Section04 昔々物語
果てしない宙に、一匹の「龍」が棲んでいました。
兎の目に、牛の耳。
珊瑚の角を生やした顔は、犰狳蜥蜴のように愛らしく。
蜃の貝殻みたいな質感が、腹部から伝わります。
長蛇の如き胴体は、鯉の鱗に覆われ。
虎の手足に、鷹の爪を持つ姿で泳いでいました。
孤独感を募らせて、彼女は思い描きます。
寂しい心を満たしてくれる、家族の温もりを。
航跡は天の川を残して、数多の輝きが集うと生き物を構築。
不死鳥、蔦鹿、麒麟。
玉兎、巨猪、他にも様々。
子供たちの誕生です。
果てなき宙の中で、彼らは無力でした。
息は吸えず。
体は圧し潰され、間も無く破裂して。
「龍」は生き残った子供たちを、御身に乗せて救出。
彼女の周りで在れば、体に異変は無く、呼吸も出来ます。
こうして家族と過ごし、母様の心は満たされました。
御神体から温もりが生じて、その暖かさに誰もが縋ります。
けれども、束の間に得られた幸せ。
子供たちの中で、叛逆者が居たからです。
連中は「龍」の肉体を食い殺して、力を奪おうとしました。
精神体となった彼女は、御身の残骸を練り直します。
裂かれた肉や鱗は、大地に。
流血は、海に創り替えたのです。
死骸は、星という球体に成り果て。
その中心で力尽きた彼女は、永い眠りに就きます。
骸に過ぎない星の元では、全てが極寒。
飢えを覚えた叛逆者共は、子供たちを次々に食い殺します。
飢餓を凌ぐ内に「邪竜」と呼ばれる醜い姿へ変わり果て。
喰らった血肉を糧に寒さを物ともせず、殺戮は繰り返されました。
連中の餌食にされ、極寒で衰弱していく仲間を護る為に「不死鳥」は動きます。
宙を舞い、己が身を焼き焦がして、大地を暖めました。
加温の中、母様を殺された怒りは、灼熱の光に宿り。
苦しみ悶える「邪竜」に、子供たちを食らう隙を与えません。
次に動いた者は「蔦鹿」です。
星の形状が故に、地表は一気に暖まりません。
「不死鳥」の照らせない一面で、一部の仲間と連携して弱者を死守。
母様の生物創造、球体に至る動きから力の仕組みを紐解き、魔法を見出します。
肉体を複数に分断し、一部を大地に根付かせて、植物を生成。
己が分身たる森を行き渡らせ、各地に散らばった同胞へ呼び掛けました。
「邪竜」の打倒を掲げて、反撃を始めます。
「麒麟」と「玉兎」の二体は、姉弟仲の良い間柄です。
子犬のように小さく、貧弱で臆病だった弟は、宙を舞う「不死鳥」に憧れました。
発明家の姉に勇気づけられ、自身の夢を後押しされます。
ある時は、叩けば衝撃波を起こす木槌で追い回され。
ある時は、止まれば起爆する重い爆弾を取り付けられ。
ある時は、旨そうな兎肉だと「邪竜」に狙われる彼女を連れて逃走。
こうした弛まぬ修練の末に、強靭で巨大な肉体へと成長できました。
「蔦鹿」から魔法を伝授され、弱者の救出に参戦。
全てを追い抜く脚力で、味方を背中に乗せて、遂に宙を駆け上ります。
「不死鳥」の照らせない一面を、黄金に身を輝かす魔法で照射。
灼熱の光が灯らない闇の世界で「邪竜」を迎え撃つ同胞の支えとなりました。
「麒麟」の姉こと「玉兎」は、弟の背に乗り、工房を築きます。
「蔦鹿」から伝授された魔法で、武具を鍛造する為の適した身体に進化。
あらゆる利器を、地上で戦う同胞へと託します。
全力で取り組む彼女を見習い、共に住む子供たちも手伝いました。
工房は拡張して、国という文明が発展。
殆どの生き物が「人」に進化して、現代の種族へと至るのです。
弱者を護るべく、その巨体を張った「巨猪」の元に利器が渡ります。
伝授された魔法で、大地の形状を揺るがす猛威を振るい。
その反動に耐え得る武具と、闇を灯す黄金に支えられました。
ほぼ全ての「邪竜」を一掃し、力を使い果たして就寝。
地上に根付いた御身は山岳となり、建国の礎として自らを捧げたのです。
永きに亘る大戦は、終わりを迎えました。
「邪竜」の肉体は滅び、子供たちに平和が訪れます。
やがて、人に進化した多くの者が文明を築いて。
其々が一番近くにいる神を崇め、先祖代々いつまでも奉ります。
地球と呼ばれる星の言葉で表すならば。
龍は、大地と海。
不死鳥は、太陽。
蔦鹿は、森。
麒麟は、月。
玉兎は、文明。
巨猪は、山脈。
全ての御神体が、今の人々を支える生態系を築きました。
彼らを「六大原主」と称え、この世界を「龍球」と呼ぶ所以。
これが世界の成り立ちです。
星神様、ワンガーウカミ。
朝神様、アガイティーラ。
森神様、フチャーリヌシ。
夜神様、チチヌユー。
造神様、カヌチャギ。
岳神様、ヤマヌチジ。
各地における敬称は様々ですが、この島国では後者で呼んでおります。
雨里たちの住む「美ら勾島」は、ワンガーウカミの海域を閉ざす要の砦。
安眠を妨げる全ての事象から、彼女を護る為に建国されたのです。