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Section09 恐怖追想


【Rghhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!】


 赤黒い空が日常の孤島(せかい)で。

 その雄叫びは、(ひと)を化け物に変えた。

 変貌した同胞の姿に、情けなく悲鳴を上げ。

 仲間を置き去りに、背を向けて走る。

 逃げなきゃ! 逃げなきゃ! 逃げなきゃ!

 強く抱いた死の直感に、体は正直だった。

 熱帯雨林の迷宮を、死に物狂いで駆け巡る。

 木の枝で、皮膚を切り付けられようが。

 躓いて頭を打とうが、構う暇なんて無い。

 この地獄を断絶した、天国が在ると信じて。

 長く、永く感じた、密林の出口を脱け出す。


 目の前で広がる光景に、私の足は止まった。

 何の為に走っていたっけ。

 必死だった理由を見失う。

 其処彼処(そこかしこ)跋扈(ばっこ)する、化け物に茫然。

 皮膚は泡立ち、雲のように爛れ。

 もはや肉塊としか呼べない人体は、どろどろ溶けた(カビ)の色に朽ちている。

 目は顔面より大きくなり、眼球の半分が血を流して露出。

 (ハエ)の複眼に変り果て、人だった頃の面影は無い。

 ()のような、尖った口吻を持ち。

 後頭部と背中から、透明な翅を無数に生やす。

 口針の鞘は開きっぱなしで、皮膚を切開する鋸状(のこぎり)の顎が覗いた。

 悪戯が成功して笑っているかの様。

 見る影も無い頭部は、胴体と分離。

 其々の切り口から、蚯蚓(ミミズ)の姿をした触手が蠢いており。

 ブヨブヨ浮かんだ頭で唾液を垂らす。

 強烈な酸の臭いを漂わせ、落ちた地面を溶融。

 近くに居た惨たらしい死体を、皮膚だけ残して溶かした。

 化け物の数よりも、顔や体を引き裂かれた骸が多い。

 誰かの痛々しい悲鳴が、空から聞こえた。

 思わず見上げてしまい、酷く後悔。

 醜怪なる獣に弄ばれ、仲間が悲痛な命乞い。

 掴まれた腕と脚は、握り潰されて壊死していた。

 途轍もない握力を以て、化け物は彼女の体を捻り出す。

 コリゴッギュルグググッルブチン!

 聞き慣れた、骨の折れる音じゃない。

 仲間の消魂(けたたま)しい絶叫は、濁って途絶えた。

 大量の血液と、粉々に砕かれた骨屑(ほねくず)が、私に降り注ぐ。

 錆臭くて生温い霙に( みぞれ )、腰が抜けてしまう。

 どうしよう、もう立てない。

 口に入ってしまった、コリッとした骨粉を吐き出す。

 ボトッ。

 地面に俯いていたら、落下音が鳴った。

 視線は少し上げるだけで済む。

 搾り尽くされ捻じれた彼女は、苦痛に歪んだ顔で固まり。

 瞳孔に光は無く、二度と動かない。

 視界が滲んだ。

 夢を見ているように端から霞んでいく。

 そうだよ、こんなの、質の悪い悪夢(ゆめ)だ。


Vw Lyglgb((お姉ちゃん))


 背後からの呼び掛けで、我に返った。

 馴染み深い声音、でも……。

 背筋を撫でる悪寒が、振り向くなと訴える。

 直感に対して、理性は罪悪感を抱いて葛藤。

 あの時、私は、あの子を見捨てて……。

Ev'y Hhyuk((一人で逃)ttn Vp Yom(げちゃうなん) Rrrj Mogd(て酷いよ))

 耐えられない。

 振り向いてしまった。

 許されたい、と思ったから。

 密林の闇に、妹が佇んでいる。

 私よりも背の高い、成熟した肉付きの少女。

 いつも明るく、素直に何でも指示を守って。

 べったり懐いてくれる愛らしさに、心の底から救われてきた。

 お姉ちゃんが居てくれたら大丈夫。

 どんなに怖くても、一緒なら乗り越えられる。

 妹の言葉を励みに、姉様(ねえさま)達と頑張ってこれたのに。

 この惨状はきっと、彼女を裏切った罰だ。


Qosd Lygl(※※単)gb Hkuccd(語難解※)cZttv Pcr(※※理)pos Jjlutz(解不能※※)


 初めて耳にする、単語の羅列。

 重圧を感じた。

 違う、これは視線?

 不意に聞こえる羽音は、やけに鮮明で。

 獣の群れが、私へ意識を向けている。

 最悪の予感を抱いて、見上げてしまったが最期。

『!!!!!』

 私の処刑が執行された。

『はぅッ!?』

 ごっくん。

 いきなり押し寄せた、生々しい喉越し。

 器一杯分の魚卵を、飲み干すみたいに。

 異様に滑らかな感触が、胃の中まで感じ取れる。

 胸焼けを伴い、腹部に膨らみを覚えた。

『ごァぇッ』

 目を蝕むような刺激臭が、体内から溢れ出す。

 どろどろ溶けて腐乱した、目玉焼きの臭いが嗅覚を捻じ曲げる。

『ぷッ、おえ、おゴォ!』

 催した吐き気を、口から外へ取り除こうとした。

 抵抗する度に増す、嘔吐感が辛い。

『ッッッ!?』

 腹部に蠢きを感じた次の瞬間。

『ウぷ、オごぼッ』

 急激な胃の逆流が、喉を焼いて口内まで迫り。

『~~~~~~!』

 必死の嘔吐も、悲鳴すらも封じられ。

 ブチブチブチ、パチィン。

 真っ黒い(ヒル)が、止め処なく溢れ出す。

 私は、のた打ち回った。

 外気に触れた途端、急激に膨張した所為で。

 耳元まで口が裂けたから、そんな些細な理由じゃない。

 死にたいくらい分かってしまう。

 お腹の中で孵った幼虫が、成虫になって急成長していき。

 骨も臓器も圧迫して、這い上がってくる感触に。

 私の顔面を覆えるだろう大きさで、地面は黒い海と化す。

『――――――』

 最後の一匹が飛び出て、ようやく解放された。

 横向きに、ぐったり倒れる。

 もう喋れない。

 体の中身、ぐっちゃぐちゃ。

 (ヒル)の纏う、尿色素を帯びた体液。

 あれで何もかも溶かされたからだろう。

 だから、もう、喋れない。

 どうだって良い、そんな事。

 解放されたのだから、これで……ゆ、くり……。

 ――キュッ、キュッ。

 何の、音?

 チューゥ、ブブブブ。

 チューゥ、ブブブブ。

『!?』

 いつの間にか、私の体を(ヒル)の群れが覆った。

 飲み水を啜るような感覚で、皮膚を溶かして吸われていく。

 引き裂かれた骸は、肉と骨を残して捕食されていた。

 肌膚以外を溶かされた遺体は、どこにも見当たらない。

 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!

 食い殺されたくない!

 死んでも嫌だ!

Ywxdkzrmf (※単語難解)Njruq Zpkc(※理解不能※)

 ジタバタして、蠢く暗黒を振り払う私へ、彼女は嘲笑う。

 嗚呼、そっか。

 まだまだ、これからなんだ。

 ううん。

 一生、許されないんだよね。

Ptt'i Foz((一緒に) Uxyjmbcr (逝こう、お)Vw Lyglgb(姉ちゃん))

 妹の変貌が始まる。

 皮膚が泡立ち、雲のように爛れ。

 どろどろ溶けて、(カビ)の色へと。

 肉塊となって体が朽ちていく。

 目が赤くなる。

 個眼の増殖、束状に集まり。

 眼球が半分、飛び出して膨らみ始めた。

 目元から赤い液体を垂れ流し。

 口は尖って、針状に伸びていく。

 ぐちゅぐちゅぐちゅ――びちゃり。

 首と胴体が割れた。

 前後左右に跳ね回る、触手を覗かせて。

 頭と背中に生えた、無数の翅を高速で揺らめかす。

 変り果てた彼女が、地面に足を浮かせて接近。


 ごっくん。


 そんな、また? 何で!?

 まさか、あの複眼!?

 気づいた頃には、上空へと攫われ。

 肉片の抉れた箇所から、空気が入り込んで染みる。

 お蔭様で魚卵は孵化せず、ぼとぼと零れ落ちてくれた。

 瞬きする速さで、地面へ叩きつけられる……へ?

 ぐちゃり、と。

 衝撃で破裂した(ヒル)の液汁を、私は浴びせられた。

 再び、空へ。

 そして、地へ。

 何度も。

 何度も、何度も。

 何度も、何度も、何度も。

 何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も――――――――――――――――――――――――――――――――。




 ――――――暗い、暗い、暗い。

 ――――あ、光が見える。

 ――Rein N((美心ちゃ)emanda(ん、かな))?

それとも、姉様(ねえさま)たち?

『そんな、まさか……Fallen Náð((雨里、なのか))?』

 嗚呼、やっぱり――Traum ((お姉様)Stjarna(の光だ)).

 良かった、私一人だけかと思った。

『あ、ありよー((あれは))紡ち(つむぎ )ゃんのやーにんじゅー((家族かい))?』

『痛ましいですわね』

 知らない光が、二つも。

 本当に解らない、この孤島(せかい)に有り得ないはずの輝きだ。

『お止めなさい、紡( つむぎ)! 近づいては為りませんわ』

『離してくれ! 私の(ワタシ )家族だ! 大事な妹なんだ!』

私の(わたくし )視界()を通じて、ご覧なさい! 彼女は今、お辛い状態ですの』

 初めて聞く、単語の羅列。

 私は未だ、苦しまなきゃいけないの?

『たま、しい……精魂が、閉じ込められているのか?』

『ええ。生ける屍((ゾンビ))として肉体を歪められ、尊厳を弄ばれておりますわ』

『助から、ないのか?』

『葬りなさい。正常なる死が、唯一の救済でしてよ』

『……くっ! 戻って、これたのに……私の(ワタシ )所為で……家族が……』

 お姉様(ねえさま)()めて。

 お願いだから、黙って。

 これ以上、聞きたくない。

紡ち(つむぎ )ゃん、危ない!』

『ごめん遊ばせッ』

 触れられなかった。

 お姉様(ねえさま)が連れ去られ、別の光と遠ざかる。

理沙(りさ)、済まない! 怪我は、大丈夫か!?』

私の(わたくし )台詞でしてよ。動揺なされておりますわね。代わりに介錯いたしましょうか?』

『……私の(ワタシ )犯した罪だ。私が(ワタシ )受けるべき罰だよ』

 まだ、輝きは近い。

 この一つなら、届きそう。

御婆様(おばばさま)!』

『オバー((婆ちゃん))!』

なんくるないさー((何とかなるさ))。きえぇ~!』

 体の感覚は無いけど。

 あと少しで、触れられる。

Ehccztj((許し) Vy Fal(てくれ、)len Náð(雨里))

 鋭い光が差した。

 闇を切り裂くかの如く。

Ayruh Qo((お前達)sd Lyglgb(を、置き去り)b Uuojsv(にして))

 おき、ざり?

 私だって同じだよ。

 大事な妹を、守れなかったから。

 ありがとう、お姉様(ねえさま)

 これで、ようやく、私も――――。




 ――ここは、どこ?

 見覚えある、熱帯雨林。

 日常を示す、赤黒い空。

 にげなきゃ、ニゲなきゃ、逃ゲナキャ!

 湧き上がる衝動で、密林の闇を駆け出す。

 体が勝手に、動かされる。

【Rghhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!】

 うそ、うそ、うそ。

 嘘、嘘、嘘、嘘だよ、こんな!

 この悪夢から、脱け出せないの?

 一人じゃ耐えられない。

 独りぼっちで苦しみたくない!

 どうすれば、どうすれば、どうすればどうすればどうすれば!

 ……え?

 ふふ、ふふふ。

 アハハハハハハハ!

 そっかー、そういう空間(オチ)だったんですね。

 美心(みこ)ちゃん、乙葵(いつき)様。

 雨里(あめり)、やっと認識できました。

 一緒に堕ちて、くれますよね?

 どんなに苦しくても、二人が居てくれたら、気持ち良くなるから。

 ずっとずっと、ずっとずっとずっとずっと、ずっと!

 覚めない悪夢(ゆめ)に、溺れよう♡

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