詰めていた糸が切れたような震えがあった。
陽介は、あの日からずっと怖かった。
自分の選択一つで世界の未来が決まってしまうこと。
あのささやかな日常が、”アイツ”のせいで壊れてしまうかもしれないこと。
“日常”という重荷を、一人の少年が背負うには重すぎた。
でも今――
その荷物を「一緒に持つ」と言ってくれる人間が、すぐそばにいる。
そんな当たり前のようで、当たり前じゃない“日常の一部”。
胸がいっぱいになり、涙は止められなかった。
セリフの調整が難しい回でした。
みんな感動してくれるかな〜(チラッ)




