5−18 ウルマン村始末
権力争いから逃げ出したかったアルスローランではあるが、自室に戻ると直ぐに軍務大臣ホランドが訪ねて来た。
「公子、今回の戦功お見事でございました。」
ホランドは軍務大臣をしているが政治的にはパルスローラン派と思われている。
「公子は止めてくれ、アルスで頼む。」
「相変わらずですな、アルス。
表舞台に出る気はないのですか?」
「このまま、市井に居るのが気楽なんだ。」
「アルス、今アルスが去ればケンドリック派が蠢きだすのは自明ですよ。」
「ホランド、君が頑張るしかないな!」
「アルス、お願いですから今暫く表に居って下さい。」
「う~ん、相談して見るよ。」
「どなたに?」
「仲間にさ。」
クリチュはマテオ技師長の下、水道工事の人夫頭として雇われ、村人を10人ほど指揮していた。
ムジアも誘ったが「船と桟橋」亭がよいと断られた。
もう、この街に来て数ヶ月がたち、自分の仕事を見つけた者もいれば馴染めずに補助金で暮らしている者もいる。
クリチュは暇を見つけては村人を訪ねた。
そのクリチュのもとに村に残ったクドラドから便りがあった。
石炭の採掘に向けて試掘が始まった。
猿人の恐怖もなくなり、村の再建もできる。
砦の司令官から協力を取り付けた。
とあった。
クリチュは村人を『船と桟橋亭』に集めて、皆の意見を聞いた。
「帰りたい!」「もう帰らなくて良い。」と意見は拮抗していた。
エメル=ハル号が半月後に出港する。
「村に帰りたい人は乗せて貰える。まず、何人か行って見るのもよいかも知れないな。」
手を挙げた数人が村を見に行くことになった。
僕は、エミィとソフィを連れて『船と桟橋』亭に帰った。
僕らの顔を見るとフリアが両手を挙げて迎えた。
「カグヤさんにサヨさん、お帰りなさい!待ってたわ!」
僕は完全に無視された。
大騒ぎしている横をトボトボと店に入り、厨房で準備している母親に「ただいま!母さん!」
僕の顔を見ることもなく料理の下拵えを続けながら「お帰り!皆帰ってきたの?」
と言って、下拵えを一段落させるとやっと僕の顔を見て、「お祝いしなきゃね。」
えっ、
「何で知ってるの?」
??
「何いってるの?この子は。無事に帰ってきたお祝いだよ!それとも何か目出度いことでもあるのかい?」
しまった・・ソフィとのことかと思った・・
「ふふぅん。正直に言いなさい!デ・ニ・ス!」
はぁ、実は・・
と言う訳で、ソフィとのことを聞き出されてしまった。
「そう!よかったわね、お似合いよ!」
母は満面の笑みで、カグヤさんとそうなるんじゃないかと話していたという。
僕はやっぱりエミィの掌の上で踊っている。はぁ、
その夜は大宴会になった。
ウルマン村の人も店の常連客も一緒になって大騒ぎになった。
僕とサヨことソフィは、みんなの酒の肴にされ、危うくみんなの前でキスさせられるところだった。
カグヤことエミィの横にはヨタロウことアルスローランが座を占めてエミィに近づく酔っ払いを追い払っていた。
この時この2人は、とても重要な決定をしたんだけど、僕は酔っ払ってソフィにベッドまで連れていってもらった。
ソフィに鼻を摘ままれて「バカ!」と軽蔑された。
次の朝、僕の横でソフィは目覚めなかった。寝息をたてながら眠り続けた。
エミィは『ソハヤの呪い』だと言った。
「だから、ソハヤを使うのを止めたのに!」
涙声のエミィはソフィを抱き締めて「今回はいつ目覚めるか分からないわ。」
「デニス、眼は覚めないけど生きてるわ、私達が目覚めるまで面倒見なきゃね。」
おろおろするばかりの僕はソフィを抱き締めると手を握り、「大丈夫だよ!僕がいるよ。」
僅かばかりだがソフィが手を握り返したような気がした。
エメル=ハル号の今回の航海は『ウルマン炭鉱』開発の物質運搬である。
久しぶりのエメル=ハル号は、あちこちに補修の痕があって少し痛々しかった。
一番痛々しいのは僕で、後ろ髪引かれながらも何故かエメル=ハル号に乗っている。
今回はエミィもソフィもいない。
エミィが一言、「無事に帰ってきなさい!」と送り出してくれた。
フィリップ船長がわざわざ出迎えてくれて、「陸軍から聞いておるよ、デニス将軍!」
将軍ですか・・名前だけどこまで出世するんだろう?
出港して外海に出ると帆を張り、全速力て南下し始めた。
僕とテオ兄ぃはメインマストの見張り台に登り、海風を顔に受けながらこのところの出来事を思い起こしていた。
ウルマン村は、これから炭鉱で賑わうだろう。
『ウルマン砦』の周辺にあった建物は再建されつつあった。
耕地は一年放置されていたため、耕すのが大変そうだった。
『ウルマン炭鉱』は総監督にクドラドが就任し、本格採炭の準備をしている。
炭鉱とアロナ=ヒントを結ぶ道が大森林を切り開いて開通間近だ、石炭が採れるようになれば鉄道を敷くことも考えることになるだろう。
そうなればウルマン村は大発展を遂げることになるだろう。
村の住民は権利を保証された。今回の事件の代償として。
村に帰ってもいいし、そのままサン=アデレードで生活してもよい。権利が生活を保証してくれる。
僕は上陸するとまず洞窟の神殿に向かった。
神殿は確かにその場所にあった。
しかし、神殿の中はただ空間があるのみでエミィが祈った神殿ではなかった。
肩掛けカバンの中から豆柴が、
「ここを訪れる人の祈りがやがてここを本物の神殿にしていくさ。」
その夜、僕はフェンリルに乗せてもらい大森林を境目の丘に向かった。
僕たちが切り開きながら進んだ道を見ながら進んでいく。
やがて、境目の丘が、砦が見えてきた。
砦は取り壊され地下部分が一部残るだけになっていた。
フェンリルはそこに降りると猿人の匂いがすると言う。
緊張して周囲を探索したが、既に去ったようであった。
「どのくらい生き残っているのだろう?」
そう思いながら僕とフェンリルは境界線を越えて東側の森へと入った。
フェンリルが「いるぞ!」と言うと森の中へ降りた。
辛うじて見える樹上で猿人が確認できる。
グングニールの槍を取り出して、静かに近づくと全容が見えてきた。
大人5頭と子供4頭で・・キキとロロだ。
僕は思わず樹木の陰に隠れ、大きく深呼吸した。
僕が来た目的の一つがこれであった。
小頭数なら駆逐せよと言われてきた。
エミィやアルスローランが背負ったジェノサイドの責任の一旦を背負う覚悟だった。
だが、実際にキキやロロの姿を見ると決意が鈍る。
「おい!オレがやってやろうか?」
という豆柴を僕は抱き締めていた。
「おい!苦しい!離せ!」
僕は思わず手を放した。
「デニスお前泣いているのか?」
いつの間にか涙が出ていた。
「フェンリル、帰ろうか。」
ウルマン村の砦の中に設けられた村役場の村長室にクリチュはいた。
一日見て周り、もはや元の村に戻ることは不可能なことを悟っていた。
新しい村を一から創るってことだな。




