本の紹介13『ギデオン 神の怒り』 ラッセル・アンドルース/著
手記の小説化を依頼された作家に忍び寄る陰謀の影
700ページを超える長編作品ですが、先が気になって一気に駆け抜けるように読み切りました。文学作品はじっくり時間をかけて読むタイプですが、ミステリーやサスペンスは熱が入ったらゴールまで突っ走ってしまった方が気持ち良い読書体験になります。
ゴーストライター(有名人の自伝や小説の代筆をする職業)として生計を立てているカールという青年が主人公で、彼はいずれ自分名義でベストセラーを生み出そうという野心を抱いていますが、軌道に乗れず燻っています。そんな彼が編集者から、ギデオンという匿名の人物の手記を小説化することを極秘で依頼されます。手記はある殺人を告白する内容で、ギデオンが何者かはカールには明かされません。多額の報酬や著名な編集者の援助が受けられるという条件に惹かれてカールはこの仕事を引き受けますが、喜びも束の間、仕事を依頼してきた編集者は何者かに殺され、カールも命を狙われることになります。
ギデオンの正体は誰なのか、そして誰がどんな目的でギデオンの告白を世に放とうとしているのか。複雑に絡まった人間模様と、スリル溢れる展開が魅力的です。カールを主人公として進行する物語の合間合間に、ギデオンと思われる人物の描写が挟まれるのですが、読み進めるにつれて、ギデオンが誰なのかという謎が読む者の興味を掻き立てるようになっており、構成がうまいと感じます。最後の種明かしのシーンはまさに手に汗握る展開と呼ぶのに相応しいものに仕上がっており、映像作品にしたら映えるだろうなという印象です。
本作はデイヴィット・ハンドラーとピーター・ゲザーズという二人の作家の共同執筆となっているのですが、二人ともテレビや映画の脚本家でもあるため、ビジュアルを意識した作りになっています。文章からカメラワークの良さが伝わってくるような感じです。文字を読んだ人が頭の中で物語を映像展開しやすく、かつ出来上がった画も非常に完成度が高いのです。
姿の見えない殺人者からの逃避行、そこから手がかりを集めて黒幕への反撃に転じるストーリー展開はもちろんのこと、カールや元恋人のアマンダをはじめとしたキャラクタも素敵に描写されています。特に印象深いのが、カールを監視し、時には暴力で脅しながら執筆を促すハリーというキャラクタです。彼は小説の材料となる手記をカールに提供しながら、カールが余計なことをしないように執筆作業を監視するのですが、食事や服装にこだわりがあり、カールの私生活のサポートもしてくれます。マクドナルドは現代アメリカが病んでいる原因だというのがハリーの信条で、清潔な環境で栄養バランスの良い食事を摂ることに拘りがあるため、監視をしながらカールにも手料理を振る舞います。ハリーは殺人も厭わない人間で、間違いなく悪人だと思うのですが、どこかユーモアがあり憎みきれない造形になってい流のが面白いです。
ハリーの正体も、物語の根幹に関わる重要な布石となっており、全体的に丁寧に布石が散りばめられた上室なサスペンスに仕上がっています。暴力的な描写や重苦しい空気が漂う、決して明るいとは言えない物語ですが時折ふっと笑ってしまうような描写も差し込まれるのが好感触です。終わり