Section06 姉妹挟撃
ひりひり痺れる尻部から伝い、痛気持ち良い余韻で尻尾が痙攣。
痒みを帯びた臀部を摩りたいけども、姉妹に拘束されて楽できない。
この状況に対して「てぇてぇなの♡」と意味不明な言葉を吐かれた。
屈辱を受けた相手に対して、罵りたい時に使える発言かもしれない。
悔しい! いつか同じ目に遭わせて、オレも罵ってやるもん。
「乙葵ちゃん、反省した?」
母ちゃんが微笑ましげに問い質す。
キッ、と睨みつけてやった。
「今だけは諦めてやります」
「まだ叩かれ足りないの?」
「家から出られない一生より、お尻を差し出す方がマシだもん」
押し問答の対話に、溜め息を吹かれる。
「ひゃうッ、耳が……」
水色の虎耳が小刻みに震えた。
オレの顔面にも、吐息は届く。
「あふぃーは誰かさんに似ているねー」
「母ちゃんの子供だから当然」
「そっちもだけど、そっちじゃねーらん」
「どういう意味?」
「こら、美心ちゃん! 匂わせちゃダメなの」
伸ばされた片腕が、影を作ってオレと雨里を覆う。
ポカーン。
「あがーよ」
デコピンにしては、良い音だ。
軽い刑で済んで、羨ましいなー。
赤ちゃんの笑い声が、すぐ後ろから聞こえた。
オレを抱える腕に臍を摩られ、ほんのり擽ったい。
ぬいぐるみ扱いされる中、揺籠みたいに体は揺すられて。
膝上に乗っかる童女まで巻き込んだ。
「じゃあ二人共、後は宜しくなの♪」
「まかちょーけー!」
「い、いってらっしゃいです。チユリアヤー」
「えへへ☆ ちばりよーなの、雨里ちゃん♡」
やっと退場してくれる、出てけ、出てけ。
遠ざかっていく後ろ姿を見守る。
開かれた扉の取っ手に、母ちゃんが触れた。
閉まろうとする最中、彼女は振り返り。
オレの心臓が、ドキッと脈を打つ。
『帰ってきた後で、好きなだけ甘えて良いからね♡』
お口ぱくぱく、笑顔で手を振ってきた。
蝙蝠の翼が、バサバサと動揺。
萎んでいた腰羽も、元気を取り戻す。
別れ際に込み上がる、青くて暗い感情を見透かされたようだ。
読唇無用の励ましを送られ、部屋の封印が再開。
バタン。
行っちゃった……。
誰も何も発しない、長い静寂が続く。
前後から密着する、二人の体温が息苦しい。
胡坐をかいた生足の中で、オレは正座を強いられ。
折り畳まれた膝上を、褐色の太股に蓋されてしまう。
この姉妹サンドウィッチ、どう切り崩したら良いものか。
深い溜め息を零せば、虎耳を擽られた者が、短い悲鳴を上げる。
ずっと吹き付ければ、嫌がって退いてくれるかも。
「あ、あのぅ、シージャ」
「只の嫌がらせですが何か? 離れてくれるまで意地悪するよ」
「い、いえ……。別に嫌では、ありません」
「プブブブゥッブォプブブ~ゥブブブペッペッブゥププブブ」
機関銃の如く、唾を乱射。
屁を放くかのような、汚い音を塗してやる。
「あふぃー、無駄だよー。ねーねー喜ぶだけだから」
「ブップェ!? ゴホッごほん!」
信じられない発言に吃驚。
咽いで咳き込んじゃったよ。
「じゃあ耳パクパクか、首ペロペロか、嫌な方を選んで!」
「く、首筋に、そのぅ……かぷかぷ歯を立てて頂いても?」
「うーっわ、変態じゃん。君の姉様、普段もこんな感じ?」
「気持ち良く善がってくれるよ♡」
「テメェもやってんな!?」
「ここ最近は、お預け食らって寂しいさー」
「異性に対しても許容するとか、超ドMじゃん」
「……?」
「首を傾げないで、雨里ちゃん。何でハテナマーク浮かべる訳?」
「あふぃーって、女の子じゃないばー。とか?」
「そこから!? いや同性だとしても、赤の他人だよ?」
「あやーと瓜二つのかーぎーやし、体格も声質も似ているから嫌とは思わんさー」
「母ちゃんへの信頼が厚すぎ。夢魔の特性か遺伝かは分からないけども、女性的な体つきは今だけです。大人になったら、筋肉モリモリのマッチョマンに成長しちゃうから、メスガキだと思って侮るべからず」
「チユリアヤーも充分お強い人ですよ。誰も侮ったりしません」
「つまり、たーりーみたいに、ししくがにちきゆんねー?」
「ちょ、美心ちゃん!? はしたない使い方しないで!」
うーむ、その発言で察したぞ、黄金の獅子が何たるかを。
格好良い単語同士で、キモい化学反応を作るとは、お下劣なー♪
「やさ! この際だから証明してもらうさー。みこみこ手伝って」
「おらよォ!」
「あがぉふッ」
「美心ちゃァアん!!」
思い切り、頭突いちゃった☆
後頭部で人を殴った経験は初めて。
オレの甚平を脱がそうとするから、酷い目に遭うんだよ。
あ~ァ、攻撃の反動が激しい。
歯型を描くように、疼痛が頭皮に食い込み。
やたら首回りに違和感を覚えてしまう。
罰した代償、払わされるなんて理不尽。
……いや、待てよ。
美心の近くに配置された家具。
その天板に置かれた代物へ、気付いてもらえれば。
むへへ、怪我の功名だね☆
「質問に戻ろうか、雨里ちゃん♪」
「ひゃい!?」
お返事、甘噛み、可愛い♡
「オレの両腕、放してもらえません?」
「お、お断り致します」
「ずっと正座している状態でさ。膝上に乗る君を抱擁したままだから、姿勢を固定され続けて辛いの。お願いだから、少しは楽させて?」
とは言いつつも、些か悪くない。
母ちゃんに匹敵する抱き心地だもん。
「心苦しいですが、できない相談です」
全く、強情な娘だ♡
超絶遺憾ですが、付き合って差し上げましょう♪
「ふにゃァア!?」
甘い吐息を、福耳へ当てた。
椿の蜜を舌に絡ませ、ぬちゃ付いた囁きで小突く。
「あ・め・り・ちゃ・ん」
呟くに連れ、喘ぎを抑えられない様子。
弄られていない虎耳が、ぴくぴく痙攣しては。
水色の尻尾まで、小刻みに曲がりくねり、悶え始めた。
いじらしさの余り、ポンポンした尾椎を鷲掴みしたくなっちゃう。
「母ちゃんを裏切って、オレと手を組もうよー」
「ア、きらめェ、くだシャ、い」
片仮名で区切られた部分に、♡を付け足したい返答だ。
なら、これはどーお?
「助けてくれたら、ずっと二人っきりで居られるよ」
多耳も尻尾も、ぴたりと止んだ。
数秒の沈黙を経て。
恐る恐る、童女が振り向いた。
互いの花弁は掠れ、柱頭を擽る。
湿りで潤んだ瞳は、大きく見開かれ。
褐色を打ち消す赤みへと、頬を染めた。
「君の望むが侭に、好きだけ弄繰り回して、蕩けさせてあげる」
「……! ……!! …………!!!」
プシュ~、パシュンッ、ボッポッポー!
湯気の出方が独特だ。
ぐるんぐるん目を回している辺り、処理落ちしたかも。
と思いきや、高速で首を振り回した。
冥府の番犬よろしく、顔の残像を生み出す様が面白い。
ごっくん、と童女は喉を鳴らして、言葉の詰まりを飲み干す。
「やっぱり、駄目です!」
不等号目になって、顔を逸らされた。
誘惑に耐えられて、とても偉い♪
これで油断してくれるかな?
「そっかぁ、残念。諦めるしか無いか」
「ふぅー、危ない所でした」
「また昔みたいに仲良く遊べると思ったのに」
「! シージャ、もしかして記憶が!」
「はい、言質いただきました♡」
「……え?」
「オレたち親密な間柄なんだね。いやー、ゴメンね。忘却しちゃって」
「――アキサミヨー!」
「きゃきゃきゃ☆ 情報漏洩、ご馳走様です!」
誘導尋問、これにて終わり♪
「ねーねー、悶えてどうしたばー?」
「首筋をカプカプ甘噛みしちゃった☆」
「うわーん、羨ましい! みこみこ、ご無沙汰なのに狡いやっさー」
「違うの、美心ちゃん。雨里が……、雨里が……!」
むひひ、悲しいねー、悔しいねー。
一度した失敗を、早くも続けちゃって。
とんだお間抜け――いや、待てよ。
姉妹サンドの実行者は、この二人だ。
感情に素直な尻尾が、生えている限り。
何を訊いたところで、回答の真偽は看破されるはず。
誘導尋問しなくとも、普通に質問するだけで良かったかもしれない。
自分自身を不利にするような状況、雨里ちゃんが進んでやるかな?
そう考えると、間抜けと見せ掛けて、もしや――。
まあ良いか、どっちでも。
「ねぇ、みこチ。手に持っている物をお姉ちゃんに渡してあげて」
「ふえ? 何ですか?」
「すっごい、あふぃー! くさぁーみーちきばー? ねーねー、パス!」
「え、ちょっと、いきなり!?」
手に持つ物を、少女が投げ放つ。
天井を見上げれば、放物線を描いて、見慣れた物体が横切る。
オレは内心で、ガッツポーズを決めた。
「おっと、とと! これは、鳥篭? 掌サイズですが、結構な重量感」
「小鳥さん居て、可愛いさーねー」
「ただの小型模型じゃないよ。発条が付いているから、捲いてごらん♪」
「捲く、ですか? ……あ、この螺子みたいな物ですね? 少々お待ちを」
カラ、カラカラ。
カラカラ、カラ、カラ。
「ねぇ、あふぃー。くりぬーやいびーが?」
「楽器だよ。回した発条が止まるまで、内部に仕組まれた曲を演奏してくれます」
「へぇー! どんな音が鳴るんだろー、聞きたい、聞きたーい!」
カラ、カラカラ、カラカチ。
雨里が冷や汗を垂らす。
仄かに増した体温、その火照りがオレの体にも移る。
「まだ、いけそうですか?」
「うん、引っ掛かるまで捲いちゃって。慎重に扱わなくても平気だよ」
「で、ですが……鉱鍛夫の特性上、怪力で壊しかねないので」
「大丈夫! 母ちゃんからの貰い物で、何しても傷つかない素材で造られているらしいから。実際、指骨が砕けるまで試したけども、拳が効かなかったよ。オレが保証します」
「人から譲り受けた物、壊そうとしちゃ駄目ですよ?」
「だって気になるじゃん。どれだけ頑丈か試したかったもん」
「……続けます」
雨里が作業を再開する。
内部に仕組まれた、大小それぞれの歯車が搗ち合う。
その金属音を聞きながら、見守る一時は中々に長い。
カラカラカチ、カラカチチチッ、チッ。
「もう捲けなさそうです」
「よろしい。手を離せば、最大で二回分は聴けるよ」
「ねーねー、ねーねー。早く鳴らしてみるさー」
「シージャ……」
「よろしくお願いします☆」
「ワカヤビタン」
自鳴琴の開演。
篭に囚われた小鳥が、畳んだ翼を広げる。
Tron TranTanTan TanTanTtaTron♪
Tron TranTanTan TanTaraTtaTron♪
Tron TranTanTan TanTanTtaTron♪
TaraRaraRan TaraRaraRan ~~TaraTtaTron♪
Tron TranTanTan TanTanTtaTron♪
Tron TranTanTan ~~TaraTtaTran♪
Tron TranTanTan TanTanTtaTron♪
TaraRaraRan TaraRaraRa TanTaraTtaTran♪
TronTata TranTanTan Tron Tron♪
TranTata TranTranTran TanTtataTtron♪
TronTata TranTanTan TanTanTtaTron♪
TaraRaraRan TaraRaraRan ~~TaraTtaTron♪
TronTata TranTanTan Tron Tron♪
TranTata TranTranTran TanTtataTtran♪
TronTata ~~Traran ~~TaraRanRan♪
TaraRaraRan TaraRaraRa TanTaraTtaTran♪
TaraRaraRan TaraRaraRan ~~TraranTtron♪
曲が二周目を迎えた。
もう効いてきた頃合いかな。
「雨里ちゃん? みこチ?」
「……ふぇ? あ、はい……。どうか……、しまし、た……ですか?」
姉の応答は辛うじて、でも妹は反応しない。
オレの耳元に吹きかける寝息で察しは付いた。
「美心ちゃん……? シージャが、呼んでいます。……返事、してあげて……ください」
「静かに聴きたいんじゃないかな、気持ちが和らぐから。雨里ちゃんもでしょ?」
うとうと、してきたよね?
舟を漕ぎたい気分だよね?
「はい……素敵な音色、と思います……このまま、安らかに……」
しめしめ、うんうん☆
その本能に従っちゃえ♪
「でも、耳が良いから、騙せません……!」
「おや?」
「彼女……寝ています、よね?」
「うーん、分かんない。どうなんだろー」
「美心ちゃん、どんな音楽も……ノリノリで、踊るから。静かに、聴ける、性分じゃ……ありません。……シージャの、仕業、ですよね?」
「きゃきゃきゃ♪ 案外、抜け目ないじゃん」
「何を、したの……ですか?」
「鳴らし方を教えただけだよ。実行者は君でしょ?」
「……まさか、この音楽は……睡眠魔法!?」
「大正解♡ 聴いた人を熟睡させる曲入りの魔道具だよ。何しても壊れないって長所が本来の役割だけども。因みに是式で夢魔は寝落ちしません♪ 好きな時いつでも眠れて、自由に起きられる体質なのだ☆」
「雨里たちを、寝かし付けて……逃げる、魂胆。……無理、これ以上、睡魔が……激、しぃ。このまま、じゃ……」
「ダぁ~メ♡ 逃しません」
ようやく、腕を放された。
けれども、立ち上がろうとする童女を、決して手放さない。
彼女の片腕を掴み、体の向きを変えて、やや強引に引き寄せる。
雨滴に潤う紫陽花の匂いが、ふんわり漂って好き♡
オレの胸元へ、雨里が顔を埋めた。
可愛らしい悲鳴を漏らされ、聞き心地に浸りながら。
眠気に抗う彼女の顎を持ち上げ、微笑みを捧げる。
「踏ん張れて偉い君へ、本日二度目の勝利宣言を突きつけちゃいます」
「い、嫌です……聞きたく、ありま……」
褐色の福耳へ、唇を近づけ。
甘い囁き、給いましょう。
「眠くなァ~れ♪」
離れて見入る童女の瞳、再び光が消え失せた。
脱力した体を預け、オレの胸元で、すやすや寝息を立てる。
「安心してね。今だけは、この部屋から出るつもり無いから。その代わり、二人の夢にお邪魔します♡」
自鳴琴が鳴り止んだ。
静寂を奏でるは、健やかな呼吸音。
密着により、二人の鼓動が振動する。
安らかな吐息が、首筋と胸部を擽り。
交互に律動を鳴らす中、重なる瞬間を待った。
ジッ、と耳を澄ませて。
その刹那へ、お呪いを染み込ます。
「眠り遊ばせ、ゆらゆらり。
知るは愛の如し、夢は尽きぬ焦がれ。
我が願い叶うる為、汝の絵に希う。
想い浮かべ、描き給え。
心射止める魔の園へ、どうかお導きを」
唱え始めて終わるまで、周囲は白光に満たされた。
光は姉妹を呑み込み、二人の体は薄れて消えて。
真っ白く染めた空間で、オレだけ取り残す。
これは魔法じゃない、夢魔の超能力だ。
生物の見る『夢』を、亜空間に変えて侵入する。
その儀式を成功させるべく、祈りを捧げた。
失敗すれば、能力者が無惨な目に遭うから。
ではでは、張り切って参りましょう☆
雨里と美心の、意識を混ぜ合わせた夢の彼方へ。
「――【共鳴幻想】――」
いざ、しゅッぱァ~~~ッつ!