宝珠と身バレ 1
1話
「うぅ……もう朝かぁ……」
カーテンの隙間から差し込んだ朝日で目が覚めた私——ミサはベッドから体を起こした。
眠い目を擦りながらカーテンを開き、眩い朝日を部屋中に取り入れる。
窓の外では黒猫が日向ぼっこしていた。
「……さて、とっとと私も支度を済ませますか」
新聞を読みながら昨日の帰り道に露店で買ったパンを食べ、顔を洗い、歯を磨く。
ギルドで支給された、ちょっと可愛い制服に身を包み、髪を結ったら鏡で最終確認。
「うん、今日も準備完了!行ってきます!」
私は勢いよく家を飛び出した。
最果ての街エーリエス。
北には目と鼻の先に魔族領。
東に進めば数年前に発見されたものの、難易度が高すぎて未攻略のダンジョン。
西には悪魔が封印されたとか何とかの深い森が存在する。
文字通り立地最悪の街。常に死と隣り合わせ、というか挟まれている。
おかげで行き交う人は皆歴戦の猛者や英雄ばかり。最上級のSランクやAランクですら、ここでは翌日には遺体で発見される。
そんなエーリエスのギルドは常に賑わっている。
「買取番号191番の方!!」
返事がない。ただの騒がしい冒険者供のようだ。
……そういえば、ひとつ訂正がある。先ほどの賑わっている、というのは少々気品のある言い方だった。
正しくは『うるさい』である。
「買取番号1・9・1番の方ぁぁっ!!」
やや怒気を含ませながら、日頃の恨みを込めながら、枯れない程度に声量を強めてみた。
もし、初めて来る人が私を見たら怒っているのかと勘違いされてもおかしくないだろう。
……まぁ、八割ぐらいはキレてますけど。
「ん?なんだ、俺の番かよ。嬢ちゃん、もう少し声ださねぇと聞こえないぞ?」
大きな漆黒の鎧に身を包んだ騎士——Sランク冒険者、『影剣』のバルグが悠々と歩いてきた。
今すぐぶちのめしたい気持ちを隠し、笑顔で定型と化した謝罪文を述べる。
「申し訳ございません。以後、改善に努めてまいりますので」
「うむ。私のように強くなりたければ、さらなる鍛錬と経験を積み、日々の生活を――」
あーうるさい。話が長い。こいつふざけてんのか?
自分の美談をいちいち語るな。こっちはまだ仕事が山脈の如く残っているんですけど。
聞こえないようにため息をつき、私はカウンターの下から大きな麻袋を取り出す。
「そして!この私の影剣が奴の喉元を貫き――」
「買取の詳細を提示しますので、少々お待ちください」
「うむ。できれば高く買い取ってくれ。この私、『影剣』のバルグ自らが集めた魔物の素材は――」
自分大好きの言葉をさらっと聞き流しながら、私は詳細が出るまでに買い取る素材をカウンターに並べていく。
テキパキと袋から出していくと、受付待ちの冒険者からどよめきがあがった。
「おいおい。危険度Aのブラックリザードの鱗をあんなにも……」
「流石はSランク冒険者だな。格が違うぜ」
「私、実物見るの初めてなのよね……」
うん、ちょっと今数えてるから黙ってもらえるかな——なんて言えないので、とりあえず無視を貫いておく。
ただでさえギルド内は人でごった返しているのに、視線まで集めるとか不愉快極まれり。
……それにしても、こんなにレア素材がたくさん取れるなんて。繁殖期はまだまだ先のはず。
「あの、少しお聞きしたいのですが……」
「この私の冒険譚をか!?」
「……そうですね。では、なぜこれだけのブラックリザードの鱗を単独で回収することができたのかを教えていただけますか?」
「良いだろう!今日の私は機嫌がいいからなっ!!」
調子に乗るなSランク風情が。
そんな性格だから、引く手数多のSランクなのにソロやってるんでしょうが。
怒りと憎しみを込めた拳は机の下に。ここ数年で学んだ張り付いた笑顔でそれとなく聞いてみる。
「こちらのブラックリザードの鱗なのですが、どちらで手に入れたものでしょうか?」
「ダンジョンだ。適当に歩いていたら突然群れに襲われたんだが……そんなに強くなかったから、この私自らの手で蹂躙してやったわ!」
「ブラックリザードが……群れ?」
蹂躙譚を聞き流しながら私は頭をフル回転させた。
強力な個体であるブラックリザードが群れる理由は主に二つに分けられる。
ひとつ、繁殖期に複数の個体が集まり、産まれた子供を少ない親で守ら無ければならない時。
そしてもうひとつは……
「……黒龍が誕生した時に生まれた副産物、親のない子の群れか……?」
「ん?今何か言ったか——」
私は近くに用意しておいた買取表を手に取り、ブラックリザードの鱗……の遥か下にあるソレの値段を確認した。
0がひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ……。
次に足元の金庫の扉を開ける。中には大量の金銀銅の貨幣が入っているが——到底足りない。
「何か問題でもあったのか?いや、私の強さにやっと気がついて——」
「買取金額は金貨8枚と銀貨4枚です」
「は、はい……」
私は金庫から指定枚数の貨幣「は」取り出し、お客様の前に並べる。
この程度の鱗なんて安いものだ。
誰かが龍を討伐し、運悪くアレがドロップしてしまったら……うぅ。
バルグの背中に呪詛を吐き捨てる。
「黒龍の宝珠……あんなもの買い取ったら確実にギルドが破産する」
レア素材 黒龍の宝珠——金貨10000枚。
ギルドは公的機関である都合上、売りに出されたドロップ品を原則買わなければならない。
しかし、そんな高級な物を買う貴族はこの街にはいない。故にギルドは破産確定。
「そんなの……許せるわけないじゃん」
せっかく就けた夢の職業を、理不尽のせいで手放したくはない。
なら、もう取れる手はひとつだけ。