第14話 家族
「……で? 言いたいことはそれだけか?」
シュラの治癒を受けながら、ザクスは無事だった方の手から大量の影を生み出し『使徒』と呼ばれた白い男達を睨みつける。ザクスの苛立ち交じりの言葉も涼しい顔でニコニコと笑いながら頷いて同意を示す。
「ええ、それだけです。返してください。言いたいことはそれだけ。ただし、」
白い男が手を挙げると女と大男が手をかざし白い光を凝縮させていく。
激しく発光するソレは球体となって、大気を揺らすほどの強力な魔力を発する。白い男は小さく手を挙げて笑い続ける。
「渡さなければ、全てを無に帰すことになります」
その瞬間、強力な魔法がザクスたちの家に向かって放たれる。
ザクスが闇魔法で防ごうとするよりも早く飛び出していたのはドラアグとリリ。ドラアグは竜の鱗のような魔力壁を生み出し、リリは魔力を餌とする植物を大量に生み出し白い光を防ごうとする。
だが、白い光の魔力はそれ以上。ドラアグの壁を破り、リリの植物を全て破壊しようやく弱まった光は二人に直撃し、なんとか家が破壊されるのを防ぐ。
「じいさん! ばあさん! ……っくそ!」
「これで力の差が分かったでしょう。ワタシ達はあのお方の力によって純粋な白い血の継承を繰り返すことで最高の生物であり続けているのです」
「何を、言っているの……?」
「いいでしょう。説明をすれば諦めがつくでしょうから。魔力とは何に宿るか? そう、血です。血には多くの情報や思い、歴史が刻まれていき、それが魔力になっていくのです。つまり、己の血をいかに生き残らせていくかのゲームが古代より行われているのです」
「血が最も魔力の宿りやすいものだっていうのは学園で教えられたが……」
ジャムの呟きに男は満足そうに頷き話を続ける。
「己と同じ血を持つ者が多ければ多い程、もしくは血の純粋さを保てれば保てるほど魔力が高まり強い力を持てるようになる。英雄の一族はそれを知って、出来るだけ清らかな血を得ようと聖女の血を欲し、そして、多くの女を娶ろうとしたわけです」
「そんな……じゃあ、仕来りどころか私達はただの血を保つための道具だった……?」
シュラが膝から崩れ落ちることも気にせず男は続ける。
「まあ、英雄の一族は誰かさんのお陰で破滅の道を辿り始めているが、今はその話は置いておきましょう。我々は神に血を分け与えられた存在。神の白い血を与えられ、誰も近寄れぬ空に浮かぶダンジョンのような巨大な城で血の継承を繰り返してきたのです。そして、時折、神の命で地上の愚か者を滅ぼし、その度に血を僅かに地上の生物に入れてきたのです」
「じゃあ、ユウは……」
「白い血を持つ者です。あなた方のお陰か、ユウは幼くして立派な器となりました。城に入る許可を得た。だから、返してください。さもなくば……」
そこまで言うと白い男達は外に出てしまう。外は晴れているにも関わらず、嵐のような音が聞こえている。
慌てて追いかけたザクスたちが見たのは……彼らとは別の4人の白い人間が作り出した巨大な魔法球。
それは山をも飲み込みそうな大きさで、うぉおおと唸り声のような音を響かせていた。
「貴方達の大切な家も、家族もぶち壊します。……まあ、神の情けです。一日あげましょう。別れをすませておいてください。では」
白い男が光を放ち、天へと昇っていくと同時に光の球はザクスたちの家の真横を通り過ぎ、凶悪な魔獣たちが住むという【黒の森】を蹂躙しその三分の一を消滅させた。
その夜は、ザクスたち家族にとっては珍しいほどの大喧嘩となった。
必死で彼らを倒す方法を考えようとする子供たちに対し、年長組が否定的な態度を見せジャムとニアが暴れ出し結局良い方法が浮かばないまま解散。
ユウはずっとアンジェに抱きしめられながらじっとしていた。
ザクスは一人リビングで物思いに耽っていた。
翌日。
使徒である7人が再び現れると、ザクスが先頭に立ち口を開いた。
「使徒よ……なんとかユウを此処にとどまらせる方法はないのか。俺に出来る事であればなんでもする! だから!」
『ねえよ』
懇願するザクスが見たものは、前世で死んだ時に出会ったアレにそっくりな笑顔、いや、アレの笑顔だった。ザクスの脳内に刻まれ忘れることの出来ない白い神のいやらしい笑み。脳内に直接響き渡る声。
「貴様……」
『久しぶりだねえ、ザクス。血を介してこの男達を使って会いに来てあげたよ。ところで、ザクス。お前如きの願いが叶えてもらえるとでも? ユウを此処にとどまらせる方法? ねえよ! お前は不幸になれ! そして、その不幸で満たせ! まずは、ユウだ! お前に家族なんて持たせはしない! お前に幸せなど与えはしない! ぎゃは、ぎゃははははははははははははは!』
7人の口が全く同じように動き、七重にかさなった声がザクスたちの頭を揺らす。
それだけで激痛が走り、足元がふらついた。ただ一人を除いて。その少年は小さな足を必死に動かし、家族の前に立つ。
「あの、ユウがいきますから、ゆるしてください」
ユウがそう告げると、顔が避ける程に笑った白い男がふっと身体をよろけさせたかと思うと、人の声で話し出す。
「よろしい。あのお方も満足された。では、ユウは返していただきますね」
「待て!!!」
誰もが神の声で動けなくなっている中、いち早く回復し動き出したのは、一度彼の声を聞いていたザクスだった。
指から巨大な影の鎌を生み出し、白の一族に襲い掛かる。だが、6人に囲まれ多勢に無勢。一瞬にして鎌は消滅され、全身を白い炎を焼き尽くされる。
「がっ……! はあはあ……ユウを、俺の家族を……」
「家族ですか? 奴隷が裏切らないからという理由で買って作ったものが家族ですか」
「うるさい」
「貴方はおかしい。かわいそうに。誰にも愛されずに、前世もこの世界でも」
「うるさい……!」
「残念ながら、家族の愛を知らない貴方に家族はつくれない」
「うるさい!!!!」
叫ぶと同時に再び踏み出そうとするその足を光の矢で貫かれ、ザクスは地面を舐める。
「その事実を理解させねばいけないようですね。そうだ」
白い男は良い事を思いついたと笑みを深める。
「隷属紋を消してさしあげましょう」
「……………………………は?」
茫然とした表情で見上げるザクス。男は続けた。
「隷属紋を消して皆さんを自由にしてあげましょう。これでザクスから離れられます」
「や、やめろ! やめてくれ! 俺から、俺から家族を奪わないでくれ! ソレが消されたら俺は……俺はまた一人に……お願いだぁ、やめてくれえぇええええ……」
大粒の涙を溢し、地面に額をつけ懇願するザクスだが、男は止まることはない。
「ザクスよ、目覚めるのです。思い出すのです。貴方は……一人だと。さあ、消えなさい。〈消滅〉」
男がユウの隷属紋に手を当て白い光で覆うと……ユウの背中に刻みつけられ、ザクスの血を与えられた隷属紋は元々存在していなかったように綺麗になくなっていた。
「あ、あ、あ、ああぁあああああああああああああああああああああああああ!」
倒れ伏している後ろの『家族』たちにも他の白の一族が〈消滅〉を使う気配がし、ザクスは自分の身体がどんどんと薄くなっていく転生の頃を思い出していた。
あの頃に戻ったような感覚。それは死に近い何か。今、両の手も額も膝も置いている地面がないような浮遊感の中でザクスは泣き続ける。
「なるほど。これでボク達は奴隷じゃなくなったわけか」
「そのようですわね。隷属紋の魔力を感じなくなりました」
ジャムとアンジェの言葉にびくりと肩を震わせる。そして、ザクスは気づいてしまう。
自分のやってきたことは前世の家族やグリディアール家と同じ、自分を満たす為だけの行動だったんじゃないかと。そして、それをずっと強いてきた自分を『彼ら』は裏切る、いや、ずっと裏切っていた自分を捨てるのだろうと。
「はっ……! はっ……! はっ……!」
恐怖で呼吸が浅くなり、汗が止まらない。身体は冷たくなり続け震える。
近づいてくる足音はザクスの傍で止まる。
「はあ……! はあ……! はあ……!」
「おい、ザクス」
名を呼ばれ、よろよろと顔を上げるとボボの拳がザクスに振り下ろされた。
(いたい……。はは、そういえば、前世でもよく殴られたな)
そんなことを考えていたザクスだが、前世の父親とボボが重なって見えることはなく、ザクスは涙と汗で泥まみれの顔でもう一度ボボを見上げる。
「バカやろう! ザクス!」
ボボは笑っていた。ぎゅっと赤くなった大きな拳を見せ、にやりと男らしい笑顔をザクスに向けて。
「隷属紋がなくなったらオレ達がいなくなると思ったか。お前は本当に馬鹿野郎だよ!」
泥だらけの顔を拭ってくれたのはシュラだった。前世の母は一度も見せてくれなかった優しい微笑みをザクスに向けた。
「貴方は私に子を思う母の心をくれました。我が子を裏切る母がいるものですか」
寒さに震える身体を後ろから抱きしめてくれたのはアンジェだった。前世で別の男との子を育てさせた妻からは感じることのなかった本物のあたたかさをザクスは感じた。
「ザクスはわたくしに本物の愛を教えてくれました。わたくしがあなたを愛しているといったのが嘘だと思ったのですか」
父と母と恋人が笑っていた。ザクスを真っ直ぐに見て。
そして、兄が、姉が、祖父が、祖母が、妹が隣にいた。
「裏切れるかよ……全く、隷属紋より厄介なもんを刻んでくれたもんだ」
「思い出、ですね。確かに記録されています。人形であるワタシの中にも」
「奴らの言う通り、血には歴史があり、それが魔力となるんじゃろう」
「だが、我らの力は血にあらず、絆によって生まれる思いの力」
「その繋がりがある限りアタシらは裏切れないし、裏切らない。ザクス兄! ユウ!」
「あ、あ、ああ……ああああ……ああ! お、俺達はっ!」
「「「「「「「「家族だ!!!」」」」」」」」
声を揃えて『家族』が叫ぶ。
その声が重なり合った瞬間、ザクスは確かに感じた自分たちの中にある何かが、周りにいる家族たちの何かと繋がり合って強大な魔力が生まれていることに気付く。そして、その繋がりが間違いなくユウにもあることを。
「絆、だ……俺達の身体には、思い出があり、その時生まれた感情があり、家族への感謝の思いがある。例え血は繋がっていなくても心が繋がっていれば俺達は強くなれる! だから!」
ザクスは拳を握り立ち上がる。『家族』を取り戻す為に。
「俺はみんなを裏切らない! 俺は約束したんだ! 俺が家族を守ると!」
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