Section08 夢想反転
翠玉色の美しい海面に、大きな勾玉が一つ。
無数の瓦屋根が、七色のグラデーションを彩り。
鮮やかな虹の街並みを、防風林の葉が囲んでいる。
孔は突き抜けておらず。
壮麗な枝垂れ桜が実り、慎ましい貫禄だ。
淡紅色に咲き揃う簾から、境内の泉が漏れ煌めき。
湧き水から零れた川は、花筏を運んで、街道の真ん中を貫く。
勾玉の尖端部まで流れ着けば、星砂で敷かれた浜辺が広がり。
花緑青の海洋へと、水路は同化。
泉と海は同じ色だから、孔に紐を通した首飾りみたいだ。
「これが『美ら勾島』を鳥瞰した時の景色だよ。絶景だね、麩羅ちゃん♡」
『マジパネェッス、アフィー』
只今オレ乗馬中。
桜漬けの海豚を手懐けたら、背中に乗せてもらえた。
水に纏わる事柄は、智秘人の得意分野らしい。
水棲生物と言葉を交わす、美心の知識を介して。
鳴き声は翻訳され、人語も通訳される。
大輪の桜を塗した海獣は、まるで花衣を着ているみたい。
衣と言えば、天麩羅でしょ☆
愛称の由来です♪
「こらー! 人の使い魔を手玉に取らないでー、わじゆん!」
浜辺の方から、美心の声が響いてくる。
左右に動いて慌てふためき、自ら立てた砂埃で咳ゴホゴホ。
かざり目で「うわーん」と涙ぐみ。
体や衣服に付着した砂粒を、小犬みたいに振り払った。
何で汚れるばー?
聞き取れなくとも言っていそうな顔つきだ――むひひ♪
「ハイサイ、みこチ。麩羅ちゃん寝取ってゴメンね♡」
「もうわじたん! しなさりんどーたっぷらかすゴホッゴホッ、これ不味いペッペッ。あーんもー! 何で汚れるばー?」
アホの子じゃん。
弄り甲斐あって楽しい。
「でも雑魚そうに見えて厄介だよね。使い魔を呼び出す素質あるんだもん」
夢の番人『心乃闇』は、術者の鏡そのもの。
美心は日頃から海に潜り、本物の海豚と戯れている。
彼らとの触れ合い、共に見た絶景を、宝物として胸に刻み。
その習慣が影響して、無数の使い魔を亜空間で形成、使役まで可能にした。
これで現実世界へ召喚できちゃえば、超優秀じゃん。
彼女は侮れない。
早急に仕留めなくちゃ。
さっさと記憶を覗き見る為にも。
「ぎゃん!?」
吃驚したー。
急に呼子笛の音が鳴るんだもん。
美心が首飾りを指先で摘まんでいる。
真珠の質感を帯びた、小さくて綺麗な法螺貝。
あの笛が音源だ。
「いちゅんてー、GO! GO! 【海妖星肌隊】!」
使い目への号令かな。
何か起こすに違いない。
『アフィー、気ヲ付ケルッス。仲間ガ魔法ヲ打ツケテ来ルッスヨ』
「こらー! 教えちゃやなー!」
「良いぞ、麩羅ちゃん。もっと裏切れ♪」
空中水路に沿って泳いでもらう中、背後から追手が迫る。
『振リ落トサレナイヨー掴マレッス』
「ググー!」
連射する魚雷から、麩羅ちゃんが掻い潜ってみせる。
折り返して追尾したり、魔法を撃ち込んできたり。
包囲網を張られた状況下でも、卒が無く躱した。
さながら、ローラーコースターを堪能している気分だ。
花火のオプションにも、圧巻させられちゃう。
四方八方で衝突した魔弾が、スターマインを炸裂。
「ひゃ~、冷たぁ~」
急降下する間際、水色の菊が真正面で咲き誇り。
追走する多彩な小割は、金平糖みたいで美味しそう。
「涼し~ぃ!」
牡丹の上でひらり舞う、黄緑蝶々に見惚れていると。
「あっち、あっちあち!」
紫柳の樹冠に迷い込み、赤い蜂の群れに突かれる。
「ひぎゃああああああああッ」
処理し切れない情報量に、絶叫するしかなくて。
極め付きは、土星の顕現。
虹の帳を生み出す、炎色反応が巻き起こり。
眩い灼熱を浴びて、裸眼を傷めつけた。
「かぽーッ……けほけほ。くひぃ~! 焼けちゃうなー、もー」
スターマインが一息つくも、魔法は終わらない。
極暑の熱気を乗り越えて、牛の尻尾が小躍りする。
湯気の湧く頭を上下し、呆けて思うは一つだけ。
嗚呼、痛気持ち良い。
もう一度、食らいたい。
弾ける湯浴みへ浸りたい余りに、体が逆に冷え込む。
『カミナイ!』
『フィバナ!』
『ホーチブシ!』
三つの呪文を、聞き取った。
オレに直撃しそうな予感がする。
我が愛馬の回避性能を逆手に取り、狙い撃ちされそう。
計算高い射撃だ。
先に届くは、雷ッ。
暈けた視界で捉えなくとも、魔力の気配で察知しなくちゃ。
直撃による感電が、相棒へ及ばない為にも。
「麩羅ちゃん、ゴメン! 蹴っちゃうよ」
乗馬の態勢から、後ろ向きへ。
両手で踏みつけ、跳ぶ準備をする。
『ンチャ。コイツヲ、ゴ所望デ?』
「ちょッ、揺らさッ、ばよえ~ん!」
せっかく気を付けたのに、身を投げ出されちゃった。
全く、麩羅ちゃんってば――、気が利くね!
「魔力干渉ッ」
ザチユウゥゥゥヅヅヅ。
愛馬への感電は避けられた。
触れた手の痺れる斬撃を溶かして。
蛍光灯の如く点滅する、不燃布を入手。
麩羅ちゃんが、また背中に乗せてくれた。
浜辺まで近いから、海に落ちても平ちゃらだけども。
能力の神髄を晒さずに済んで、正直とても助かる。
「視界良好!」
次弾は、火の玉ッ。
電気色の燃えない生地を広げて。
迫る投球を包んで吸収。
「加筆修正ッ」
加温する布を、棍棒に捏ね直す。
バッティングフォームを展開!
濃い空の彼方から、一筋の光が降り立つ。
輝きは膨れ上がり、寒色に煌めく隕石が到来。
凍てつく砲弾の軌道から、弾道の予測線は明らか。
「みこチ、ごっちゃんです!」
――カッ!
「おらアァッよォォ」
キィィーン!
振り切った棍棒から、能力を伝導させて弄りんちょ。
凹凸の激しい氷塊を、滑らかな球状へと磨き上げ。
打ち上げた球は、輝き残る速さで曲線を描く。
海獣の体幹を悉く貫き、尚且つ減速しない。
周回する領域は、まるで回転窯。
粗目糖の塊を、抉る勢いで打ち抜き。
衝突の熱で、溶かした砂糖を巻き取る。
形成するは、七色の綿菓子。
流線模様に刻まれた砂岩。
咲き誇る薫衣草の絨毯。
幾年も生い立つ竹林。
黄色に青、赤や藍色、と。
あらゆる大自然の結晶を、遠心分離すらせず溶解させて。
豪速で贅沢に巻き取った、綿菓子へと仕上げる。
風穴を開けた打球が、浜辺に向かって急降下。
肉を抉った衝撃音は、置き去りにされ。
動きを止めた海獣が、次々と死を自覚する。
虚しく破裂して、儚く霧散した。
「あっげぇ! しかも、この軌道はでーじなたん!」
「彩り豊かな綿菓子だよ☆ 美味しく召し上がれ♪」
ヅゥドオオォォォン!
血肉を纏う七色の隕石が炸裂。
墜落の衝撃波で、砂上は激震した。
星砂の滝が湧く、泡沫の景色を鑑賞する。
『アフィー、ユアクレイジーッス』
「きゃきゃきゃ☆ 誉め言葉どうも~」
ピコーン。
頭の中で豆電球が点灯した。
「そう言えば、シマクトゥバじゃない言語――異世界だと『冠都連合』って国の言葉になるんだね。数ヶ国語も混在して、よく通じ合えるよ」
『ウィウィ! 龍球一ノ大陸国デ、多クノ種族ガ集マッテ政治ヲ取リ仕切ルッス』
曰く、異なる種族語は、ご先祖様の仕えた六大原主の影響らしい。
森神様の精神感応を通じて、神々だけ意思疎通は可能だったとか。
「つまり、神様自身も互いに使う言語は違っていた? 同じ母親から生まれたのに?」
『ソノ理由ハ、サッパリ分カラナイッス』
ともあれ、先祖の代で訳し合い。
現代まで通じ合えるよう図った、と。
確かに言葉の壁は、早急に取り除くべき案件だ。
小さな誤解で大きな争い勃発したら、ゾッとするもん。
「良い歴史を築いたね、昔の人は偉い」
『コンナ話ウンザリッス』
『お勉強させられるより、大自然に触れながら海の生き物と戯れる方が楽しいもんね♡』
『さっすが、あふぃー♪ わかいみーふかさん』
「はい、やっぱり潰れていなかった。あの隕石から逃れるなんて凄いじゃん」
『……あっげ、ぬーやるばーがよ』
「麩羅ちゃんとの接続は絶つ方が賢明です。罰として、この娘やっちゃうよー?」
『あふぃーの人でなし! その子だけは!』
「なら取引しない? 君が素直に従うなら、現世に連れ出してあげるよ」
『じゅんに? ゆくしやさに?』
「うん、約束♡ 壊されたくないなら、せめて今だけは引っ込んで欲しいかな~♪」
『……わかやびたん』
プツン――桜漬けの海豚から、美心の声が途絶えた。
『急ニ主様ノ声ガ出タカラ吃驚シタッス。何ノ話ッスカ?』
「ねぇ、麩羅ちゃん。今でも魔法は使える?」
『ソレガ魔力供給ヲ絶タレタッス。モージキ燃料切レデス』
「回避性能とかは健在?」
『ゴ利用ノ御客様ヲ、砂地ヘ送リ届ケルマデガ限界ッス』
「みこチの中に戻るんだね? ご苦労さん。君は、よく働いてくれました」
『何ンスカ、ソノ上カラ目線? 背中ニ乗セテモラエテ光栄ダッタッショ?』
「はぁーん? 海豚の分際で自惚れないで。ぜんッ、ぜぇ~~~~ん楽しくなかったもん」
『可愛イ照レ隠シッス。又、コウシテ会エルッスヨネ?』
「共鳴幻想の発動条件は、オレが寝ている人の魔力に干渉するだけ。もう騙し討ちできないと思うから、みこチが許してくれるなら会いに行けるかも?」
『ナラ、現実世界デ会ウトカ如何ッス?』
「君は飽くまで心乃闇。ご主人様の思い出から投影された、幻想世界側の住人だよ。実物とは体の色合い全く違うはずだし。あちら側では、どんな見た目なの?」
『ウーン、ソレガ分カンナイッス。主様ノ記憶カラ伺イ知レナクテ』
「だろうね。現世での呼び名は?」
『エット……特ニ無サゲッス』
「じゃあ、江尾天ちゃんで」
『麩羅ハ? 麩羅ドコ行ッタッスンカ!?』
「双子に同じ名付け方しないでしょ、普通」
『同一人物、ジャナクテ動物ッスヨ、自分』
「姉妹一緒に、また泳げたら嬉しいね」
『妹、居マセンガ!? 話ガ噛ミ合ワナクテ意味不明ッス』
「むへへ♡ 終点まで、よろしく♪」
『歯痒イナー、モー。了解シタッス』
空の旅が、間も無く終わりを迎える。
途中乗車させてくれた麩羅ちゃんに、余韻を惜しみながら愛撫を。
跨る姿勢へ伝播する鳴き声は、オレに対する同調に思えた。
いやいや、ちょっと、勘違いしないで?
別に君と過ごして、楽しかった訳じゃないから。
ちぃーーーーっとも、ご機嫌じゃないからね?
ただ似た者同士と出会えて、嬉しかっただけ。
オレより不自由な子が居ると分かり、優越感に浸っているだけだもん。
待って! 腰羽君、萎れないでッ。
湧いてきちゃった感情、バレちゃうじゃん。
別に寂しくないから!?
『アフィー、飛ビ降リル覚悟ヲ』
「いや、普通に上陸させてよ!」
星砂の滝は、今も流れ動く。
泡沫に終わるはずの風景は、何故だか崩れ落ちない。
広域に渡る砂煙の真上を、一定の高さを保って麩羅ちゃんが旋回中。
空中水路から道を外れて、上陸する――気は無さそうだ。
『簡単ニ懐イタト思ッタラ、大間違イッスヨ』
そう言えば、前世の記憶に一つの格言が有った。
敵を欺くには、先ず味方からって……OhNo.
「しまった! まんまと騙されちゃった!」
『マタ今度ッス、アフィー。次ハ終点デス』
「うおおおおおおおおォ~」
麩羅ちゃんの背中から離脱ッ。
棍棒を片手に、羽搏いて降下する。
『サッキノ綿菓子。仲間ガ美味シク頂キマシタッス』
「急に何の話!?」
空中水路から引き離されてしまった。
この現状は隙だらけ、奇襲に打って付けだ。
ザボパアアアアアアァァァァン!
砂の湧き水から、巨大生物が飛来する。
「そういう事かァアアア」
大人の鯨に並ぶ大きさ。
色彩は血肉を纏う七色の隕石を受け継ぎ。
美しい魚雷が一機、嘴を開けて飛び上がった。
「天晴!」
加筆修正、棍棒を固体から液状へ。
変質化させた炎と雷が、片腕を食らう。
表面は鮮やかな蜜柑色で、白亜小片の如き形状に再構築。
内部に集結させた魔力の質量を、後方の機関部から射出した。
「宇宙キチャー!」
胴体と腕が千切れる勢いで、推進飛翔体に引っ張ってもらう。
「ぎゃぱアアァァアアババババぼぼぼォォォォォオオオ~!?」
痛ぎゃい!
目が乾く~ゥ。
歯茎、剥き出しィ~。
瞼と唇の皮膚を捲られながら。
激しい風圧が、顔面に襲い掛かる。
ローラーコースターより、ずっと速いんですけど。
後方どうなったか、メチャ気になるんですけど。
麩羅ちゃんは無事なのオオォォォォ!?
ヤバい、もう地面が目の前まで。
「ぐほッ、ぶへェ! ばたん、きゅ~~、ペポ……」
酷い不時着でした。
砂浜に向かって猛烈な頭突き。
跳弾回転してから、背中を強打。
大きく跳ね上がり、ボヨヨンと尻餅つく。
トドメの一撃で、体の前面を叩きつけられた。
うげぇー、頭が頭痛して痛い。
額に生えた牛角、捥げるかと思ったよ。
ロケットなんて、装着するもんじゃないね。
「きゃきゃきゃ、でも楽しかった♡」
捨て身で取り付けた反動から、右腕が重くて震える。
崩れ落ちて無に帰そうとする魔力に干渉、棍棒へと練り戻した。
質量を射出した分、形は縮んでしまい、ちょっと残念。
極光の風が、体に沁みる。
龍脈から、柑橘系のフルーティーな香りを感じた。
上空で取り込んだ時は、ミントっぽい清涼感だったけども。
距離やタイミングに応じて、匂いが変わるのかも知れない。
「いでで……ようやく辿り着いた」
武器を支えに起き上がり、上空を仰ぐ。
巨大生物は、もうずっと遠い彼方。
過ぎ去った航跡から、虹の橋が架かり。
七色を描いた道中に、桜漬けの愛獣は見当たらない。
術者に還元されたかも。
肝心の主様は、何処へやら。
「あふぃー、あふぃー! くまくまやいびん♪」
浜辺を見渡すまでも無かった。
快晴の如く、砂埃の景色は晴れ渡り。
五十米突先、紅型装束の女忍者エルフが、明るい顔で手招きする。
「あふぃーのうっふそー、だまさりんてやーんの♪」
「――むへへ♡ ぶっ叩いてやる!」
怒りの三白眼になり、力強い踏み込みを一歩。
蹴り上げた衝撃波で、凄烈な掘削を巻き起こす。
十二米突先を越え、二歩目は同等の飛距離。
三歩目で、残り半分を切り。
バッティングフォームを展開。
四の軸足で、手の届く位置まで詰め寄る。
「カリー――」
五歩目の踏み込み、フルスイング始動!
と、見せかけ。
「――サビラ!」
体を捻る、フリをして。
往復地点から、後方へ跳躍ッ。
「ばぶぶ!?」
掘削した星砂を、智秘人の顔面に浴びせた。
次の瞬間――、ザガォン!
ギザギザ歯型に閃いた、手刀の残像が飛び出す。
あのままフルスイングを決め込んだら、真っ二つに裂かれていたはず。
危なかった、それでも。
「クソッタレメぇ!」
砂中を透過する斬撃が素早い。
折り返しの跳躍が上出来でも、次の一足飛びが甘かった。
砂地ヘ接触した一瞬で、彼女に間合いを詰められる。
なら一か八か、防ぎ切れッ。
「魔力干渉ッ」
ヅィン!
ガガキィン!
ダゴン! ドカァン!
フォアン――、ヴッォン――。
ギゥピイィィン、ヅァザチギギ!
ヂヂリリツツヅ! リィンガキェン!
火花が咲き散る、金属的な打ち合い。
うおおお! 剣戟が格好良過ぎる!
棍棒と手刀で、奏でられる音じゃない!
一方は、速く鋭く力強く、殺傷力が高め。
対して此方は、振る姿勢を崩され、反撃できない。
強襲と防衛、二つの衝突から生じる吹っ飛びを活かして。
後退する作戦を、咄嗟に思い付いたけれども、そろそろバレちゃう。
バチィン!
「ググー!?」
凄まじい威力で弾き飛ばされた。
もう防御態勢を執れない。
移動する敵の実音は無く。
場所を突き止めるは困難。
予定通り、己が運に託す。
一か八か、オレの仕掛けた罠に嵌っちゃえ。
加筆修正、完了ッ。
ゴゴゴゴゴゴ――
『わッぴゃん、ヌーヤガ』
ゴゴゴォ――ボパアアァァアン!
「きゃあああああああああッ」
ドギューーーーーーゥン!
良かった、背後を取ってくれて。
狙い定めた一点へ、流砂が噴き出す。
砂中に潜んだ敵を丸呑みして、天高く持ち上げてくれた。
「きゃっほーい☆ どんなもんだい♪」
彼女は侮れない、早急に仕留めなくちゃ。
島に上陸してからも、気配を感知できなくて焦った。
ならば、自ら隙を差し出して、奇襲してもらうしかない。
そう睨んで美心の挑発に乗れば、まさか地中に潜伏するとは。
四方八方、上下左右、そして心の中。
全てにおいて、警戒を怠らないで良かった。
想定した可能性の域を、越えられなくてホッとする。
そんなッ、騙されていたなんて。
読心と精神感応で、二人目に気付いた後でも。
美心ちゃんだけを警戒、彼女以外を認識できない。
そう思い込ませた思考と言動は、雨里を欺く為の演技!?
「正解、よく出来ました♪」
!? 心の声が聴かれている――『いつの間に。違うッ、まさか!?』
「重ねて大正解、たった今から聞こえました。むへへ♡」
雨里ちゃんの考えそうな事なら、概ねほぼ大体お見通しだよ。
「権能、奪ったり~♪」
腰から生えた、蝙蝠の翼を広げ。
打ち上がる童女へ向かって飛翔。
『ペッペッ。あーんもー、しにはごー。何で汚れるばー?』
本来なら滑空できない、未熟な双翼だけども。
オレ、飛べると思い込まれているから。
僅かな瞬間でも、飛行を許された。
『美心ちゃん、ごめんなさい。もうシージャの声が聴こえません』
『みこみこも、みー眩ましたやっさー。油断したやいびん』
これこそ、相手有利から始まる共鳴幻想での勝ち方だ。
術者の思惑を欺き、権能を剥ぎ取って弱体化させていく。
次第にオレは無敵となり、接触せずとも洗脳できる魂胆さ。
おかげさまで、二人の交信も丸聞こえだよー♪
『ごしごしごし。もう平気ぃ。これでみーゆん、やっ、さー……』
『状況は今どうなってますか!? 雨里は今、身動き取れなくて』
砂の噴水が、勢いを失くし始めた。
砂粒の塊は徐々に崩れ落ち、包み込んだ童女を露わに。
狩人仕立ての海兵服を装う、多耳持ちノッカー御拝謁。
相変わらず、愛らしい見た目だなぁ♡
姉妹サンドされた時の、感触を思い出した。
体を温めてくれた、ふわふわモコモコが名残惜しい♡
『まーこーねーん! でーじなとん!』
姉へと伝達されない妹の絶叫が、オレの脳裏で響いた。
浜辺を見下ろせば、結構な高さまで来た模様。
美心の様子が気になり、一瞥する。
真っ白い素肌が、余計蒼白になって。
普段の調子とは明らかに違う慌てぶりだ。
『ねーねー、みーくゆん!』
『はい!? ずっと閉じてます! 多分、砂嵐に襲われて、目を開ける度胸なんて』
『うにげー、ジッとして! ぬーもかんげーずにどゅーからして!』
『美心ちゃん、何を慌てて』
もしかして、雨里ちゃんって高所恐怖症?
だとすれば、本当に危険な状況だよね。
飛距離なんて計算してない。
思ったよりも高く吹き飛ばしちゃった。
最高到達点から、彼女が落ち始める。
落下による重圧を、体感するはずだ。
「あれ、もしかして。砂嵐、止ま……て……ふぇ?」
あ、こら!
妹の忠告は守りなさいッ。
目を開けちゃダメでしょ!
「いやあああああああああああああああああああッ」
青褪めた顔は涙目になり、ジタバタ暴れ出す。
兎耳までパタパタ跳ねらせて、鳥さんみたい。
仕方ない、一時休戦だ。
「うにげーあふぃー! ねーねーを助けて!」
「まかちょーけー!」
美心の叫びに、大声で応じた。
飛翔速度を切り替え、一気に上昇する。
「雨里ちゃーーーーん♡」
「シージャ? ……シージャ!!」
泣き顔が希望に満ちる。
虎耳ピクピク揺らしちゃって。
これは早く、お持ち帰りしなくちゃ!
「安心してー、助けに来たよー。一旦バトル中止ねー……あれ?」
少し経て、違和感を覚えた。
落下と上昇の軌道は、一直線に繋がり。
すぐに接近できるはず、それなのに。
「距離が、縮まらない?」
寧ろ、遠のいている。
錯覚かと思いきや、違う。
オレと雨里の空域を絶つように、亜空間は歪んでいき。
「助けて……シージャ……」
早くも希望を薄れた顔に――、
「このままじゃ……X'h Jkn Dtm Dzf」
――視界異常がこびり付き、表情が見えなくなる。
亜麻から採取する、種子の油が強烈に匂う。
幻想の画材が、水彩紙から帆布へ切り替わり。
童女の全身から、どす黒い濃霧が溢れ出す。
服装と体は、闇に覆い隠され。
愛くるしい表情は、見る影も無く。
白く濁った瞳孔へ、瞳は変り果ててしまい。
【Vy Qtu qzca qcmf Bahyrd Nxfzbn Qke Sagty】
彼女を縛る邪悪な霧から、言語を絶する産声が木霊した。
『何、あれ……ねーねー、は? どうなって?』
形容しがたい闇が揺れ動く。
蛹から成虫が、飛び出てくるような蠢き方で。
亀裂を伴い、割れた背中から、化け物が産まれた。
「ウぐ!?」
『み、耳が、痛い!』
甲高い高周波が、オレや美心の体内を蝕み。
劈きが深まるに連れ、色鮮やかな世界は赤黒く淀む。
「高所恐怖症の、範疇……超えている。……心的外傷の、具現化!?」
【Rghhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!】
やられた、全く気付けなかった。
夢魔が連中の子孫だって言うなら。
血の繋がりで、この異空間にも干渉できる。
共鳴幻想の中を、好き勝手する絶好の機会だ。
まさか、既に取り憑かれていたなんて。
雨里ちゃん、みこチ、ごめんね。
もう一生、醒めない悪夢に溺れるかも。