5−2 敗戦
第1騎士団は、砦ではなく浜辺近くに急造した陣地にいた。
砦が襲撃を受けたことを知ったのは襲撃後間もなくで、マハーク隊長はすぐに砦へ向け、部隊の総力をあげて向かった。
裏門から突入すると、両軍入り乱れての白兵戦が展開されていた。
ただ、我が軍が徐々に押され始めていた。
1対1では体格的に敵わない。
何せ総司令が一番に逃げ出していて、公式に指揮を執るものがいない。
陸軍第3師団のリビオ司令は、海岸の測量班と共に戦略的な上陸場所と築城場所を探しに出ていた。
通常、司令がやる仕事ではないがケンドリック総司令との関係がこじれ始めて、お互い距離を置いた方がよいとの判断からだった。
マハーク隊長は、その状況を視てとると、大声で指示した。
「一人で闘うな!周りの者と固まれ!」
その指示のお陰で、戦闘は徐々に均衡してきた。
マハークが見る限り、味方は1千名ほどか?敵は動きが早く掴みがたいが、3百までいない。
よし!今だ!とばかりに自分の股肱の騎士達に命じた。
「陸軍の兵を纏めながら左右から包囲するぞ!」
しかし、包囲陣が完成する前に、敵に叫び声が起こり、まるで木霊するように全ての猿人が同様の叫び声をあげて撤退を始めた。
陸軍の兵の中には勝ち馬に乗り、逃げる猿人を追い討ちしようと追う者もいたが帰ってくることはなかった。
太陽が大森林の東から昇り始めると、次第に砦の中の凄惨な状況が顕になってきた。
マハークは、指令部に入り総司令を探した。そこに総司令の姿はなく死体も無かったため、片付けをさせていた多くの兵を捜索に振り向けた。
やがて、被害状況が分かってきた。
兵は200人弱が失われ、重症者も100人程でていた。
ここでの治療が難しいため、アロナ=ヒントあるいはサン=アデレードまで運ぶ必要がある。
応急処置を施し、船に収容するよう指示を出した。
地獄の門の砦に連絡に行った騎士が戻り、総司令が地獄の門の砦に避難していると伝えた。
「避難している?総司令がか?」とつい聞き返した。
副官を呼ぶと、耳打ちし地獄の門へと送り出した。
戦死者の弔いをすべく、広場に遺体を集めて従軍牧師が祈りを捧げる。
マハークは弔いが終わると砦を視て回った。
この高さの塀を飛び越えて逃げたのか?
武器をかなり奪っていったみたいだな。やはり知恵がついているのか?
などと考えている。
一つ、思いついたことがあった。
一度試してみるか?
地獄の門の砦では、ケンドリック総司令がイライラと部屋を動き回っていた。
コンコン、とノックの音がすると、
「第1騎士団マハーク隊長の使いであります!」
とマハークの副官が入ってきた。
さすがのケンドリックも昨夜の行動を後悔していて、言い訳を考えているところであった。
副官は、マハーク隊長の伝言であります、と断り、
総司令には、一刻も早く傷病兵と村人を連れて、サン=アデレードに帰還して頂きたい。
そして、こちらの状況を伝え援軍を要請されるべきです。
傷病兵は、こちらの闘いの証明であり、村人は領民保護の先例になりましょう。とのことです。
その伝言を聞いたケンドリック総司令は、これまでにない早い動きで、船をサン=アデレードに帰す決定をすると自身はさっさと船に乗り込んでしまった。
リビオ師団長は沿岸の測量や調査を半分程終えると風浪が強くなったため船を泊地に戻した。
泊地に戻ると船が一艘しかいないのを訝しんだ。
浜辺に上陸すると師団指令部の参謀が走り寄ってきて、猿人の襲撃の事実を伝えた。
唇を噛み締めると、砦に向かいその途中歩きながら被害状況を聞いた。
マハーク隊長と再会するとリビオ司令は頭を下げた。
「あなたが謝ることではない、この体勢を採ったのは総司令の命令でしたからな。」
「それより、これからのことを考えましょう。」
二人は、残った兵を再編し、砦の防衛に全力を注ぐことと猿人の調査をすることを決めた。
蒸気船は、最大戦速でアロナ=ハンナ沖を駆け抜けサン=アデレード港に入港した。
船を降りたケンドリック公子はそれまでと違い、薄汚れた鎧を着て頭に包帯を巻いて馬を日の出大路に進めた。
それを見た民衆は、「何があったのか?」「テオドルス候は戦争をしないのではなかったか?」と大騒ぎになった。
その後を傷病兵を病院へ運ぶ馬車が続き最後にウルマン村の住民が続いていた。
テオドルス候が開拓村を救ったと言う噂が流されていた。
ウルマン村の住民を収容するために宿屋が何軒か借りきられた。その中に、宿屋を始めたばかりの『船と桟橋』亭も入っており、4部屋を提供していた。
パリザは、村人が役人に付き添われてやってくるのを今か、今か、と待っていた。
母ヨーシャの姿を見た時、「おか~あさん!」と満面の笑みで飛び付いた。
横にはアツギもいて、ムジアと肩を抱き合って喜んだ。
城ではケンドリック公子が父テオドルス候の前で猿人との闘いの報告をしていた。
「我々を包囲する猿人を切っては捨て切っては捨てて頑張りましたが、多勢に無勢、いかんとも致しがたくこのようになりました。この責任は全て自分にございます。」
父への話し方を心得ているケンドリックは、自分は頑張ったがどうしようもなかったと言いたいのだ。
「ケンドリック。多勢に無勢と言うたがどれ程の数がいたのだ?」
「おおよそ5千程であろうかと。」
「ご苦労であった。」
下がるケンドリック公子は唇を歪めて笑っていた。




