5−17 帰還
砦での後始末をした後、第3騎士団と赤縁騎士団が到着するのを待って、赤縁騎士団と共にアロナ=ヒント経由でサン=アデレードへ帰還することになった。
出発の前日、アルスローランの部屋を研究者ベン・へラクと医師アリシア・ガルシアが訪ねて来た。
2人の話は自分達の研究についてであり、免責を求めるものであった。
僕も横で一緒に話を聞いていた。
「どう思う?」
「明らかなことと疑問なことがあります。」
「明らかなことはヤリガが主導して猿人をけしかけたこと。兄上の病にも関係していること。」
「疑問なことは猿人が大きな集団をつくるように投与された薬。ララが持ってきたらしい薬の正体。」
では、あの2人に何をさせる?
「ます、兄上の治療薬、そしてララの行方でしょうか?」
「そうだな!その前にヤリガを逮捕する。」
赤縁騎士団は、アルスローランの命により青縁騎士団の司令部に踏み込んだ。
そこには、副官が居るのみでヤリガは行方が知れないと言う。
僕は赤縁数人と地下研究室に入った。
前に来た時、ララを発見した地下室に入口があった。
研究室の中でアリシア医師が、パルスローラン公子の病に効果がある薬を取り出した。
僕は、肩掛けカバンの中の豆柴に「どこだと思う?」
カバンから顔を出し、周りを見回すと飛び出して壁際を前足で搔いた。
グングニールの槍の石突で、トントンと叩くと音が違う。
周りを調べ入口を探すが、わからんな・・
グングニールの槍の石突で強く叩く。
周辺のレンガが音を立てて崩れた。
崩れた壁を潜って中に入った。
血の匂いが充満していて、固まりかけた血の海の中で人がうつ伏せに倒れている。
近寄って抱き起こすとヤリガ部隊長だった。
周りを見回すが他に扉はないし、もちろん人はいない。
ララがいない!
「おい!デニス!胸に刺さっている刃物だか、暗器の類いだな!」
暗器?暗殺者が使うアレか?
豆柴の推理は続く、
「犯人は恐らくララだろうが、ララの正体はスパイじゃないのか?」
だとすると?
「猿人のこと、嫡子のこと全てあの女がどこかの誰かの指示で仕組んだのじゃないのか?」
何者なんだ?すぐにララを追おう!
「無駄さ!既に逃げ延びているか、自裁しているさ!」
ララは見つからないまま、出発の朝を迎えた。
あの日以来、エミィは毎朝祈りを捧げている。
猿人たちの葬祭も行ない、もう十分だと思うのだがエミィは祈ることをやめない。
エミィとソフィのために馬車が用意された。御者は僕。やっぱりそうなるよね。
アルスローランが馬車のすぐ前を黒毛馬で行く。
赤縁に守られ僕らは出発した。
アルスローランはサン=アデレードに戻ると公務が山積みだろう。
エミィとソフィはどうするのだろうか?
僕はまた土木技術者に戻ろうか?宿屋の主人もいいな?など楽しく考えながら出発した。
良い天気の中を隊列は進んでいる。
今日は朝から御者の僕の隣にソフィが座っている。反対隣には当然ようにエミィが座っている。つまり、馬車の中には誰もいない。
「いいわねぇ、外は!気持ちいいわ!」
両手に花ですね。はっはっはぁ、
『船と桟橋』亭では、ホール係がフリアとユキの2人しかいないので大忙し。
サヨさん早く帰ってこないかな?あんな兄貴ほっとけばいいのに。
デニスさん大丈夫かなぁ?村は大丈夫かなぁ?
ユキことパリザは、デニスのこと、村のことを心配していた。
今は、母と2人で部屋を借り、2人とも船と桟橋亭で働いていた。
給料など待遇に文句はなく、幸せな時間を過ごしている。
船と桟橋亭では、他にアツギ夫妻、ムジアも雇って貰っていた。
お兄ちゃん帰ってきても居場所はないわね。
役場で水道工事に雇って貰えるかなぁ?
フリアは真剣に心配していた。
サン=アデレードまで後2日と言うときになって、エミィがアルスローランを呼ぶと、
「明日からは3人で行くわ。貴方は城のことを片付けてからじゃないとこれないでしょ?」
「申し訳ない!早急に片付けます。」
「慌てなくて大丈夫よ!ねえデニス。」
えっ、僕?
「取り敢えず、船と桟橋亭に帰りますんで・・」
そうね、
「ソフィとデニスの結婚式をしなきゃいけないし、そうなると私とデニスの関係を精算しなきゃいけないのかなぁ?でも、デニスに捧げた私の操は帰って来ないし、どうしたらいいのかしら?」
僕はエミィの眼にじぃ~と捉えられると、
何か、身体の芯から震えが来るんですけど、逃げても良いですか?
「あら、デニスどうしたの?不満なの?」
「そうか!2人とも妻にしたいのね!」
僕の顔色が青くなっていく。
「姉様!冗談が過ぎます!」
ソフィが助けてくれた。
「だって!悔しいのよ!なんで私じゃないの?」
エミィはソフィに抱きつき声だけで泣いていた。
「姉様!何をしても、言ってもデニスは譲りません!」
え、姉妹の修羅場・・
抱きついていた顔を離して、エミィは、
「よくわかったわ!あなたの覚悟が!」
再び、ソフィを抱き締めた。
そして僕の方を見ると、
「この唐変木!あなたが抱き締めなきゃいけないのよ!」
そして、ソフィに
「この男は自分の価値をわかってないわ。あなたがちゃんと導いてあげなさい。」
面目ない!オロオロして何も出来なかった僕は抱き締めるべき相手をはっきり認識した。
アルスローランは城に入った。
まず父テオドルス侯への帰還の挨拶をする。
嬉しいことに横には兄パルスローランが車椅子ではあるが隣席した。
砦から先に送った薬が効き、かなりの回復をしていた。
父は『自らを罰する宣誓書』を表して、引退の意向を明らかにした。
ただ、その時期は嫡子パルスローランが回復し公務に耐えうるようになった時とされていた。
その父から褒美は何が良いか?と聴かれ「この身の自由」と答え、集まった家臣たちから失笑を買った。
パルスローラン公子に仕える者からもケンドリック公子に仕える者にとっても、今回のアルスローランの活躍は次期『侯』の座を巡る競争においての強力なライバル出現と見なされていた。
アルスローランに野心がないことが確認されたことは両派にとってよい出来事であった。
パルスローランが執政タイランを呼ぶと一言二言まだ利かない口で囁いた。
「宜しいでしょうか?」
タイランが代弁を始めた。
「暫くの間、パルスローラン公子が回復するまででございますが、アルスローラン公子に代理を務めて頂きたいとのご意向でございます。」
「兄上!」とアルスローランが呼び掛け、続けて「ここからがテオドルス家の正念場でございます。代理など不要です。兄上の考える道をお進みください。まわりには有能な家臣が綺羅星のごとくおります。私など不要です。」
涙ぐむパルスローランと対照的に不貞腐れているケンドリックがいた。




