決断と、猶予
日常回です。
――眩しい。
まぶたの裏に残る白光の余韻と、胸の奥に沈んだ重さだけが、夢が現実に近すぎたことを告げていた。
陽介はゆっくりと身を起こした。喉が乾いている。
昨夜、覚悟を決めたはずだった。
能力を配る。
けれど、ただばらまくだけでは世界が壊れる。
だからこそ制限をつくる。ルールで縛る。
そう決めたはずだったのに、夢の中で見た“未来の惨状”が、胸の奥にまだこびりついている。
「……はぁ。なんだよ、これ」
自嘲気味に吐き出し、髪をくしゃりと掻く。
でも――決めたことは変わらない。変えられない。
覚悟は、一度折れてもまた立てればいい。
陽介は布団から抜け出し、顔を洗い、深呼吸した。
「……今日くらい、普通に過ごすか。最後になるかもしれない日常だし」
そう呟いて、家を出た。
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昼近くまで、ただ町を歩いた。
変わらない景色。静かな風。遠くの子どもの声。
そのすべてが、今日だけ少し鮮やかに見える。
人通りの少ない川沿いの道で、不意に聞き慣れた声が飛んだ。
「あっ、陽介くん? どうしたの、こんな時間に」
野々花。
手には犬の手綱が握られている。表情は相変わらず柔らかい。犬もかわいい。
「んー、ちょっと散歩。気分転換」
「体調、大丈夫? 昨日ちょっと疲れてたし」
「大丈夫。むしろスッキリしてるくらい」
そう答えると、彼女はふっと笑った。
「うん、なんか顔が明るいよ。じゃあまた明日、学校で」
「おう。またな」
彼女が歩き去る小さな後ろ姿を見送りつつ、陽介は胸の奥でひっそりと決意を強めた。
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家に戻ると、なぜか玄関から聞き覚えのある声がした。
「――だから、この処理はもっと効率化できるって」
「う、うるさいです先輩! ぼくの書いたコードに文句つけないでください!」
黒川と星野だった。
なぜか靴が揃えて置いてあり、まるで“待ってました”と言わんばかりに家に上がり込んでいる。
「おかえり、陽介。昼飯、まだだろ?」
「ちょうど食べながら話そうって!」
リビングに移動すると、なぜかすでにテーブルの上にはカップ麺とコンビニおにぎりが整列していた。
「……お前ら、家か?」
「まあ、そんな感じでいいんじゃない?」
「ぼくは黒川先輩が来るって言うからついてきただけです!」
なぜ勝手に家上がってるんだとため息をしつつ、そのことは流してあげて笑いながら三人で昼食をとり、そのまま学園祭のゲーム案の話へ。
バグの話で黒川がむすっとし、星野が盛大にツッコミを入れ、陽介がなだめつつアイデアを膨らませる。
――こんな時間が、ずっと続けばよかった。
でも夕方になり、二人は帰っていった。
「また明日っす!」
「じゃあな陽介。進捗、期待してる」
玄関が静かになり、陽介は深く息をついた。
さて。
ここからが本題だ。
机にノートとペンを広げる。
心臓が少しだけ早い。
「……始めるか。ルールづくり」
陽介はペンを取った。
静かな部屋に、カリ、とペン先が紙を走る音が落ちる。
今日までの“日常”が、ゆっくり終わっていく音だった。
陽介は犬好きです。
作者は猫好きです。




