5−5 奮闘そして退却
「オレの出番はなしか?つまらん。」
豆柴が呟いていた。
カーリャは猿人の攻撃中、デニスの服の袖を握って放さず、その後ろに隠れていた。「カーリャさん、もう大丈夫ですよ。」やっと手を放すと恥ずかしそうに、「実戦は初めてでした。」と打ち明けた。
その素直な告白に「意外に可愛いところがあるんだ。」と僕も笑顔になった。
テオは、最後まで弓を引くなど活躍し、騎士たちから勧誘を受けていた。
マヌエル隊長は、猿人の遺体を見ながらしばらく考えると、
「もう少し進みましょう。」
赤縁騎士団は予定通りさらに奥へと踏み込んで行く。
「マヌエル隊長!速すぎます!」
地図作成の測量が間に合わなくなるほど騎士団は自分では気付かぬ内に逸っていた。特別騎士団も精鋭ではあるが実戦は初めてであった。
さらに2日進んだ日の夕方、正面の樹上に猿人が現れた。
真ん中の樹上に一際大きな猿人が立ち塞がり、その左右の樹上にも猿人こちらを威嚇するように立っている。
その手には剣や戦斧といった武器を持ち、一言も声を発することなくこちらを見ている。
いつ襲い掛かってくるのかと正面に気を取られているといつの間にか周囲の樹上にも次々と現れ、僕らは囲まれてしまった。
そして樹上だけでなく地上にも猿人が湧くように現れ、僕らは逃げる道を失った。
「円陣を作れ!」マヌエル隊長の命令が飛ぶ。赤縁騎士たちは迅速に行動した。
沢山の生命が存在する空間であるのに音一つしない静かな一瞬が流れた。
「キー、ギャー!」正面の猿人の合図で攻撃が始まった。
円陣の槍衾に対し、猿人は弓矢と投げ槍で攻撃してきた。 矢は盾で防げるが近距離から槍を投げられると盾の受け手がぶっ飛び、その度に円陣が動揺した。
猿人の一方的な攻撃が弛んだ隙に僕は豆柴を円陣から出した。
続く攻撃はそれまでの攻撃と打って変わり円陣の一ヶ所を集中的に攻撃し始めた。
一人の盾が投げ槍に割れ飛び、そこを目掛けて猿人が殺到する。
カーリャが僕の後ろでしゃがみこみ僕の服を握って離さない。
テオは殺到してくる猿人に対して最初は弓で後には槍で対抗していた。
僕はカーリャの手を優しくほどくと前に出てオハンの盾を大きく展開した。
猿人はオハンの盾にぶつかり、そこから前には進めなくなった。
樹上からその様子を見ていた猿人の王は、「ギャー!キッキー!」と叫んだ。
その声に猿人の一部が反応して円陣の裏側からも攻撃を始めた。
正面の攻撃はオハンの盾で防げるが、裏にまで手が回らない。
これほどの作戦を立てることができる猿人の王とは何者なんだ?
テオが裏に走り弓を射はじめた、その時、一頭の猿人が円陣の中央目掛けて樹上から飛び降りてきた。
突然の行動に騎士も防ぎかねて円陣内への侵入を許してしまった。
侵入した猿人は円陣内で戦斧を振り回し始め、あっという間に5人の騎士が血飛沫の中に倒れた。
僕の前には常に赤縁の騎士がいて僕を守ろうとしていた。有難いがはっきり言って邪魔。これではグングニールの槍が使えない。
円陣が持たないと思った時、フェンリルが
「そろそろ手伝おうか?」と心話で伝えてきた。
「頼む!」躊躇なく頼んだ。フェンリルの存在の言い訳など生き残らなければ意味はない。今は生きることが最優先だ。
マヌエル隊長は自ら飛び込んできた猿人に対していた。2合3合と打ち合う内に猿人の背後からテオが槍を突き入れた。
絶叫と共に猿人は倒れた。
円陣の外では猿人たちの絶叫が起こっていた。
巨大な狼が猿人を襲っていた。こちらで首を食いちぎると次はあちらで踏みつけて押し潰しと次から次へと猿人を殺戮していく。
樹上でそれを見ていた猿人の王は、目を見張って、フェンリルを見ると、
雄叫びを上げた。
退き時と判断した猿人の王は、自らが殿になると撤退を支えた。
僕は、猿人の王に向けグングニールの槍を投げたいという誘惑に駆られたが、グングニールの槍の回収に一抹の不安を覚え躊躇した。
何故かソハヤの剣を振るってグングニールの槍を回収したソフィを思い出していた。
ソフィ・・名を呼ぶと胸のペンダントを握りしめた。
この隙に猿人の王は去っていった。
何とか猿人を退けたが、被害は甚大だった。
カーリャは戦闘中と人が違ったみたいにケガ人の手当てに奔走していた。
あの狼は神獣であろうか?
「おい、神獣だってよ。」豆柴に話しかけると満足気な顔をしていた。
「デニスさんは何か知っているんじゃないですか?」
マヌエル隊長が僕の傍に来て聞いてきたので、
「アルスローラン指令の使い魔じゃないでしょうか?指令は大神(狼)と呼んでおいででした。」
ヨタロウさん上手くやってね。
マヌエル隊長は、「大神かぁ!」と何故か納得していた。
けが人の応急手当てが終わると急いでここを離れることが必要があると考えられた。
ここは猿人のテリトリーの中に深く踏み込んでいるものと考えられる。
死者12名、重症者9名を残り70名で運ばねばならない。
死者を埋葬して行くことも考えたが遺体を猿人の手に委ねるのは偲びなかった。
全員で手分けして、支えながら帰路につく。とにかく無事帰ることが大事である。
来る時に整備しながら来た道を帰るので、来る時より遥かに楽なのだが、遅々として進まない。イライラが募っていると、豆柴が、「見張られているぞ。」と言う。
テオが少し前を進み警戒を怠らない。
その夜、マヌエル隊長に「このままでは重症者も危ないと思います。アルスローラン指令の大神に砦に連れて行って貰おうと思います。一刻も早く救援を呼んで来ます。」
普通に進めれば2日ほどの距離である。フェンリルに乗れば砦まであっという間だ。
早速、豆柴と宿営地を出るとフェンリルの背に乗り砦へと急いだ。
砦の門番に名乗るとすぐに、アルスローラン指令の執務室に通された。
夜中なのにまだ仕事をしていたようだ。
僕は猿人との戦いと赤縁の現状を大袈裟にならないよう語った。
その戦い方の進化に驚愕したようだった。
「救援隊を明日朝出せるように準備する。デニスはご苦労だが共に行ってくれるか?」
猿人との戦い方が確立しない内はフェンリルの存在が必須だ。
この夜更けに総員起こしの命令が発せられた。
そして、アルスローランが僕に、
「朝まで少し時間があるから『猿人』について、話しておこうか?」




