第8話 新しい家族
「俺がみんなに頼む事はたった一つ。俺の家族になってくれ」
奴隷達を買った側であるザクスがユウを下ろして頭を下げる。
ユウは何故下ろされたのかと不安そうな瞳でザクスを見上げたが、頭を下げているのを見て同じようにぺこりと頭を下げる。
これに慌てたのはユウを除く奴隷達。主であるザクスに頭を下げられるとは思っておらず、どうすればいいのかと困り果てる。
そもそも、隷属印もあるのだからザクスが『家族ごっこに付き合え』などを言えば否が応にも従わざるを得ないのに、と考える者もいた。
彼らはザクスの言う通り、誰かに裏切られてやってきた。
そして、その裏切者のほとんどが身内。
彼らも不安だった。家族が出来る事が。
そして、こわかった。
裏切られることが。
だが、同時に欲していた。
「あの……」
手を挙げたのは青髪の、ザクスに聖女様と呼ばれた女性だった。
「ああ、ごめんなさい。名乗るのが先ね。シュラと言う名前よ。よろしくね、ユウくん」
「しゅらー!」
名前を呼ばれたユウはぱっと顔を上げ、教えられた青髪の名前を元気よく手を挙げながら呼ぶ。そうすれば褒めてくれるとザクスが実践してくれたから。
そして、ザクスはそのユウの期待に応え、頭を撫でてやる。
「えらいぞ、よく言えたな、ユウ」
「えへへー」
(前世では、娘に怯えていた)
前世の頃は、妻が何かと娘に対して関与させることを避けていた。『あなたは忙しいだろうし、わたしに任せて!』と言って、よく仕事や週末のゴルフ接待などの背中を押した。当時はそれに感謝していたのだが、離婚してからは、もしかしたら本当の父親と会っていたのかもしれないと考えるようになっていた。
その上自分自身が毒親に、暴力的な父親と、それを肯定しながら矛先を我が子にいくよう仕向け反論するとヒステリックに暴れ出す母親に育てられたために、ちゃんと親が出来るのか不安でどう触れ合っていいのか分からずただただ傷つけないように肯定し続けた。
ザクスとして生まれてからはグリディアール家を客観的に見ることが出来、あの最悪の家族を自分の中での反面教師にしていた。
同じ目線で話してくれる相手の方が落ち着く。幼い子供はなんでも吸収してしまうから、出来るだけ見本となるよう振る舞うべき。全てを肯定すれば、ダヴィラスのような自分が唯一無二の存在だと勘違いしてしまうからしかるべきところはしかる。
そして、その為に積極的にコミュニケーションをとること。
(弟であるユウがちゃんと出来た時には褒めてあげるのが家族であり、兄の役割だ)
ザクスは兄として振舞い、ユウの為にしてあげているつもりだったが、言葉に出来ない多幸感に包まれていた。それは前世でも、今の血のつながった家族でも得られなかった家族との触れ合いであり、ザクスがずっと求めていたものだった。
「ユウ、おいで」
ザクスはユウを手招きし、両手で再び抱え上げると、シュラの方に向き直る。
シュラは頬に手を当てほっこりした表情を浮かべていたが、ザクスの視線がこちらに戻ってくるとはっと目を見開き、背筋を伸ばす。
「あ、ああ、すみません……繰り返しのような質問になりますが。家族、というものをザクスさんはどう扱うおつもりですか?」
「家族は家族だ。家族を裏切らない家族。それ以上は何も求めない。家も金も俺が全部用意してある。その家でしあわせに、自由に生きてくれ。いや、誰かと結婚するというのであれば、家族だ。俺は全力で祝福するし、家から出てもいい。仕事だってやりたいことをやればいい。ただ、悪事をしようとしたら止める。家族だからな」
シュラが唖然としたのは至って正常な反応。
奴隷にしては、いや、家族だとしても破格の扱い。金も家もあり、悪事さえしなければどう生きるのかは強制しない。そんな家族があっていいのか、と思わず自然と手を組み、祈りを捧げてしまう。
シュラは元々貧しい農家の生まれだった。それが何の因果か夢の中で、白の神の祝福を受け、聖女の力に目覚めてしまう。
そして、白の教会から聖女として迎えられた時はそれが自分の運命だと受け入れた。教会から金を貰った家族たちはしあわせそうでよかった、と。
それからは修行の日々。回復の魔法を使いこなす為に、祈りと魔法の訓練の繰り返し。そして、王家から聖女認定を受けると、婚約者が決められた。相手は、『英雄』の血を引く男。
聖女となった女はみな英雄の一族に嫁ぐことが決まっていた。
べリオルという名のその男は初対面から無礼な男だった。そして、最後まで無礼だった。
シュラが聖女として国中を旅して人々を治癒している間に、他の聖女を見初め勝手に結婚をして、シュラを妾にならしてやってもいいと告げた。
それをシュラは良しとせず、べリオルから離れようとした時から全てが崩壊していった。
少しずつ聖女の力が失われていくことに気付いたのは三度目の治癒の旅の途中。
それでも、出来る事をしようと必死に藻掻いたが力は失われていくばかり、そして、王都に帰ってきた頃には聖女の力を失ったのは悪魔に心を売ったからだと魔女扱いされ、奴隷に落とされた。
血のつながった家族も、教会の人間も、勿論べリオルも助けに来ることはなかった。そして、魔女と呼ばれては買い手もつかず、どんどんと生活は粗末なものになり、彼女は白の女神に救済を求めた。
死という救済を。
その祈りが白の女神に届いたのか意外な形で救済されることになる。
ザクスが買ったことで全てがまた変わり始めたのだ。
死という救済を求めたのは、白の女神の教えによるもの。善行を積んだものは、次の生を得た時には必ず幸せになれるという。
本当にシュラが求めていたのは、しあわせだった。
ただただ、ごく普通の家族と穏やかに暮らすというしあわせ。
それが急に目の前に現れた気がして、シュラは声を震わせた。
「あ、あ、あの……!」
「裏切らない。本当にそんな条件でいいのか。いや、そんな条件当たり前だろう。おれたちには隷属紋があるんだから」
それより早く前のめりにボボがたずねる。
鍛冶師の命である手を失ったボボもまたずっと買われずにただただ命をすり減らしていただけだったのでザクスの条件が信じられない。
ボボの瞳に戸惑いの色を見たシュラはぐっと踏みとどまり、ザクスの言葉を待つ。そんなものは関係ないと隷属紋は破棄して本当の家族になろうと心清らかな眼差しで言ってくれるのではないかと。
ザクスは、シュラ、ボボ、そして、他の奴隷を見回しながら口を開いた。
曇りのない真っ黒な瞳で。
「そう、だから、みんなは俺を裏切れない。なら、俺も家族であるみんなを裏切らない。絶対にだ」
シュラも、ボボも、その後ろにいたアンジェリーナや魔族の青年も絶句した。
ザクスは裏切れない奴隷だから家族にする。そう告げたのだ。
シュラは戸惑った。どう聞いても悪魔のような言葉。だけど、待遇だけ見れば天使のような考え。まっすぐな目をしたザクスが嘘やごまかしで言っているようには見えない。
「お! おい! お前!」
その沈黙を破ったのは紫肌の青年。赤黒い爪のついた指でザクスをさしながら問い詰める。
「ボク達は奴隷なんだよな!?」
「ああ、そうだ」
「奴隷だけど、家族!?」
「ああ、そうだ」
「さっき言ったような家や金は用意してくれるし、好きなように生きればいいんだよな?」
「悪事をしなければな」
「だけど、奴隷?」
「ああ、うらぎれないからな」
「お前何言ってるんだ!?」
赤い瞳をかっぴらいて魔族の青年がザクスに迫るのをシュラやボボ、アンジェリーナは必死で止める。押さえつけられながら青年は何とか理屈をつけようと同じような質問をニュアンスかえて繰り返す。
だが、ザクスは全て同じように答える。
その二人のやりとりが喜劇のようで何度も同じところをぐるぐる待っているので、二人の間で視線を行き来させていたユウが楽しそうに手を叩いて笑う。
その様子を遠くから眺めていたのはドラアグとリリ。
「リリと言ったな、あの男をどう見る?」
「ん~、硝子の靴みたいな男じゃな」
ドラアグが首を傾げるとリリは苦笑いを浮かべ、続ける。
「ザクスが言っている言葉に嘘偽りはない。ただ純粋に家族を欲している。己を裏切らない家族を。そして、そこに悪意も何もない。ユウへの態度からもわしらを幸せにしたいという気持ちは本物じゃ。ただ、恐怖と理想にとりつかれておる。ひびが入り割れてしまえば」
「もう元に戻らん、か……いやはや、どうしたものか」
ドラアグが顎に手を当て唸り出すと、リリはけらけらと笑い出す。
「まあ、そう心配しなくても大丈夫じゃよ。硝子は硝子でも魔力で相当に強化されたバカみたい硬いガラスのようじゃからな」
「こ、こいつ、頭おかしいぞ! 絶対に!」
「おお! ジャムの兄上、遠慮がなくなってきたな! その調子だ!」
「ちょーしだー」
「勝手に名前を呼ぶな! 誰が兄上だ! おい!」
楽しそうに笑うザクスとユウ。それを見て、ジャムもヒートアップしていく。
「そうだ、ユウ。お菓子をやろう。まずは、飴だ。食べ過ぎて虫歯になるといけないから、いっぱいは食べさせてやれないが許してくれ」
「うん! あーん」
「おい! ボクを無視してあーんするな!」
「おお、そうだな。じゃあ、兄上もあーん」
「あーん……んん! なんて上等な飴……! じゃなーい! お前本当になんなんだよ!」
「あなたの弟だ。兄上」
「だ」
ザクスが姿勢を正し、真剣な目をして告げると、ユウもまたザクスのマネをして少し声の音を下げてジャムに告げる。
「凛々しくおかしなことを言うなあ! おい! 誰か助けてくれ! 頭がおかしくなりそうだ!」
「なに!? 兄上大丈夫か!? くそう、俺に回復魔法が使えれば……そうだ! 母上! 兄上に回復魔法を」
ザクスに母上と呼ばれたのはシュラ。
シュラにあった戸惑いや疑念はその一言でぽーんとどこかへ飛んで行ってしまったようだった。両手を口に当て、目に涙を浮かべている。
「まあ……! わたしが、母……? わかりました! 母に任せなさい! さあ、ジャムくん、頭を出して」
「なんで魔族の母親が聖女なんだよ! 誰か! だれかー! おい! お前! 獣人族のお前、お前も参加しろ!」
「ニアは名乗らないし、そっちにも行かない!」
「名乗れって言ってないし、その上、お前名乗ってんだよー!」
今まで我慢していたらしくユウを思い切り撫でまわしジャムを癒してあげようと腕まくりをするシュラ。
シュラにも頭を撫でられ、口の中で飴を転がしご機嫌で頬を膨らませるユウ。
獣人族の少女ニアがジャムの大声に当てられて毛を逆立たせると、指を擦っていたザクスも会話に加わり、混沌たる状況が生まれる。
その中でなんとか事態を収めようと奮闘するボボとアンジェリーナ。
「な?」
「ふ……本当におかしな家族になりそうだ」
王都の外に出たらしく竜車が少し加速し始め揺れがより不規則に。
滑稽で陽気な曲のように鳴り始めた竜車の揺れる音を楽しみながらこの車は何処へ向かうのか。リリとドラアグはそんなことを考えながら、笑って新しい家族たちを見つめていた。
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