1−1 これは、やっぱり罰だよなぁ
これは罰以外の何物でもないよな。
僕は、時空を漂っている。
乳白色のしっとりとした気体の中を浮き沈みしている。
目は遠くまで視えているが、視界に入るのは単一の色だけだ。
仕事に疲れて家に帰り寝落ちする。とたまにこうなる。
寝ている?間、何処か別の世界に堕ちて行く。
前回はいきなり奴隷だった。
気が付くと手枷足枷をされ、売られていった。
そして。強欲な領主の農業奴隷となった。
この世界に8年いた。
必死にもがいて、やっと抜け出した。
そして、突然に戻ってきた。いつの時も運が上向いたと思うと帰ってくるのだ。
苦しい時だけを過ごしている感じだ。
そして帰ってくるとこちらの世界では次の日の朝で、仕事が待っているのだった。
今、28歳だけど体験的には100歳を優に越えている。
朝、仕事に行く度に顔に新たな深い年輪が刻まれていっているのではないか?
周りの人から見ると毎日、別人に見えるのではないか?
ほぼ、仙人だろう(笑い)
いつからかって?
1年ほど前からかな。
一度だけ、世界線が近いな。という世界に堕ちた事がある。
信長がいた、秀吉もいたが光秀がいなかった。という世界であったのだが僕はただの足軽だった・・
今回はどんな世界に落ちていくのだろう?
まだ、前回の心の傷は癒えていない。
どんどん心は傷ついていく。
その内、壊れそうだ。
やはり罰以外の何物でもないな。
そう思うといきなり重力を感じた。
視界にその世界が俯瞰して映り、
そして目を閉じた。
腰に痛みが走った。
「起きろ!」
目を開けると、目の前に甲板長がいた。
「ここで寝るなと言っただろう!ジャマだ!」
僕は意識が次第にハッキリすると状況を認識した。
僕の名前はデニス、17歳。船乗り。デニスの人格を乗っ取った上でデニスの記憶も持っている。
飛び起きて、帆の巻き上げ作業に走った。
港に入るため帆を下ろす作業中だった。
船はバレリア海を横断してアレハンドロ候領の港湾都市ベイザに入った。
大きな港湾都市で設備も充実している。
この地方で最も栄えている都市でもある。
港は商人に港湾労働者、それに関わるもの達の熱気が溢れている。
街はアレハンドロ候の主城がある岡を中心に城下町を形成し、騎士や兵の住処があり、その周りを商人や職人が街を創っている。
そして、その南側に港があった。
泊地で帆を下ろすと岸壁に接岸するためにタグボートが来るのを待った。
タグボートは小型の蒸気船だ。
小さな船体からもくもくと煙を上げながらエメル=ハル号を押していく。
タグボートは船の片舷に2隻、舳先を押し付けながら押したり引いたりしながら岸壁に近付いていく。
普通の港湾ではエメル=ハル号クラスのクリッパーは沖に停泊し瀬取りで荷役をする。
それは、帆船も蒸気船も同じである。
蒸気機関の発達で大型船もタグボートの様な小型船も風や人力に頼らなくなっている。
就航した時には世界最速と持て囃されたエメル=ハル号も時代遅れの老船となっていた。
「でも、この船にはこの船の良いところがあるのさ。」船長は言う。
「蒸気船は石炭がなきゃ走れない。船倉の半分は石炭の居所さね。この船はその分も荷を積めるんだ。」
そして笑いながら、
「汚くなくて良いだろう。乗組員にも石炭の荷役なんて汚れ仕事はやらせたくないからな。」
紅茶や香辛料をこの港で積み込み母港であるテオドルス候領サン・アデレード港へと向かう予定である。
荷役の間、乗組員の半舷上陸が許される。
「デニス準備出来たか?」
デニスがテオ兄ぃと呼ぶ兄弟同然のテオ・カスマが声をかけた。テオは海のこと、商売のことを教えてくれた。
「テオ兄ぃ、オーケーだ。」
二人は荷物を担いで船のタラップから降り立った。
船員は担げるだけの荷物を船に持って乗ることができる。
つまり、寄港する港で小さな商売が出来るということだ。
僕とテオ兄ぃは前の港で紅茶を仕入れてきた。
このベイザで紅茶を売り香辛料を仕入れるつもりだ。
今回の航海の利益で目標額に達するだろう。
母親と一緒に小さな居酒屋を兼ねた宿屋を開業するつもりだ。宿屋の名前は『船と桟橋亭』に決めていた。航海中、名前を色々と考えていた。
あぁじゃない、こうじゃないと暇な時間に考えるのは楽しい一時だった。
船を降り、石張りの荷捌き地から倉庫が建ち並ぶ一画を過ぎると荷役の男達が忙しそうに行き来し、倉庫横に出ている屋台が賑わっている。
お腹が鳴るのを押さえながら二人は、紅茶の小売店を目指した。
「もう少し、色を付けて下さいな。」
4軒目の店で茶葉の価格交渉をしていた。
小口の取引だから問屋に行かず小売店を回っていた。
問屋を通さないだけお互い有利だからだ。
「最上級ではありませんが中の上の茶葉です。もう少しお願いします。」
テオは拝まんばかりに懇請した。
「では、こうしましょう。その値段で買う代わりにこの手紙をフィリップ船長に届けて下さい。」
えっ、・・
店主は笑いながら、
「大丈夫ですよ。今回の取り引きとは関係のない事ですから。」
横でそのやり取りを見ながらただオロオロしている自分が歯痒いばかりだった。
金のはいった袋と船長宛の手紙を持って、ひとまず船に帰ることにした。
「デニス、香辛料の買い込みは止めとこうや。嫌な予感がする。この金だけでもかなりの儲けだし。」
僕は正直、香辛料を仕入れたかった。もう少しで目標の金が貯まる。ここで止めるとまた来年も船に乗らなきゃいけない。
「ですね。でもテオ兄ぃ、香辛料の他に安全な品物はないんですか?」
テオはしばらく上を向いて考えると、
「そうだなぁ、わからねぇ!」
船長は手紙を読み終わると、手紙をヒラヒラさせながら、
「ジェラルドは他に何か言っていたか?」
50歳をいくつか越えただろう顔に深い年輪を感じさせる船長は元々海軍の出身という噂だ。
あの店主、ジェラルドと言うのか?
ッて、知り合いなのか?
「甲板長と腕の確かなもの2,3人付けるからもう一度行って、荷物を受け取ってこい。」
船長はニヤリと笑い、
「稼いだ金を持っていくと良いことが有るかも知れんぞ。」
と意味深なことを言った
さっき来た道を今度は5人で引き返して、城とは反対側の山の麓の茶舗に向かった。
テオ兄ぃと二人、先頭を歩いて行くが、テオ兄ぃは何にも喋らない。
普段あれだけ冗談ばかり言っている人間なのだが、押し黙って何も喋らない。
僕もだんだんと気まずくなってきて、
「テオ兄ぃ、俺達何か悪いことした?」
「してねぇ・・と思う。」
声が震えている。
付いてきた3人は甲板長と船の戦闘部隊の剣士に弓士の二人、何でも船長の私設部隊という噂だ。
日頃から怖くて近付けねぇ!と思っていた2人が後ろを歩いている。
背中に刃物が付き立てられた感覚とはこういうものか?と思うとふっと笑いが出た。
「デニス、何かおかしなことがあったか?」
甲板長が真っ黒い顔から真っ白な歯を覗かせて言う。
「すいません!びびってしまってつい!」
正直に答えると
「まあ、笑えるのも今のうちだ!笑っておけ!」
ぶるっと震えてしまった。いったい何が起こるの?
久々の投稿です。
他で上梓した作品を書き直しながら載せてみたいと思います。
よろしくお願いいたします。