Section07 共鳴幻想
生命体は『魔力』を有します。
血の巡りと同じく、体内を循環する気体です。
生命活動をする上で、欠かせない動力源となり。
知識を蓄える記憶力にも優れ、頭の回転にも直結。
美容と健康にも繋がり、身体能力さえ影響を及ぼします。
凄い、凄い♪
オレの知らない情報が、どんどん共有されていく。
生物の見る『夢』の中へ入れば、夢寐者が持つ記憶から知識を得られる。
夢魔の超能力は、発動できた時点で成功も同然だね。
まあ当然、其れなりの危険は伴うけども。
敗北しなければ、支払う代償な~し☆
体内にて保有する魔力の量は、平等では有りません。
どの種族に生まれ落ち、どんな生い立ちを経ても。
旧世界からの転生者に限り。
前世の記憶から掘り起こされる、強烈な心的外傷を思い出した時。
その無念を晴らしたい衝動から、膨大な魔力量を保有して覚醒できます。
ほぇー、メッチャ嬉しくない待遇。
過去の未練とか穏やかじゃないし、忘れたままで良いよ。
夢の主人は、誰だっけ?
名前や顔を、思い出せない。
存在する人物かも、怪しくなってきた。
でも失念しちゃダメ、ここは【共鳴幻想】だよ。
オレの能力で夢寐った術者は、亜空間だと最強無敵。
それに相応しくない事象を招かない限り、弱体化しない。
現実の『一秒』間は、この世界で三十分に換算。
正体不明さんの意識下へ、侵入するまで『秒未満』は経過した。
魔法を使わせた意図は、緊々と汲み取られたはず。
此処での理だって、もう掌握された頃合いだろう。
己が存在を透明化して、襲撃する隙を伺っているに違いない。
自分の記憶を、他人に覗き見されて堪るか、と。
真っ白な水彩紙へ、色水を垂らすように。
純白の世界が、波紋を広げて彩られていく。
オレを取り囲うは、濃い空模様。
光り輝く青空か、暗く灯った夜空か。
どちらとも見分け付かない色合いだ。
「ブぃ?」
錯覚に惑わされる中、急激な浮遊感を抱いた。
佇んでいると思ったが、頭の天辺やたら思い。
「ぶヒィィ!?」
不意な風圧に叩き落とされて吃驚。
逆さ吊りの状態で、どこまでも落下する。
落ちゆく先に底は無く、不時着できるかどうか。
疑問は神経へと伝播し、腰羽を羽搏かせた。
「ほがッ」
長い白髪に視界を奪われ、失笑しながら手櫛で払う。
激しい浮遊感は消え去り、安定して緩やかに下降。
ヤバい、楽しい、超嬉しい!
震撼の余り、イルカの鳴き声を口から漏らす。
そっかァ、オレ飛べると思われているんだ。
きゃきゃきゃ、心地良いな。
これから、どうなっちゃうの。
終わらない奈落に、ドギマギする。
ぴっ、ぴちゃぁ~ん♪
ちゃぽんっぽぽ~ん♪
辺り一帯の濃い空が、波打って揺れた。
人差し指で小突いたような、波動が唄う。
手足の指だけじゃ、その音波は数え切れない。
無数の揺らぎから、奇妙な物体が浮上。
目立たない線画で、流線型の輪郭を現す。
嘴は細長く、腹部に斑を拵え。
胸鰭は大きく、背鰭は三角形に近い。
開いた口から、円錐形の歯が見える。
上下を合わせて八十……いや、九十本は生えていそう。
ギョッとする位、綺麗な歯並びだ。
やがて塗り絵されていく線画は、水彩に溶け込み。
向日葵を映す江豚が――、
紅葉に覆われた海猪が――、
雪景色に染まりし海豚が――。
迷彩柄の如く、大自然を切り取り。
その身に纏って、思い描かれていく。
「来た、記憶を護る番人『心乃闇』!」
ピーピー。
キュィーン。
仲間同士の意思疎通。
呼吸孔から鳴き声を放ち。
無数に群がる全てが共鳴。
「さァ教えて。この夢を見ている、君達のご主人様は誰なの」
ジジジジジ。
ガガガガガ。
カチカチカチカチィ。
視線が一気に集う。
会話の内容なら、読み解ける。
『発見、発見!』
『コイツが敵よ!』
『狩り狩り狩り狩りィ!』
下向きに弧を描いた、三日月さながら。
力強くて大きな眼つきから、肉食動物たる鋭さを垣間見た。
もうすぐ動き出す。
あの尾鰭を活かした推進力で、突進してくるに違いない。
そうなったら楽勝だね♪
突撃してくるなら、反撃できるもん。
遠距離魔法を撃たれるより、対処しやすい。
ピキィーン。
十字型に目を光らせた、一匹の海獣が行動。
『GUKO・GUKO・GUGOKU・GOKU・GO・KYUUUM』
空気を蓄えるように体を反り、腹部が段階的に膨張。
大輪の桜に塗れた海豚が、警笛を鳴らす。
『PASHGON!』
パシュゴオォォーン。
桃色の飛沫を散らして。
桜の花弁を凝縮させた、流水を噴射!
見事に予想が外れた。
オレの狙い通りです♡
「よぉーし、避けまくるぞ♪」
共鳴幻想の理を思い出そう。
その旨み、味わう時が来た。
「じゃあ、先ずは」
果て無き宙で、くるりと体を回転。
底見えぬ濃い空へ、背中を預けた。
天井へ、片腕を伸ばして。
桜吹雪を装った流水へ。
掌が接触した刹那――、
「そこを」
横に払う。
「加筆修正ッ」
流水の針路を歪めた。
浮水葉の如く、空中水路に桜の花を添えて。
不規則な蛇行や螺旋を描き、水は絶えず流れて降る。
これは魔法じゃない。
生物の見る『夢』を、亜空間に変えて侵入。
その現象に起因する能力【魔力干渉】で弄った結果だ。
獲物へ浴びせて消える、アクアブレスから。
場に残る、ウォータースライダーとして。
魔法の情報を書き換えたのです、むひひ☆
花浮かぶ水面へ着地。
上流から下流へ、スケートパークを滑るように。
絶えず流れる、水の滑り台を堪能する。
あぎじゃびよー!
真下から声が響いた。
「今の声……あァ思い出した、みこちだ♡」
ドポァアアン!
ドポ! ポァ! ポァ! ポァ! ッポァアアン!
魚雷の如く、海獣が全軍突撃。
滑り台より速い、すぐ打つかるかも。
雷雲に包まる江豚が、先に到着しそうだ。
「そっか、オレ。彼女に【共鳴幻想】を使ったのか」
稲光と雷鳴を吐き散らし、凄まじい雨雲が開口。
どす黒い牙から、どう切り抜けるべきか。
もちろん相手にしません♪
「みこち、勿体ないよ。折角、万能者として権能を得たのに」
今いる滑走面から飛び降り、三段下の着地点を目指す。
滑り台の上流を切断。
切り離した流水を加筆修正。
対怪獣、ダメにする布団を描き上げた。
空中下降するオレは、水影に覆われて。
一方の江豚ちゃんは、ゴロゴロ帯電中。
このまま、突っ込んじゃえ♪
水属性の塊に埋もれなさい☆
ザヂァアアアン!
直後に仲間が接近――バチバチヂリリリィ!
大軍を巻き込んで、閃光の瞬く感電祭が勃発。
黒焦げる参加者に驚き、残党は突撃態勢を崩した。
難を逃れた海獣は、手の指だけで数えられる。
「きゃきゃきゃ、もう心の声は盗聴できないでしょ? 与えられた権能は、それを用いた駆け引きの失敗で、どんどん没収されちゃうよ。撃ち込む弾丸は、賢く選ばなきゃ♪」
真下から、又『あぎじゃびよー』が響いてきた。
はい、ざァ~こ♡ お尻ペンペぇ~ン♡
「むひひ☆ 自分の存在まで明かしたから、透明化された所在も露わになっちゃうね。今すぐ見つけ出すから、怯えて待って眩ヒィィッ」
調子に乗った矢先、浴び慣れない絢爛たる光に目を瞑り。
ゆっくり片目だけ開けて、滑り台の果てを見る。
「うひょー! めっちゃ綺麗!」
底知れぬ濃い空から、景色が一変。
強い緑を浴びた宝石みたいに輝く、巨大な瀦。
花緑青に近い色鮮やかさが、天地を分かつ水平線を築いた。
眩しい光に慣れて、自ずと両目を見開く。
米粒みたいな影の集まりは、群れで泳ぐ魚かな。
翠玉に内包する色彩は、遠目からでも珊瑚だと分かる。
亜空間に反映される位、術者にとって慣れ親しんだ風景だろう。
美里美心、これが君の記憶なんだね。
「やっと見られた、外の世界! これが『龍球』の海!」
前世の記憶で焼き付いた、見覚えある景観と違う。
悪食を強いられた齲蝕を、怒り狂ったように剥き出して波立つ。
そんな濁水しか、オレは知らない。
でも俯瞰する景色は、透明で美しい。
純真無垢に躍動し、清らかに息を吐く。
ゆったりした起伏で、波打っているとは思えない穏やかさだ。
静けさに反して、海上の至る所で、光る物体がチラつく。
極光の如く漂う帯が、海面から静かに流出。
温かい風に抱かれ、揺蕩う行路は真っ直ぐに。
流れゆく色彩の正体、情報は無論共有される。
「龍球における空気は、海の中から息吹く。全ての生き物が、生き永らえる為にも、か」
呼吸とは、生命活動に他なりません。
体を循環する魔力は、使い古せば腐り始める気体であり。
魔法の行使に限らず、息を吐かねば、毒素と化して病に転じます。
新たな空気を取り込み、未然に毒気を抜く事で、身体機能は衰えません。
美心から教わった、歴史にも言及されていた。
『果てなき宙の中で、彼らは無力でした。息は吸えず――』
「新しく受け入れる気体、つまり空気の出所は」
『彼女の周りで在れば――呼吸もできます』
「大いなる母、星神様の息吹? あ、でも」
『星という球体に成り果て――永い眠りに就きます』
「永眠中だから寝息になるのかな。起きている時の風圧、物凄そう♡」
息を吐いて、新たに取り込んでみた。
初めて吸った外気の味に、胸がキュンと高鳴る。
涼しい潮風を含み、後味はミントの爽やかな香り。
美味くて新鮮な味わい。
深呼吸で、また味わい。
「極光の風は、星神様に『脈』が有るという証明。だから魔力の源は、その空気は『龍脈』と呼ばれる、か……あれ?」
違和感を抱いた。
解決しないと危うい予感がする。
「使い古せば腐る気体、毒と化して病に転ずる。そんな危険物を星神様が放つかなー? 頭に入ってくる文言、みこちの声に当てると、しっくりこないし。龍球の歴史、彼女から教わったはずだよね?」
一連の出来事、照合しなくちゃ――。
母ちゃん絡みで、外界に関する情報提供を拒絶された。
だから、運良く体へ取り込ませた、夢魔の血で洗脳。
『魔力』は血液にも染み込むから、当然『干渉』できる道理だね。
故に、龍球の歴史を聞き出すに至った。
でも、部屋から逃げ出す好機かと思えば、妨害されてしまう。
自然治癒できないはずの、状態異常が治っていたから――。
辻褄が合わない。
やっぱり、おかしい。
洗脳された相手は、主人の命令なく行動できない。
オレの血を交えた以上、身体機能も発揮させない。
だから、逃走を始めるまで、身動ぎ一つも……。
なぜ、解けた?
どうして、動けた?
一人で、どうやって?
うむいやなー!
ドポァアアン!
「ぶヒ?」
横目でチラリ。
海獣の残党が迫る。
発砲した魚雷は、一機のみ。
着地後の滑走速度に合わせて、直撃させるつもりかも。
間に合わないと思います♪
「ギアシフト☆」
下流の滑り台へ、足を着けた瞬間に加速。
風圧を感じない位、難なく回避した。
「むへへ、一昨日きやがれ~」
過ぎ去った方角へ、あっかんべー♡
前進する真正面へ、体の向きを戻すと。
どでかい次弾が飛んできた――ヴォッ?
「あああああああああああああああああ!?」
パニック! 頭パニック!
視界の色が反転。
周囲の音や自分の声は、籠ったように聞こえて。
全ての動きが、スローモーションと化す。
「加筆修正ッ」
滑走面へ、踏切板を。
プランク!
スプリング!
ジャンピング!
跳躍した体が、弾丸の上を通過。
海獣の背中へ両手を着き、前方倒立回転跳び!
低速世界、解除――ッポァアアン。
「うおッとと!」
片足を滑らせて、着地に失敗。
水路から脱線しかけ、転落しそうな体を。
「ぐおおおおお! おらよ!」
両腕ブンブン回して、均衡を取り戻す。
辛うじて、滑走を再開。
過ぎ去った魚雷へ振り向き、縮小していく姿を見守った。
か、か、か……躱せたぁ~!
心臓バックバク、鳥肌ヤッバい♡
頭の中、ドバドバに蕩けちゃって。
突き刺すような寒気に、痺れてきちゃった。
心音より、両足の脈拍うるちゃい。
重力という負荷を、過敏に感じちゃうよ。
ドポァアアン!
後ろ向きで、前進する方位から、発砲音が再来。
もう跳び箱は通用しないかも、とすれば。
爪先を上げて、水面を叩く。
景色が百八十度に回転。
ちょうど真下、足元から爆発音が轟いた。
凄まじい風圧で、捻じれた水路が激震。
大きく揺れる中、波乗りした気分を満喫する。
やっぱり、自爆だと思った♪
体に掛かる重圧が、逆転しても。
水面の磁場を踏む限り、オレは落とされない。
水平線が分かつ、濃い空と花緑青。
引っ繰り返った二色を、うっとり眺めながら。
深呼吸を繰り返し、思考力を回復する。
鼻孔に吸い込まれる極光の風が、面白くって若気ちゃう。
乾いた唇を滑らせ、朗らかに解す。
「初弾で油断させてからのどでかい次弾。上手くいけば、自爆の畳み掛けでオレは倒された。良い駆け引きだけども、あぎじゃびよーをうっかり漏らす娘に考え付かない作戦かな」
ならば誰の閃きか?
残された可能性は一つ。
うむいやなー、とは何か。
先へ進ま『せない』は違う。
だって『さ』が抜けているもん。
これ以上、思考『させない』が答えだ!
考える猶予も与えず、猛攻は続くから、筋は通るはず。
心の声が、今も盗聴されており。
精神感応を通じて、美心へ指示を出しているなら。
とある疑問がオレの頭を巡った瞬間、盗聴犯は妨害を企んだに違いない。
なぜ、解けた?
どうして、動けた?
一人で、どうやって?
共鳴幻想で、取り込んだ相手は二人いた。
オレが洗脳した人物は、美心じゃない。
もう一人の誰かさん。
「思い出したよ、美里雨里ちゃん♡」
結論に至り、透明人間の存在を暴いた。
記憶に纏わり付いた、曇りを払い除け。
目に映る景色の一部も揺らいだ。
龍球の海に、一つの孤島が顕現する。