1−5 エルミン=キラズ、水晶宮にて
姉様、逃げたわね!
姉の部屋を覗くとメイド達が大騒ぎしている。
姉はベルカント候との婚約が調い、今日顔合わせの日である。
年齢差が20歳以上あり、ベルカント候の嫡男は姉よりも年上である。
明らかな政略結婚であるが、王家としては受け容れざるを得なかった。
姉は、王宮で垣間見たベルカント候をかねてより毛嫌いしていた。
しかし、どうやってこの王宮から逃げることが出来たのだろう?
誰か手引きしてくれたのかしら?私だって逃げ出したいわ。
姉様が居なくなれば、私が人身御供になるんだからね、あんな爺さんなんて勘弁して欲しい!
メイド長が、「姫様!お一人で歩かれるのは危のうございます。」と私の手を引いて部屋へ連れ戻しに来た。
「ねえ、カリナ。姉様の部屋の方が騒がしいようだけど何があったか調べて来て頂戴。」
メイド長は「姫様は部屋から出ないでください。」と言うと姉の部屋の方へ向かっていった。
メイド長も私の眼が見えないと思っている。
あなたたち以上に見えていますよ。
私は、瞳に異常があるの。みんなが気味悪がるから、何時もは瞼を閉じているだけ。
それでも不自由なく視えているの。
皆の視え方と違うかもしれないけど。
メイド長が帰ってきて、エミィ姉様とソフィ姉様が王宮から居なくなり、今日のベルカント候との顔合わせの予定をどうしようかと王宮中がひっくり返らんばかりの騒ぎになっていると教えてくれた。
ふぅ〜ん、ソフィ姉様も一緒か・・
やっぱり、私にお鉢が回って来そうね。
姉様、恨みますからね。
私はランザニア王国第2王女、サブリナサクヤ・エイランティス。目の不自由な不幸な美少女よ、覚えておいてね。
ランザニア王国は古い王国で、ここエルミン=キラズに王都を定めてから3百年、17代に及ぶ王家は元々強い魔力で人々を魅了し強大な王国を築いた。
しかし代を重ねるごとに魔力は衰え権威だけとなっていった。
今や王家に政治・軍事の実権はなく、中原五候と呼ばれる候爵達の内、その時々で最も勢力のある者の傀儡として生き延びて来た。
今の王はサティア3世と呼ばれる女王でエミィとサブリナの母親でもある。
王配殿下を出し王朝を運営してきたのはエブレン候であった。
王配殿下は、エミィとサブリナの父親ではあるが、エミィと一緒に逃亡したソフィの父親でもあった。それが許されるほど王朝の力は弱っていた。
ところが壮年のエブレン候が急逝し、直系の跡継ぎがいなかったため、エブレンの兄で王配殿下として王家に婿入ったアーチャー伯爵に跡を継いでもらいたいという一派と伯父でエブレン国軍元帥ハリーに継いでもらおうという一派とで内戦になりそうな雰囲気なのだ。
この隙をついて、エルミン=キラズに兵を入れたのがベルカント候である。候は他の中原の侯爵たちを味方に引き入れるため、色々な手を打ちつつあった。
その仕上げとして王女エメルディララと結婚し自ら王配として王朝を乗っ取る計画を立てていた。
「カリナ、離宮で養生したいの。」
メイド長は、憐れむ様な顔を私に向け、顔を横に振ると、
「姫様、間もなく陛下の使いの者が見えられます。」
思わずため息が出た。
結局、姉様の代わりに私が花嫁の席に着くことが要求された。
ベルカント候との見合いは王宮の裏庭にある庭園で行われる。
3代前の王が自ら設計・監督した『静寂の庭』である。
庭園の入り口は薔薇の門になっていて、メイド長がここまで手を引いて連れて来てくれた。
目の前に立つベルカント候を知らぬふりをしていると、わざとらしい咳が聴こえた。
「もしかしてベルカント候爵でいらっしゃいますか?」
私もわざとらしく訊いて見た。
確かに近づくだけでも、「いやな性格」が伝わってきた。
女性を道具としてしか見れないのね。
ベルカント候が白い杖をついた私の手を取ると薔薇の門を潜って、庭をゆっくりと四阿の椅子へと誘った。
「姫様は眼が見えないと聞いています。私が手を引きますからついて来てください。」
デリカシーの欠片もない言葉ね。
続いて出てきた言葉も私の機嫌をとろうと歯の浮くような世辞ばかりで、空虚な言葉の羅列だった。
姉様が嫌うはずね。心の中は真っ黒じゃないの。
ふぅ~ん、私の事は適当に閉じ込めて置けば良いって思ってるのね。置き物とでも思っているのかしら、その程度なのね!
もううんざりだわ!
王家も大切だけど、私にも心が有るのよ。
貴方からこの縁談は断って貰いましょう。
ベルカント候の腕を掴み寄り添う振りをして、今晩から観る夢を仕込んであげたわ。
「こんな目の見えないワガママな女でよろしいのかしら。」
良いわけないですよね。
ですから10日ほども私の恐ろしい夢を観れば気持ちが変わるでしょう。
一人でベルカント候国へ帰ればいいわ!
魔力を使うと疲れるわ、私も姉様も久しぶりに王家に現れた能力者らしい。
姉様など皆の期待を一身に集めていたわ。
実際のところ、どちらの魔力が上か分からないけどね。
部屋に戻ると姉様の黒フクロウが窓枠に止まっていた。
黒フクロウから伝わってくる姉様の表情は明るいわ。
運命の人に出会ったかも、ですって。
私の苦労も知らずに。
あぁ~腹が立つ!
私はサブリナサクヤ、あなたたちには見ることのできない人の真の姿を観ることができるわ。
エミィ姉様、今日のことは大きな貸しですから覚えておいて下さいね。姉様の大切なもの一つで赦してあげます。
あぁ~楽しみだわ!




