とある休日の帰宅中 ①
少し遅れました。
翌朝、陽介はいつもよりゆっくりと校門をくぐった。
昨日よりは気持ちが軽い。けれど――胸の奥にこびりついた不安だけは、まだ消えていない。
能力はまだ作ってもいないし、配ってもいない。
それでも「もし何かが起きたら」という最悪の想像だけが、しつこく頭を離れなかった。
部室棟の前に立つと、自然と足が止まった。
(……大丈夫。昨日みたいなことは、起きない)
そう言い聞かせるように息を整え、扉へ手を伸ばす。
――そして引いた瞬間、拍子抜けするほど“普通”の光景が迎えた。
「おはようございます、先輩!」
星野が明るく声を上げ、篠原と黒川はパソコンに向かって作業中。
そこに異常の影はひとかけらもない。いつもの穏やかな放課後だった。
今日の議題は、学園祭のゲームに登場させるキャラクター。
「丸くて! ぷよぷよで! ピンクで感情表現豊かな、あの子にしませんか!?」
星野がキラキラした目で“某ピンクの悪魔”を提案してきたが――。
「いや、それは色々アウトだから」
即座に却下。
「えぇぇぇ!?」
部室は笑いに包まれ、和やかな空気が流れた。
結局、戦闘機のようなシルエットをした“無個性機”を操作して、障害物を避けつつ敵を撃破していく形式に決定した。
企画が固まるにつれ、陽介も自然と笑顔になっていった。
世界がどうとか、力がどうとか――その瞬間だけは全部忘れられるほどに。
……だが、楽しさが落ち着きはじめると、胸のざわつきが再び戻ってくる。
自席で作業しようとすると、どうしても意識がそちらに引き戻されるのだ。
(……本当に、このままでいいのか?)
背中に世界中の命が乗っている――あの言葉がじわじわと重みを増していく。
キーボードを叩いていた手が、ふと止まった。
考えているのは、ゲームのバグじゃない。世界のバグをどう直すのか、ということ。
“配る能力”を作るべきなのか。
作るなら、どんな形にするべきなのか。
頭の中はそのことでいっぱいになっていた。
昼頃、作業がひと区切りつき、部活は解散となった。
陽介は部室を出ながら、誰にも気づかれぬよう深く息を吐く。
楽しさは確かにあった。
けれど――不安は、日常に溶け込んだ影のように、彼の背を離れなかった。
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――その男は、静かに興味を抱いていた。
主が愛する“ただの平凡な惑星”に、ひとつのイレギュラーが芽生えたからだ。
そのイレギュラー――あの少年に遅れて、世界中へ配られた「異能力」。
その力を手にした者の中には悪用する者もいる。
あの少年は、そんな暴走者をひとり、またひとりと止め、記憶を改変し、後始末を続けていた。
(……よくもまあ、折れずに続けるものだ)
自分でさえ骨の折れる“仕事”を、彼は迷いながらも一度も投げ出していない。
その粘り強さには、否応なく感心させられた。
――僕の名は、■■■■。
主から命じられたのは、ある役目。
すべては、主が愛するこの惑星を守るため。
男は“今日の仕事”を終えると、静かに空へと舞い上がった。
向かう先は、ただひとつ。
――あの少年のいる場所。
まだ言葉を交わすつもりはない。ただひと目。
その背負う重荷と、心の揺らぎを、自らの眼で確かめるために。
新キャラ登場させました。次回主人公に接触させる予定ですが、名前はまだ伏せます。




