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第5話 本当の家族

 グリディアールの屋敷が燃える数時間前のこと。


 何も持たされずグリディアール家を追放されたザクスは暫く街中を歩くと、いきなり駆け出し物陰に隠れる。


「〈影隠〉」


 影に入った瞬間ザクスは闇魔法を唱え影の中に溶けていく。忌まわしき神から与えられた魔法の才能によりザクスの魔法発動は『人よりも多少』早くグリディアール家を出た所からザクスを付けていた男たちがそこに辿り着いた時にはザクスの姿は見えなくなってしまっていた。


「ち! 気付かれたか!」

「逃げ足の速い……おい! 急ぐぞ! 逃がしたら俺達がダヴィラス様に嬲り殺されるぞ!」


 粗暴そうな男達がののしり合いながら影となったザクスの前を通り過ぎていく。その男達の背中にザクスは影の中で嚙み切っておいた指から溢れる血を飛ばして付着させる。


 この世界において魔力は最も血にとどまりやすい事をザクスは6歳の時、魔法の先生に教わった。その先生もザクスの理解力を褒め称えてしまったせいで、ダヴィラスに嫌われ、逃げるように去ってしまった。


 だが、僅かな間ではあったが、現役の優れた闇魔法の使い手から教わったことはザクスの財産となっている。


 魔石と呼ばれるダンジョンや魔物からとれる魔力を持つ石で作った塗料以上に人間の血には魔力を留める力があるということ。そして、魔法陣などを血で描けば強力な魔法を使う事が出来るが、血を付けるだけでも威力を上げたり、離れたところから魔法を発動させることが出来たりすることを学んだ。


 回復魔法を使えないザクスはぺろりと鉄の味がする己の親指を舐めると、手をかざす。


「〈影箱〉」


 ザクスが再び闇魔法を唱えると、今度はザクスの腰に付けていた袋の口が影で黒く染まる。その影にザクスが手を突っ込むと、ザクスの肘までが吸い込まれて明らかに袋のサイズを超えるところまですっぽりと入っていってしまう。


 そして、ザクスは目を閉じ、イメージを作り出す。魔法によって影に溶かした物のイメージを。


 僅かな間があり、ザクスがカッと目を見開き、腕を袋から引き抜くと薄汚れたマントと数枚の紙幣が手に握られている。


「さて……こんなクソ家族がいるところなんてさっさと去りたい。早く俺の『本当の家族』を迎えに行かねばな……」


 そう呟き笑うとザクスはマントに身を包む。

 影さえも薄くなったかのように存在感を消失させていくザクス。


 通りに出る前に親指を人差し指の腹で擦る。すると、背後から悲鳴が上がり、『誰か水を!』『なんで急にこいつら燃え始めたんだ!』という声が聞こえたがザクスは振り返る事もなく歩き始めた。


「ここだな……」


 幾つかの用事を済ませたザクスが最後に辿り着いたのは街でも最も大きな奴隷商の元だった。


 マントを取りこれ見よがしにグリディアール家の家紋の付いた首飾りを見せつけながらザクスは奴隷商館に近づいていく。隷属紋を刻まれ首輪を嵌められた屈強な奴隷の門番を一瞥し、中に入ろうとするよりも先に浅黒い肌で垂れ目の50代くらいの男が灰色の顎髭を撫でながら現れる。


「これはこれは、グリディアール家のザクス様ではないですか。貴方様が来られるなんて珍しい。ダグラス様かダヴィラス様のお使いですかな?」

「いや、今日は俺の買い物だ。中に入れてくれるな?」

「ほぉ~、勿論ですとも。いやいや、神童ザクス様もそういった奴隷を欲しがるものですか」


 この奴隷商館の主ロゴスにとってグリディアールは良い客であることをザクスは知っていた。ダグラスやダヴィラスはここで『様々な用途』の奴隷を買いあさっていた。そういうた類のものを求めてきたのだろうと奴隷商人はにたりと黄色い歯を見せ中へと案内する。


 奴隷商館から漂う甘ったるい香りに少しザクスは顔を顰めるが、それも一つの彼らのやり方なのだと理解していた。


 外は昼まで明るいのにも関わらず、商館の中は薄暗く、魔力灯がともされている。しかも、少し赤みがかった色で中々その色を使う者を見ないような派手な色。壁にはこの国ではあまり見ないような芸術品がいくつも飾られている。


(まるで『異世界』だな)


 異世界から転生してきたザクスはそう思いながら笑う。勿論、この時ザクスが考えた異世界は前世の世界ではない。現世、外とは切り離された空間がそこには存在していた。


 これが奴隷商人としての工夫なのだろう。


(奴隷を買いにくる人間なんて、人を金で買うという事を理解している狂った奴だ。もしくは、社会自体が狂っているか。その狂気に染める為の世界と言ったところだろうな)


 ザクスの想像通り、『常識』を捨てられるように奴隷商人が仕立てた空間。普通ではない世界に来れば、多少の後ろめたさをもってやってきた人間もいつの間にか奴隷を買う躊躇いをこの異世界で売り渡してしまう。


 ザクスはそんな人間の浅はかさを笑うが、奴隷商人はザクスが『こちらに足を踏み入れた』と誤解し、再び黄色い歯をむき出しにする。


「さて、ザクス様。どんな奴隷をお求めですかな? 乗り物? 試し切り用? それとも夜の玩具をご入用ですかな」

「どれもいらん。目途はつけてある。こいつらを寄越せ」


 懐から出した紙を放り投げるように渡すザクス。慌ててつかみ取った紙を奴隷商人が広げると、奴隷商人は何度見か、視線を紙とザクスで往復させる。


「この者達で、よろしいので? というより彼らは……何故」

「奴隷商人が客に理由を聞くのか。それより、これだけ用意してやった。十分なはずだよな」


 ザクスは影箱から出しておいたじゃらりと音を鳴らしながら布袋を一つ取り出すと、また奴隷商人に向かって放り投げる。今度は奴隷商人の元へしっかりと飛んできたので、奴隷商人はほっとしたように片手を伸ばすが、その布袋のに触れ重みに気づいた瞬間、目を見開き両手でがっしりとつかみ、膝をしっかりと折り曲げ重さに耐えながら受け取る。


「こ、この量は……し、しかも、紙幣ではなく金貨とは私達をご理解下さり有難い限りです……! あ、あ……す、すぐに連れてまいります! おい! 誰か! このリストの奴隷たちをとっとと連れてこい!」

「俺の家族になる人間だ。丁重に扱え」


 手近な椅子に座り、足を組んだザクスがそう告げると奴隷商の男は少し首を傾げたが、手の中の金貨袋の重さに身体を動かされすぐに考えることをやめて大きく首を縦に振り、指示を出し始める。


「はい? はい、はい! かしこまりました! おい! 丁重に扱え! 丁重に連れてくるんだ! ああ、その前に身体を拭いて上等な服に着替えさせろ!」


 そうして、ザクスが奴隷商館でもトップクラスの美しい女奴隷に注がれたお茶を堪能していると、主がやってくる。その後には小綺麗に整えられた奴隷達。


 連れて来られた者達も不思議そうにザクスを見る。

 普通奴隷であれば、体が丈夫そうなもの、見目麗しい者、使えそうなもの、働きそうなものを選ぶ。だが、ザクスがリストに入れていたのは、どれもが身体を壊し、心を壊しているものばかりだった。しかも、何一つ共通点のなさそうな異種族達。


 身体に竜の鱗を持つもの、金髪の高貴な雰囲気を漂わせる女、銀髪のかなり幼く見える少女、それよりも幼く言葉もうまく喋れない少年、ドワーフ、エルフ、獣人、さらには紫色の肌を持つ魔族の青年と様々な種族がザクスの前に並ぶ。


 奴隷たちは急に体を洗われ、服も良いものを着せられそれぞれ驚き、戸惑い、疑心の表情を浮かべていた。


 だが、ザクスは彼らに共通する瞳の奥の闇を見出し、にやりと笑い、瞳を輝かせ誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。


「会いたかったぞ……俺の『本当の家族たち』……!」

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