VS天将
「ふふふ〜ん♪」
あぁ、今日はとても素晴らしい日だ。
いつもより書類を書く速度が上がっているのが、自分でもよくわかる。
隣で同じ仕事をしているシャラちゃんが横目に聞いてきた。
「先輩、今日はなんだか機嫌いいですね。この後、何かいいことがあるんですか?」
「ふっふっふ……これに気がつかないなんて、シャラちゃんもまだまだね」
「はい?」
私がさし示した先……ギルドの受付看板をシャラちゃんがよ〜く見て、目を丸くしてこっちを見た。
私も小さく頷いてあげる。さ、『正解』を言ってごらんなさい。
「今日はいつもより依頼が少ないです。つまり、これは買取をする私たちは、いつもより早く帰ることができる!」
「シャラちゃん……成長したわね」
私は涙を拭うふりをして、シャラちゃんはない胸を張って意気揚々と書類に向かい合った。
いつもなら筆の進まない書類の束が、今日だけは軽い!
いつもなら軽い雑談を交わしながら職務を遂行する同僚たちも、今日は黙々と仕事に取り組んでいる。
「(今日はどこか寄って帰ろっかなぁ。気になってたお惣菜屋さんにも行きたいし、読みたい本もある。お風呂にも少し長めに浸かって、風呂上がりにグビっと……)」
あぁ、素晴らしい。帰宅するだけなのに夢が広がる!
最近は買取業務が多く、帰宅が遅くなり、家に帰ったらとっととご飯食べて風呂入って眠るだけの生活が続いていた。
おまけに相場維持のために行うダンジョンの異常個体討伐も大変だし……。
神よ!願わくば今日のような何もない日を続けてくれ!
「シャラちゃん。私、ちょっとトイレ行きたいから受付の業務少しだけ代わってくれる?」
「はい!大丈夫ですよ」
同僚に呼ばれ、シャラちゃんが受付のカウンターテーブルに小走りで向かう。
今日の受付担当は楽でいいなぁ。人が来ないから立っているだけでお金がもらえるなんて。
こんな愚痴を言っても仕方ないので、当初からかなり減った書類の山を崩しにかかる。
「さて、次はこの買取表を……」
「あ゙ぁ!?もういっぺん言ってみろ、このチビ!!」
シャラちゃんが交代して少しした頃だった。
突然の怒鳴り声で、静かなギルド内の空気が凍りついた。
声の方角からして買取カウンター。シャラちゃんが何か失敗したのかな?
私は席を立つと、急いで後輩を助けに向かった。
「で、ですので、こちらのアイアンリザードの鱗は傷ありとなりますので、満額買取は難しいと……」
「はぁ?お前何様のつもりなの?こっちが命をかけて倒した魔物の価値を下げるわけ?俺たちの命なんてどうでもいいってことかよ、あぁ!?」
「ひぃっ……」
うわぁ、出たな冒険者クレーマー。
最近あまり見なかったけど、絶滅はしてなかったか。
私はシャラちゃんと冒険者……尖った赤髪のチンピラの間に割って入る。
「お客様、申し訳ありません。彼女の代わりに私、ミサが担当を務めます」
「せ、先輩……」
涙目の後輩を後ろに下がらせると、私は笑顔で対応。
カウンターテーブルの上に並べられた、傷だらけのアイアンリザードの鱗をひとつ手に取る。
「では、こちらの素材の状態確認をさせていただき……」
「んなもんいらねぇよ。満額買取。金貨3枚」
「申し訳ありません。ギルドのルールですので――」
「あ゙ぁっ!!」
赤チンピラに胸ぐらを掴まれた。
体が宙に浮かび、後輩が声にならない悲鳴をあげる。
チンピラが私の目と鼻の先まで接近。酒臭い……。
「……何度も言わせるな」
「ルールですので」
「殺されたいのか?」
「ルールですので」
「お前さ。一回痛い目見ないと理解できない、可哀想な頭をしているみたいだなぁっ!!」
赤チンピラが私の頭を掴み、拳を振り上げる。
避けようと思えば避けられる。
やり返そうと思えばやり返せる。
だが、それでは私の買取嬢人生が終わってしまう。
せっかく就けた夢の職業。少し大変だけど、相場維持も職場も意外と楽しいのだ。
ならば、ここは大人しく防御に徹するしかないっ!
「くたばれっ!!」
振り下ろされた拳。私は強く目を瞑った。