第10話 一人の獣人
「さて、家族としての仲も深められたことだし」
「深まってない!」
それだけを、ユウの頭を撫で続けがら話すザクスに向かって叫ぶとジャムはぷいと竜車の後ろ、幌の口を見つめてこれ以上は喋らないという姿勢を見せた。
その反対側で膝を抱えてザクスを睨んでいるのは獣人族の少女。ザクスがそれに気付き、視線を向けると慌ててジャムと同じように後ろを向いてしまい、ザクスは苦笑する。
「まあ、仲はおいおい深めていこう。初めから完璧な家族などいないのだから」
「そうですとも! わたしも母としては成長段階。いっぱい学んでいきますよ!」
母と呼ばれてからのシュラのご機嫌っぷりは留まることをしらず、纏めた青髪の零れた部分を揺らしながら母として何かすべきことはないかと周囲をきょろきょろと見回す。
「時に母。いや、母さん」
「母さん……!」
新しい母としての呼称に感激し、祈りを始めるシュラ。ユウがそれを真似て祈り始めると、それにも感動したシュラがユウを抱きしめ、もみくちゃにし始める。
「うきゃー」
「ああ、ユウちゃん! 私がお母さんよ! 母でも、母上でもなんでも好きなように呼んでね!」
「ははー」
「ああああああああああ! がわいいっ……!」
若干狂気を感じさせ始めたシュラ。そんなシュラに向かってザクスが問いかける。
「母さんは、治癒の、回復魔法が得意という事だが、失くしてしまった部位の蘇生は可能なのか?」
ザクスからかけられた言葉。
それを聞いた瞬間、ドラアグやボボ達がぴくりと反応を示し、シュラを見る。見られた本人はそれまでの勢いが一気に失われ、しゅんと落ち込んでしまう。
「出来ません……部位の蘇生は、歴代でも数人しか出来なかった神の御業です。そもそも、私は聖女としての力を失っており、回復の魔法さえ……」
「そうか……母さん、落ち込むことはない。まず、母さんのその状態は実際に見られて確信したが、呪毒によるものだ。そして、その呪毒とみんなの身体を治す方法は、準備してある」
そう言いながら、ザクスは〈影箱〉から青緑色に輝く液体の入った瓶を何本も取り出し敷物の上に置いていく。
「きらきら、きれー」
「そうねー、ユウちゃんって、待ってください! これって……」
「エ、エリクサーじゃとお!?」
デレた直後にツッコみかけたシュラよりも先にリリが見える方の片目を見開いて飛び込んでくる。
「流石、エルフ。薬には詳しいようだな」
「……ま、間違いない。エリクサーじゃ……!」
エリクサー。命の水、神水、奇跡の薬……様々な呼び名を持つこの液体は世界最高峰の医療大国ドルクからごく僅かに売りに出される最高級薬品。少し学のある者ならば誰もが利いた事のある伝説ともいえる薬を5本も取り出し、奴隷達を唖然とさせる。
「すまないが、俺に回復魔法の才能はなくてな……だが、金ならある。だから、色々と伝手を使っ手に入れさせてもらったんだ。さあ、これでみんなの身体を治してくれ」
「何が目的ですか? わたくし達は貴方に何をさせられるのですか」
「何を言っている? 俺はさっきから何度も言っているだろう。みんなは俺の家族になればいいんだ。そして、俺を裏切れないままに俺の側にいればいい」
「もうやめときな。ご令嬢。この坊ちゃんは馬鹿正直に答えている。さっきからこの坊ちゃんが言ってることは何一つ偽りのない本心さ。狂気じみた考えではあるけど」
「流石、ばあちゃんは物分かりがいいな」
エリクサーを一本大事そうに抱えながら嬉しそうに告げるリリにザクスが声をかける。
その言葉を聞き、リリは再び見える方の目を丸くさせるが、次の瞬間には大声で笑いだす。
「はっはっは! わしがばあちゃんか。よかろう! さあ、もういいだろう、みんなよくわかったはずじゃ。坊ちゃん、いや、わしの孫はちょっとおかしな程に家族を求めておる。わしらは『いい家族』であれば、わしの孫はそれ以上を望まない。そういうことだろう」
「ばあちゃんは理解が早くて流石だな。そういうことだ。さっきも言ったがもし兄や姉、妹達が誰かと結婚したいというのであれば、それも止めるつもりはない。ただ、俺や父たちが認めるようなちゃんとした相手を選んでくれ、な、父よ」
「父、あんただよ」
リリが自身の潰れた方の目にエリクサーをかけながらボボに目をやる。驚いたボボの元にザクスが歩み寄り、蓋を開けたエリクサーを傾けると、ボボは慌てて、右腕を差し出す。エリクサーのかかった部分から手が少しずつ生え始め、ボボは残った左腕でごしと両目を拭う。
「オレが……父に、か……分かった。いや、そうだな、息子よ。ただその前にちゃんとみんなのことを知りたい。お前は知っていてもオレ達は互いを知らないんだ」
「そうだったな。じゃあ……」
ザクスが振り返ると、ドラアグとシュラにエリクサーを渡し終えたリリがユウを抱え、ザクスの隣にやってきて座る。
その目はまだ完全に機能を取り戻し見えるようになったわけではない為、淡い翠色の瞳の焦点はあってはいないが輝きに溢れている。
「自己紹介といこう。わしは、リリと呼んでくれ。エルフ族。呪いのせいでこんな幼い姿にされているが、もう数百年生きている。まさか、奴隷のまま家族が出来る上に、この年で孫がこんなに出来ると思っていなかったが、長生きしてみるもんだ。よろしくね。ほいじゃあ、じいさん」
身体を震わせながら自身の生えてくる足を眺めていたドラアグが、ぎょっと振り返る。
「じ……! まあ、そうなるのか。……うむ、ドラアグ。竜族じゃ。儂にもちょいと事情があり、このような人に近い姿をしておる。……ふは、いや、確かになんともおかしなことになった。いや、うん……これからよろしく頼むの。それじゃあ、儂の息子がドワーフとなるのかな」
顎を擦りながらドラアグが視線をボボに向けると、ボボはまだ生えたばかりの右手を左手で揉みながら、ドラアグの生えている足を一瞥し、目を合わせるとにやりと笑いあう。
「ドラゴンの息子とは恐れ入る。オレの名は、ボボだ。ドワーフで手先には自信がある。……まあ、まだ指の感覚は戻ってないが、必ず取り戻して役に立って見せよう。手を失ったのは、まあ、弟子とうまくいかなくてな。それはおいおい話させてもらおうか。父親としての自信はあまりないが、まあ頑張ってみせる。えーと、あんたがオレの嫁になるのか」
「そういうことのようですね。えーと、ザクスくん、別に夫婦の営みなどはなくてよいのでしょうか?」
「ぶふっ!」
聖女の言葉が予想外だったのか吹き出すボボ。酒で酔ったのかというくらい顔を真っ赤にさせるボボをよそに、ザクスは事も無げにシュラに向かって答える。
「そのあたりは任せる。ただ、同意なき乱暴は絶対に駄目だ。その他、家族が止めることはやってはいけない」
「意見が異なることもあるだろうから、家族会議にかけるってのがいいんじゃないかのう?」
「ばあちゃん、いいこと言うな。よし、それでいこう」
何か言いたげに真っ赤な顔でうろうろするボボを尻目にリリとザクスの間でとんとんと話が進んでいく。それでシュラも納得したのかうんうんと頷いて、どんと胸を叩く。結局、ボボは顔を赤くしたまま俯いて静かに。
「わかりました! では、この家族の母、シュラです! ……どうやら本当に何かしらの方法で力を弱らせられていたようですね。少しだけですが力が満たされていくのを感じます。回復魔法を得意としています。では、続いてはお兄さんかしら」
シュラの視線の先に居たのはジャム。ちらちらとこちらを見ていたせいでシュラとも簡単に目が合ってしまい慌てて目をそらし遠くを見つめているが、多くの目がこちらにむいていることに耐えきれなくなり立ち上がる。
「……ああもう! とりあえず、家族になれば、衣食住の保証はしてくれるんだろうな!? ボクの名はジャム。魔族だ、以上!」
「兄は魔法が得意らしい。教えてほしい奴がいたら聞くといい」
ジャムが再び背を向けようとした時、ザクスの一言が。それを聞いてジャムは跳ね返るようにザクス達の方に向き直る。
その時には、ジャムの表情はさっきまでの目をひんむいたユウがきゃっきゃ笑うような激しい表情ではなく、諦め、悲しみ、疑い、そういった感情の入り交じった静かな顔。そして、じろりとザクスを見つめ問いかける。
「……おい、ボクは魔族だぞ」
「魔族だからなんだ? 魔族より大事なのは俺の家族で兄であることだ」
「~~! 勝手にしろ! 教えられることは教えてやる! おい! 次はお前だ!」
耳まで赤紫にして再び背を向けたジャムに指をさされたアンジェリーナが竜車の揺れによろめきながらも立ち上がり、美しいカーテシーを見せる。
「……皆さんの姉になります。アンジェリーナです。この王国の第一王子に婚約破棄をされた性悪の令嬢としてご存知の方もいらっしゃると思います。ご迷惑をお掛けするかもしれませんが、どうぞよろしくお願いいたします」
「それは姉さんのせいじゃないと俺は知っている。だから、みんな姉さんを迷惑と思わずに守ってあげて欲しい。」
「……ありがとうございます。次は……」
「ユウー!」
アンジェリーナが視線を彷徨わせるとすかさずユウが手を挙げながら割り込んでくる。
その様子を見て、リリに抱きかかえられたユウをシュラやザクスがもみくちゃにし、ユウもきゃーと楽しそうな悲鳴をあげる。そんなユウの頭をくしゃくしゃと撫でながら、ザクスがみんなを見回す。
「ユウは、何も知らない。だから、みんな色々なことを教えてやってほしい。ただ……絶対に悪いことを教えないように……! 特にばあちゃん、あんたがあやしいからな」
「な、なんのことやら。安心せい! このばあばがユウを立派に育てて見せよう」
「母にもおまかせください!」
リリとシュラがユウを挟んで胸をはる様子に、不安そうな目を向けていたザクスだったが、まだ自己紹介をしていない獣人族の少女に近づき声を掛ける。
「さあ、最後はお前だ」
ザクスが声を掛けると、獣人族の少女ニアは、膝を抱えたまましっぽはピンと逆立て、金色の瞳をぎろりと向ける。
「……狼獣人のニア。ニアは一人の方がいい……!!」
ニアが拒絶の意志を示そうとした瞬間、ニアが頭についている大きな狼の耳をぴくぴくと動かし立ち上がり、自身の背にしていた幌のほうをじっと見つめる。
その正体に気づいたのは、ニアとリリであった。リリはエルフ特有の細長い耳の周りをくるくる回る薄緑の光が消えると目を開いた。
「ザクス、十人以上の賊らしき奴らがこちらに向かっておる」
「鉄の匂い。臭い血の匂いもする。多分、悪い奴ら……!」
「そうか……って、ニア!? おい、止まれ!」
誰より早く動き出したのは獣人族の少女だった。魔力によって爪を伸ばし飛び出す。だが、思った以上に賊の接近が早く、ニアが飛び出した時には既に視界にとらえられる範囲にまでやってきていた。
「ふむ……狙いすましたかのような襲撃だな」
いつの間にか背後にザクスが立っていて、気付いたニアは思わず毛を逆立てて威嚇してしまう。他の奴隷達が全員降りてくるころには、賊はもう大声を出さずとも会話できる距離にまで迫っていた。
「どうする、孫よ。わしは弓も魔法も使えるが、まだ目が完全には回復してなくてね。ドラアグのじいさんやボボ、シュラも同じだろう」
「ああ、かまわんさ。俺がみんなを守る。何故なら、みんなは家族だからな。……〈影衣〉」
ザクスはそう笑って告げると、全身から黒い魔力を噴き出し身に纏っていく。そして、その様子を見て警戒を強める賊達。にらみ合う二組の緊迫した空気を切り裂いたのは獣人の少女。
「うああああああああああああああああ!」
「おい! ニア!」
「ニアは、1人で戦う!」
ニアはそう叫ぶと金色の魔力で爪を更に伸ばしながら、賊達に迫っていく。ザクスが来ると思っていた賊達は一瞬驚くが、すぐに態勢を立て直し、陣形を組む。ニアを囲むように広がり、的を絞らせないように動くと弓矢や投げナイフ、風魔法などを駆使してニアを攻め立てる。
ニアは両手足をしっかり地面につけ、態勢低くかわしたかと思えば、鋭く吠えながら風のごとき速さで駆け抜け、近くにいた賊を爪で切り裂く。足を切り裂かれた賊も慌てて、反撃を試みるが、見事な跳躍をニアが見せ攻撃をよける。
「跳んだぞ! 今がチャンスだ! 一斉攻撃だ!」
賊の号令を聞いたニアは伸ばした爪を木に刺して態勢を変えようとするが、奴隷としては底辺に近い扱いを受けていたニアは身体に力が入らず、魔力が霧散し、無防備な姿勢で空中に浮かんでいた。
そのニアに向けて放たれた攻撃の数々。
いくつもの矢やナイフが突き刺さったのは、ニアではなく、彼女を抱えた黒い魔力の衣を着たザクスだった。ザクスへの攻撃は全て無力化されたようでザクスは涼しい顔で賊達を見下ろしていた、わけではなかった。
「おい、貴様ら。俺の妹に何をするつもりだ……!」
憤怒の表情。大気が震えるのではないかと勘違いさせるほどの怒りを溢れさせながらザクスが真っ黒な影を爪のように伸ばし賊達を、一瞬で蹂躙した。
賊はかろうじて致命傷を避けており、息も絶え絶えな状態で、ドラアグとボボによって縄で縛られていた。
その間、ニアはザクスの腕の中で暴れていた。
「離せ! ニアは……ニアは……一人だ!」
ニアは狼獣人でもすぐれた力の持ち主であり、次期長への期待を周りの大人たちに向けられていた。無邪気なニアは大人たちの頼みに応え、戦い続けた。敵と呼ばれるものを殺して殺して殺しつくし、どんどんと強くなっていった。次第に戦うことが、殺すことが楽しみになっていった。そんなニアを、一族の者達、親兄弟さえも恐れるようになった。
その後、ニアは兄の策によって捕らえられ、奴隷として売られてしまう。
そして、ニアは一人になった。
「ニアはぁあああ! 一人なんだぁあああ!」
吠えながら暴れるニアをザクスは強く抱きしめる。
「ニア! お前は……一人じゃない」
ザクスは強く抱きしめたまま、手をぽんとニアの頭に置いてそっと撫ででやる。
「だって、ニアは俺達の為に一番最初に飛び出してくれたじゃないか」
撫でられる手のあたたかい感触に戸惑いながらニアは金色の瞳を潤ませる。
「ニアは……みんなに怖がられた。でも、ニアに出来ることは戦う事だけだったから……! ニアは戦う事しか出来なかった。それでも! ニアは……ニアは……褒めてほしかった。よくやったって言ってほしかった……! 頭を撫でてほしかった!!!」
その言葉に応えるようにザクスは強く抱きしめたまま、何度も何度もニアの頭を往復してやる。ぴんと立っていた耳もふわりと触れその感触を逃がさない為か、声をしっかり聴くためかぐいと中央に向けられる。
「俺がお前の家族だ。ニア、俺はお前が頑張るのなら何度でも頭を撫でてやる。褒めてやる。ニア、家族のために一緒に戦ってくれてありがとう」
「あ、あ、あ、あの……おにい、ちゃん」
「それは駄目だ」
「……!」
「ジャム兄さんとごちゃごちゃになるからな。ザクスにいちゃんとでも呼んでくれ」
「……ザクスにいちゃん」
「なんだ、ニア」
「まだ頭撫でててくれる?」
「もちろんだ……俺はお前の兄だからな」
「う、ああ、あああああ! ざくすにいちゃああああああん! ザクスにいちゃん! ザクスにいちゃん! うああああああ!」
ぼろぼろと零れる涙と大きく振られるニアのしっぽに応えてあげられるようザクスは兄としてニアの頭を撫でてやり、ニアの気持ちを受け止め続けた。
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