1−6 ウルマン村
「デニス、しっかり漕げ!」
甲板長に叱られながらオールを漕いだ。
うねる海の中を漕ぐのはホントに大変だ。
岩礁の間からエメル=ハル号が見えたが、やがて岩陰に入るとうねりは無くなった。
その小さな入江の幅は50メートルほど、浜にボートの舳先が乗り上げて甲板長が飛び降りた。デニスも続き二人でボートを浜に押し上げた。
デニスがボートの二人に手を差しのべ、降りるのを手伝った。
エミィは、ニコッと笑い「ありがとう。」と手を握った。
エミィの柔らかい手の感触が全身を駆け抜ける様であった。
続いてソフィは、感情を圧し殺した声で「ありがとうございます。」と降りると直ぐに手を離した。
ソフィの感触は『清廉』であったが、初めて妹姫様に触れたデニスにとってはそれだけで大事件だった。
その間に甲板長は浜から森へと入り、
「エメル=ハル号の甲板長イサーク・ジュールだ!村長と話がしたい!」と叫んだ。
木の陰から「お待ち下さい!」と聞こえ気配が消えた。
合流したデニスが、
「知り合いなのですか?」
「あぁ、ちょっとな。」というと姉妹に「大丈夫ですか?」と声をかけた。
森の入り口で待っていると毛皮を纏った巨漢が一人で現れ、
「久しぶりですのぉ、イサーク殿。今回は船長はおらんのですか?」
とメンバーを見渡し「変わった組み合わせですな。」
「ウルマン村のクリチュよ、久しぶりだ。今日は頼みごとで来た。村長の所まで案内してくれんか?」
クリチュは顔を背け、
「それはできん相談だ。叔父上は前の冬にいなくなったままだ。」
まあ、道々話そうと甲板長と並んで歩き始めた。
クリチュの語る話はこうだった。
前の秋、物成りが悪かった。村は新たに子どもが20人ほど増え、食べるものが足り無くなった。
村長はテオドルス候に訴え援助を請うために数人で大森林を越えサン・アデレードへ向かった。
しかし、待てど暮らせど村長は帰ってこなかった。未だに行方が分からない。
そのうち村長の弟、私の伯父でもあるケトマンが村長として振る舞い出した。
ケトマンの息子ブリは村長の娘パリザと結婚すると言い出した。
パリザは未だ13歳だ。
結婚には早すぎるし、何より本人がブリを嫌っている。
ケトマンは村人から税と称して物成りを強制的に取り上げ始めた。
当然村人は反発した。
村はケトマン派と我が父バルタの周りに集まった村人とに2分されてしまった。
我々は村から出て、森の外れに新たな村を築こうとしている。
「イサーク殿、ケトマンの方へ行くのなら途中までしか案内出来ぬが・・良いか?」
常識人のバルタと言葉上手のケトマンか?ケトマンが一人で考えたことではなさそうだが・・
「まず、バルタと話そう。それからだな。」
村と耕地を挟んで森の外れに雨露を凌ぐだけのあばら家が十数棟建っていた。
僕は「これで冬を越すのか?」と心配になった。
こちら側に100人、向こう側に80人ということらしい。
村?に入ると村人が寄ってきた。「イサーク様、今回も援助物資を持ってきてくれたんかね?」
フードの二人の周りにも子供たちが寄ってきた。
エミィはフードを取り、子供たちの手を取った。
子供たちが「綺麗!」「女神様みたい!」と騒ぎだした。
大人たちもその姿を見て絶句した。
エミィは集まった村人の表情を楽しむように見ていたが、突然、村人の中に入ると手を繋いで謡い踊り始めた。
「私は豊穣の女神テュケーの使いよ!村を繁栄に導くためにここに来たわ!」
ソフィがビックリして慌ててエミィの手を引いて歓びの輪から引っ張り出した。
甲板長は村人の集まりの中をバルタの家への道を拓き、僕がエミィを抱えるようにして家に入った。
エミィの顔を見た村人達は何が起こったか分からず、この世のものとも思えない絶世の美女の言葉を思い出していた。
エミィは家に入ると自ら一番奥の場所に落ち着き、家長のバルタと案内してくれたクリチュを呼んだ。
恐る恐る近付いて来た二人に右手を出すように言うと、その手を握った。
バルタに向かって、
「そなたは、誠実の人だな。しかし、生命が残り少なくなっておる。自分でも分かっておるのだろう?」
バルタは目を見張った、最近体の調子おかしく食欲もなくなり、気力も何時まで続くか?と思っていた。
「だが、安心するが良い、息子の未来は明るい。この村をもっと大きくしていくだろう。」
バルタは思い悩んでいた気持ちが突然に定まるのを感じた。
「ありがとうございます!これで安心して息子に任せられます。」バルタの目には涙が流れていた。
家の入り口で恐る恐るのぞき込んでいた村人達が流れ込んで来た。
エミィの前に重なる様に座り込むと手を合わせて「女神様!」と呼びかけていた。
エミィはその中から一人の少女を指差すと呼び寄せた。
手を握り「優しい心だ、安心して待つがよい!そのうち良い相手が現れる。パリザと言うのか?クリチュと協力してこの場を乗り切れ!そなたは思う様に生きてみよ!」と言うと頬を撫でてニコッと微笑んだ。
そして、集まった村人に向かって、
「クリチュは長の器である!皆安心してついて行くが良い!」
小さな村は沸き上がった。
ウルマンの村に女神が降り立った。
女神は未来を予知する。
村人は盛り上がった。
「デニス、来てぇ!」
エミィは疲れた表情で僕を呼ぶとその手を取り頬に当てた。
あぁ~、癒される~。デニスは私の癒し。力が戻ってくるのを感じるわ。
「あなたには私の恩寵を与えるわね!」と見つめる瞳が語ってきた。
僕はと言えば、エミィの手を通して宙に浮くような感触を味わっていた。
僕は言葉にならない喜びの中にいた。
エミィの中に取り込まれていくようなこの感覚・・
そして、何かが目覚めるようなこの感覚・・なんだろう・・
「恩寵って?」
エミィが僕を見てニコッと微笑んだ。
その夜、バルタが村の情勢を語った。
ケトマンを村長と認められない人々が手持ちの食料だけを持ち村を離れた。
しかし食糧は木の実、野草と狩猟で得られる野生動物の肉しかなく、この冬をどう凌ぐか喫緊の問題になっている。
ケトマン達はやがて我々が食べるものがなくなって頭を下げて来ると考えているようで、特に攻撃してくるわけではない。
イサーク甲板長は、「明日から方法を考えましょう。」
僕は、これまでの知識で何が出来るだろうと考えていた。




