5−6 猿人
アルスローランが語る驚愕の事実にさすがの僕も驚きは隠せなかった。
アルスローランの父、現テオドルス候が『哲学者の覇王』と呼ばれるようになったのは武力を用いずに王国内争乱を未然に防ぎきった功績からです。
その交渉力、胆力は他に類を見ないのではないでしょうか。
自分達の街が戦場にならず自分や家族が生命を取られなかった国民、特に庶民からの人気は絶大でした。
父はその評判・人気ゆえになかなか武力行使に踏み切れないということもあったようですが、壮年時代までは何の問題もありませんでした。
跡継ぎも兄パルスローランが優秀で
評判もよく何の心配もなく順調だったのです。
それでも父は徐々に不安に苛まれるようになっていった。
テオドルス候国の軍はこの20数年戦をしていない。この軍隊がいざというときに役に立つのだろうか?
その時、自分の領民に『死ね』と言えるのだろうか?自分の評判はどうなるのだろうか?
考えれば考えるほど不安が募っていく。
そんな時に、青縁の隊長ヤリガが脳科学者ベン・へラクと医師アリシア・ガルシアを連れて現れた。
青縁(特別騎士団第4部隊)がどういう部隊か?ある程度はご承知だと思いますが、この部隊の構成員はほぼ貴族です。気位が高く他の部隊を見下しているところがあります。
そんな部隊の隊長であるヤリガは手柄を欲していたんでしょう。
ちょうど父の不安と相まって、一つのプロジェクトが始まりました。
大森林に住んでいる猿人を人の言うことを忠実に実行する戦猿にしようとしたのです。
猿人は丁度進化の過程を急激に進んでいて、教えれば火を使えるようになるのではと言われていました。
猿人の脳に刺激を与え、進化を早めその過程で人を敵と味方に区別させよう。そして、敵と判断した者を攻撃させようとしたのです。
ベンとアリシアは猿人の脳に彼等の言うところの『魔石』を埋込み、人には聞こえない音による指示で動かそうとしたのです。
20数頭に実施して4頭が残りました。この4頭をリーダーに訓練を繰り返しました。
一つ困ったことがありました。猿人は家族以上の集団を作りたがりません。つまり、戦闘単位として小さすぎるのです。
これを解決するために脳に影響のある『クスリ』を処方していたようです。
この時の、実験場が姫様やデニスさんたちが行った『サンジューク砦』だったのです。
砦は青縁が管理していました。
猿人に襲われて首が並べられていたのは8割が囚人だったようです。
死刑を廃止している候国でこれだけの囚人が処分されたのは前代未聞です。
砦には地下に研究施設を設けてあるようです。
砦は襲われたのではありません。青縁がそう見せ掛けたのです。
その後、姫様とデニスさんたちに4頭の内3頭が倒されました。
ただ1頭残った個体名『AC3 』通称『天狗』は、命令を聞かなくなり、独自に猿人たちを纏めて、大森林の中に王国を創りはじめています。
これが大森林の中だけに限られればいいのですが、大森林から出て周辺を襲うようになれば大変です。
猿人は500頭ほどと推測されますが、大森林が養えるのはこれが限界ではないかと思っています。
猿人たちが繁栄を求めれば、必ず周辺に出てきます。
そうなると、我が候国だけの問題では済まなくなります。
今のうちに手を打って置く必要があります。
父も自分の過ちに気づいたようで、青縁をサンジューク砦に派遣しました。
どのような結果を持って帰ってくるか、あまり期待はしていません。
最も確実な解決策は猿人の王、天狗を殺すことです。
今日の戦闘の話を聞くと、天狗は猿人を手足のように使っているようですね。
猿人の中に天狗に感化され進化しているものたちがいるように思えます。
猿人は500、我が軍は5000で10倍ですが、戦力としては互角かもしれません。
姫様の使い魔や神器に頼ることになるかもしれません。
さらに援軍を要請しようと思っています。
何といっても、我らの拠点は知られているのに猿人の拠点は皆目分かりません。これでは勝負になりません。
天狗を捜すため人海戦術を採ろうと思っています。
手持ちの兵力では心許ないですが、デニスさんの協力は必須です。よろしくお願いします。
おい、おい、この状況で・・断れんじゃないか・・
この戦いが終われば、我がテオドルス家は懺悔をしなければなりません。
自らが自らを罰することになるでしょう。私のテオドルス家の一員として罰を受ける覚悟です。
口惜しいのは、姫様に剣をお返し頂かなけれはならないことです。
ヨタロウさん!今はそんなこと考えている暇はないですよ!猿人の拠点をどうやって捜すか、考えなければ。
僕に1つだけ方法があります。
ここにいる豆柴ですが、実は姫様の使い魔です。
「誰が使い魔だ?俺は神だぞ!」
心話で不貞腐れた声が聞こえた。
「名は大神。彼に捜して貰いましょう!」
フェンリルは今度はご機嫌な声で、
「うむ、大神か?それはよいな。デニス、この仕事が上手く行ったら姫にもそう呼ぶように言うてくれ!」
僕はサンジューク砦でのことを思い出していた。
女騎士ララと出会った時、隠し部屋の中だったが、あの部屋にはさらに秘密の部屋への入り口が在ったのかもしれない。
ララはそんなに強い感じはしなかった。どちらかと言うと『文』で『武』ではないだろう。
この研究に協力していた『従』にしか見えなかった。あの女が主導していたのだとしたら、あの女、相当にしたたかだ。
そして何も知らないのは自分たちだけだったのだ。
話をしている間に夜が明け、救援隊の準備が完了したと報告があった。




