5−10 天狗
僕は昼間、陣地の補強のペースを落とし、兵士を半分に別け休息を取らせることにした。
夜は猿人の攻撃が続き、皆眠れないので昼に寝せておこうと考えた訳だ。
フェンリルが「奴ら洞窟の中に入ったり出たり神出鬼没なんだ、厄介だぞ!」
僕はフェンリルに出来れば王を倒して欲しいと頼んだのだが、王は用心深くなかなか姿を現さない。
初日こそ猿人の2、3頭を倒したが、次の日からは警戒され単独行動をする猿人もいなくなった。
猿人たちも用心するようになってきた。
その夜、フェンリルが帰って来ると豆柴の姿になり、左の後ろ足を引き摺っている。
ソフィが背を撫でると手に血が着いた「どうしたの?」優しい声に「酷い目に遭った。
奴ら俺様に罠を仕掛けやがった。」と言うと眼を閉じてしまった。
エミィが「フェンリルは暫く使い物にならないわね。」
次に僕の方を見ると、「そろそろ、やって来るんじゃないかしら?」
フェンリルが薄目を開けて、
「姫様、逃げ出す寸前に猿人の王『天狗』と意識を覗くことが出来た。眠る前にそれを伝えておきたい!」
エミィは僕の手を握る。僕はソフィの手を握った。エミィは空いている左手をフェンリルの頭に添えた。
瞬間、エミィを通して映像が流れ込んできた。
天狗は怒っている、それも狂い死ぬほどだ。だが、一方で仲間の死を悲しんでもいた。
そして、天狗の過去。
父や母、兄弟と過ごした幸せな子供の頃、青年期には仲間と無茶な冒険もした。最も幸せだった頃の『幸福感』。
大人になり天狗が群れを指導するようになった。
群れは順調に数を増やし、猿人社会で一目置かれるようになった。
自分に家族が出来た時、子供が生まれた時に感じた『喜び』
自分を慕って集まった仲間、共に闘う仲間に感じた『慈しみ』
自分のテリトリーを犯す人間に戦いを挑み破れた時の『敗北感』
仲間を守りたいと感じた『責任感』
絶頂期に人間の罠に捕まった。
暴れて暴れて何とか逃げ出そうとしたが無駄だった。
この時に感じた『焦燥感』
人間は自分達を色々な実験の被検体として使った。
色々なクスリを飲まされ気がおかしくなって狂い死にするもの。
胸を掻きむしりながら死んでいくものもいた。
この時の感情は『怒り』
様々な実験で最後まで生き残った4頭の雄の猿人。
実験を行う人間を頭の中に焼き付けて思う感情は『恨み』
やがて大森林に放たれた。
必ず施設へ帰るように教育されて。
数日、実験施設に戻らないと頭が割れるように痛くなり、戻りたい衝動が起こる。
結局、自ら戻ってしまう時に感じた『諦感』
他の3頭が人間と魔獣に殺された時に感じた『淋しさ』
二度とあの施設には戻らないと決め、頭痛と恐怖に耐えた時の『苦しさ』
猿人と人類のどこに違いがあるのだろうか?
猿人は平和に暮らしたかっただけなのに。
人間にいいように使われた。そこを逃げ出し知恵を搾ってここまできた。
まだ、追われるのなら、生きるために闘うだろう。
フェンリルの意識が途絶えた。
エミィがフェンリルから手を放すと「しばらくお休み。」と優しく撫でていた。
僕はショックだった。僕たちと姿形が違うだけで、同じような感情を持っているんだ。
同じように家族を愛し、仲間を慈しむ心を持った者たち。
僕たちとどこが違うと言うのだろう?
仲良くすろことはできないのだろうか?
「デニス、あなたの心は美しいわ!」
エミィが僕の顔を下から覗き込み、
「そんなデニスが好きよ。でも、彼らは私たちと違い過ぎるのよ。」
エミィはさらにソフィの手も取ると、
「私たちとは意思の疎通ができない。法を理解しない。何より彼らは人間を食料にするのよ。人類が滅び彼らが次の支配者になるかも知れない。でも人類とは相容れないわ。」
人間が彼らに追われ刈られて生きたまま食べられる。
彼らは恐怖に支配された人間の脳を美味しいと感じる。
この映像には吐き気を感じる。
「心で思ってもどうしようもないことなのよ。私やソフィが生きたまま彼らに食べられるところを想像してみて!」
エミィやソフィの悲鳴が聞こえる、僕は半狂乱になりながら、絶望の剣をふるう。こんな場面を想像して身震いした。
エミィの言うことは分かる。でも、ほんとにどうにもならないのだろうか?
あまちゃんの僕はどうにもならないことを考えながら眠りに落ちた。
ずっとソフィが横にいてくれたらしい。
朝になりテオ兄ぃが訪ねて来た時、僕はソフィの膝で眠っていた。
テオ兄ぃとソフィの話声がどこからか聞こえて来て目が覚めた。
目の前にソフィの顔があって「おはよう。」と言ってくれた。
テオ兄ぃは「デニス!羨ましすぎる!絶対許さん!」と朝から大声が出ている。
僕は自分の体制にやっと気付き、飛び起きた。「ソフィ!ごめん、重かったろう?」
ソフィは首を振ると
「できれば、ごめんではなくありがとうの方が嬉しい。」
僕は慌てて「ソフィ!ありがとう!」
エミィは夜通しで豆柴を抱き締めて力を注いでいたらしい。
豆柴にはもう少し働いてもらわないと、と言いながら優しさが滲み出ているようだった。
隊列の一番後ろをうろうろしながら付いてきていたクドラドが珍しく僕の天幕にやって来て、
「ここの岩は面白いぞ!大きな空間と言うか隙間があちこちにあって、調べるとかなりの隙間が繋がっているんじゃないか?」
最初、クドラドが何を言っているのか理解出来なかった。
「つまりだな、ここの岩の隙間から入って猿人どもの棲家に行くことが出来るかもしれんと言うことよ!」
と言うと仕事は終わったとばかりに天幕を出て行った。
「こっちから行くことが出来るとすると向こうから来ることも出来る。だとすると、これはチャンスなのかピンチなのか?」
また、決断か!




