VS天将 2
殴られた……感触はない。
ただ、空気が私の額を掠めただけだ。
恐る恐る目を開けているように、ゆっくりと目を開いてみると、そこには見知った顔が増えていた。
「ふぅ。危ないところだったな、ミサさん」
「……なんでアンタがここに居るのよ」
ギルド『七星』のタンク――シン・シルヴィウスが赤チンピラの拳を私から防いでいた。
ギルドのあちこちで黄色の歓声が上がる。解せぬ。
「たまたま歩いていたら偶然見かけてさ。気がついたら体が動いていたよ」
「あ、ありがとうございます」
「いいか。今日みたいに怒っている人に挑発するような言葉を使わないこと。いいな?」
「……善処します」
シンは笑顔で頷くと、ずっと受け止めていた拳を上から握り返した。
赤チンピラが悶絶し、掴まれた胸ぐらが解放された。
「ぐぁぁぁっ!!は、離せ!俺はお前に用はない。そこの買取嬢が生意気な口をがぁぁっ!!」
「Bランク冒険者のレイガー・レンフェル。まともに話すのはこれで初めてだな。俺の名は」
「し、知ってる!Aランク冒険者、『七星』のシン・シルヴィウスだろ!?だからその手を離して」
「そうか。知っているなら話は早い。いいか、よく覚えておけ。俺は、いや俺たち『七星』はミサさ……受付嬢、買取嬢に手を出す愚か者には容赦しない。分かったらさっさと帰れ」
「く、くそっ。覚えてろよっ!!」
シンが赤チンピラ――レイガーを解放。
やや涙目になった馬鹿は、何度も躓きながらどこかへ走っていった。
拍手と歓声がギルドのあちこちで上がり、力が抜けた私はその場に座り込んだ。
「ふぅ……疲れうわっ!!」
「ぜんば〜い!!だずがりまじだぁぁっ〜!!」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃのシャラちゃんが私に飛びついてきた。
こういうところはまだ幼い。そこが可愛いのだが。
「ミサさん、怪我はないか?」
「えぇ。ちょっと手が痛いくらいです」
「そうか。きちんと手当するんだぞ……よそよそしいミサさんも素敵だ……」
後半は聞き取れなかったが、きっと私の手が痛いフリを心配してくれているのだろう。
全くの嘘だが気が付かれてないのなら良し。
誰にも見えないようにシンはこっそり片目を瞑ると、私に背を向けた。
「んじゃ、俺はそろそろ帰るよ」
「はい。本日はありがとうございまし――あ」
「ん?どうした……なんか、笑顔が怖いんだが」
私はサッと一枚のメモを作ると、素早くシンのポケットに入れた。
イケメンはギルドの外でポケットのメモを読み――軽く身震いをすると、風のように駆け出していった。
シャラちゃんが首を傾げる。
「? シン様、何かあったんですかね?」
「さぁ?お腹でも痛いんじゃない?」
なに、私は何もおかしなことは聞いていない。
ただ、
『なんで私がチンピラを挑発したことを知っている?』
と聞いただけだ。
シンが来たのは私がチンピラを挑発した結果、殴られそうになった時。
あの馬鹿、私が殴られるまで待っていたな。
ま、助けてくれてことに感謝はするけどね。
私はポケットからハンカチを取り出すと、真っ赤になった後輩の涙を拭った。