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第9話 最悪の男の破滅

【英雄】ベクター=オルデヒルド。

 遥か昔に、魔神と戦い勝利をおさめ、王国に平和をもたらした伝説の剣士。

 王国はオルデヒルド一族を英雄の一族と定め、王族に最も近い権力を与え、王国に留めることに成功する。さらに、英雄ベクターは王に認められ、多くの妻を囲った。そして、多くの子孫を残す。


 そして、時は流れ……オルデヒルドの、英雄の一族は王国にとどまり続け、腐りきってしまった。

 英雄の血が流れている彼らは人並外れた力を持っていた。その上、権力もあれば、多くの英雄の子孫からもよろしくない方向に舵を切る者が現れる。


 ベクターは、才能に溢れ正義感のある男だったが、多くの妻、子どもがいた為に、それぞれに十分な愛情を注ぐことは出来なかったし、自身で色々なことを教えることが出来なかった。


 受け継がれていくのは、強力な才能の血のみ。


 ベクターが魔神を倒す為に命を賭して戦った勇気や正義の心は、ただただ物語の中に存在し続けるようになった。

 いや、ベクター本人も魔神を倒した後、金と権力と女を与えられ、その心を持ち続けたかは分からない。

 かたられる物語は全て、愛する女達と多くの子に囲まれてしあわせに暮らした、というところで終わっている。



 勇気や正義の心は、権力や金、非凡な才能という甘い蜜に勝つことは出来ず、蜜を啜る先駆者たちに続いていく者ばかりとなる。



 そして、その蜜を啜る為の大樹である王族とは良好な関係を築き続けた。王国を狙う隣国があればその力を存分に振るい、反乱軍が現れれば幹部たちの首を並べてみせた。

 王国も英雄の一族という抑止力を欲していた為、可能な限り彼らを援助し、そして、その才能を維持するために、強力な魔力を持つ聖女を結婚相手にあてがった。


 白の女神の声を聞けた者全てが聖女と呼ばれており、共通することは、強い魔力を持っているということ。その聖女を教会と共に囲い、英雄の一族と結婚させることで王国は英雄の一族という剣を絶えず磨き続けた。


 その作り上げられた最強の力の結晶であるベリアルもまた、同じように聖女シュラと結婚し、優秀な子を残す、はずだった。


 だが、ベリアルにとってシュラは、簡単に言えば『好みではなかった』。

 総じて、聖女は真面目な性格の女性が選ばれることが多く、ベリアルの母も口うるさい女性であった。シュラはそんなベリアルの母親に似ていた事もあり、ベリアルは初対面からシュラに対し無礼な態度をとっていたのだが、それをまたシュラに窘められた。

 それにも腹を立てたベリアルはシュラとの結婚を嫌がり、妻という地位を与えたくないと考えた。


 結果、



「シュラ、この女はアリス。お前と同じ聖女だ。力の衰えているお前よりも圧倒的な力を持つ、な」



 ベリアルは、力の衰えたシュラではなく、新たな聖女を妻に迎える。


 それは全て偽りで塗り固められた悪意の結晶。


 シュラの力の衰えは、治癒の旅に同行した教会の人間、ベリアルと王国が手をまわした人間によって盛られた毒によるもの。


 新たな聖女アリスは、女神の言葉を聞いたと嘘を吐けば英雄の妻になれると言われた王都のベリアル好みの美女が、ベリアルの力を借りて強力な魔法を使えるように見せた偽の聖女。


 王国も教会もそのことは知っていた。


 聖女ではないものと結婚することで血を受け継いでいくことを不安に感じてはいたが、強力なベリアルの英雄の血さえあれば安心だろうと、妾を断ったシュラを魔女にし奴隷落ちさせたことさえも安易に考えていた。



 その裏切りが大きな間違いだと気づかずに。



「はじめまして、英雄の血を継ぐベリアル様。わたしはグリディアール家のザクスと申します」


「グリディアール家の四男ごときが俺様に何の用だ?」



 ザクスがベリアルのもとを訪れたのは、追放される数カ月前。


 次期党首として名高いダヴィラスではなく、幼い頃には神童と呼ばれたものの年をとるにつれて名前も出て来なくなった凡人である四男がやってきてベリアルは興味など全くないと不機嫌そうに肘をつき鼻を鳴らす。


 だが、ザクスは苛立ちなど微塵も見せず笑顔のまま、ベリアルに迫る。



「ベリアル様は、英雄、色を好むという言葉の通り、実に英雄らしい方だとお伺いしております。そんなベリアル様だけにお贈りしたいものがあります」


「ほお」



 殊勝な言い回しを使う四男に気をよくしたベリアルは身を乗り出しザクスの取り出したものに注目する。


 それは小瓶に入った黒い小さな玉がいくつも入ったものだった。一粒手渡されたベリアルは指でつまんだ黒い球をいぶかしそうに見つめた。



「これは、媚薬の一種で男がこれを飲めばとんでもない多幸感に包まれた夜を女どもと過ごすことが出来るという物でございます」


「ほう…………。ふ……おい」


「はい? お、ぐ……! あ、けほ……!」



 嬉々として語るザクスの口にいきなり薬を放り投げるベリアル。ザクスは急に口の中に飛び込んできた薬に驚き咽ながらも飲み込んで顔を上げる。



「はっはっは! 慌てて吐き出さなかったところを見るに毒ではないようだな」


「……勿論ですとも」


「よかろう、試してみよう」



 そして、一夜明け、日が昇り切る前にはベリアルの使いの者が慌てて現れ、ザクスを連れ去った。



「おい! グリディアールの四男! これは素晴らしい薬だな! 持っている分を全部寄越せ!」



 その薬はザクスの言う通り効果てきめんで、今まで感じたことのないような気持ちよさ溢れる男女の夜を体感したベリアルは鼻息荒くザクスに迫り、薬を全て奪い取った。



「お前の望みはなんだ? 可能な限り応えてやるぞ!」


「いえ、わたしは英雄の一族であるベリアル様にこの国を守り続けてくださればそれだけで結構です」



 ザクスが笑顔で答えると、ベリアルは満足そうに頷く。昨夜の余韻に酔いしれながら聞くザクスの英雄の一族という言葉は何より甘美なものだった。


 その後、ベリアルはその薬を使い続ける。



 そして、ベリアルは……力を失い続けた。



 ザクスの作った媚薬は確かに多幸感を与えた。だが、それは魔力譲渡による魔力の流出を快感と勘違いしているだけにすぎなかった。その媚薬にはザクスの血が、そして、その血には〈魔力譲渡〉の魔法が込められていた。

 故に、ベリアルが女性と体を重ねれば重ねるほど、ベリアルの力は失われ、強い器を持たぬ女性たちは溢れる魔力に酔い、無駄に零していく。


 ベリアルは己の身体がどんどんとやせ細っていくことに気付かない。周りはそれを指摘したが、腹を立てたベリアルに嬲り殺されそれ以来口に出す者は誰もいなくなった。

 ベリアルがようやく自分の身体の異常とその原因が薬にあるのではと気が付いたころには、女の中には憐みの目を向けたり興味を失う女がいたりするほどやせ細っていた。


 力を失っていく原因と解決法を知るザクスも身体の異常を治癒できる聖女も別の街へと『家族』と共に引っ越してしまい、もういない。


 ベリアルに出来ることは、己の身体を弱らせたグリディアール家への復讐。



「な、何故英雄の一族がオレを狙う!? オ、オレが何をしたと言うんだぁああああ!」


「うるさい! お前の、家族を! 弟を出せ! こいつらじゃない弟がいるだろう!」


「今、こ、こやつら以外に弟は我が家にはおりません! だから、たすけてぇええええ!」


「俺様の、力を返せぇえええええええええええええええええ……!」



 これによりダヴィラス=グリディアールはより窮地に追い込まれることとなる。

 そして、ベリアルはまだ知らない。近い将来、とある裏切り者に扇動された王国に牙をむく者達が現れ、弱り切った身体で王国を守る戦いに挑まねばならなくなることに。


 その時、ベリアルを隣で支える女はいないことに。

お読みくださりありがとうございます。

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