Section02 童女対面
暗闇の世界に、小さくて丸い純白が灯った。
会話が聞こえてくる。
声の数は、三人?
母ちゃんと、他は聞き慣れない。
もしかして、竜彦?
いや、まさか。
あの男は無口で冷酷だ。
オレを睨んで喋らないどころか、近寄りすらしない。
気に食わない奴、父ちゃんって呼んであげないもん。
真っ黒い空間が、純白に満ちていく。
そっかぁ、オレは母ちゃんと戦い、負けて気を失ったんだ。
あの後、どうなった?
起きなくちゃ。
もう一戦。
何度でも。
闇の空間は、オレが目を閉じている証拠。
重い瞼を開けるんだ。
ぼやけた視野が広がる。
景色が鮮明になるまで、瞬きしながら待ってみた。
部屋の明るさは元通り。
荒れ果てたはずの自室は、綺麗さっぱり復旧していた。
その事実を目の端で視認する。
中央から確認できない理由は、見知らぬ女児が居たからだ。
「お、お目覚めですか、乙葵様」
褐色肌の綺麗な童女が、声を掛けてきた。
水色の長髪を波打って揺らし、前髪を束ね上げて額は丸見え。
憂い顔を晒しながらも、鶏冠石を宿す瞳は恍惚に潤んでいる。
濡れそぼる紫陽花の花園で、待ち人を焦がれて雨宿り。
再会を果たせて胸いっぱい、という情景が頭の中で浮かんだ。
「君は誰? 初めて見る顔だけども。何でオレの名前、知っているの?」
「あ、う、えっ。えっとぉ、そのぅ。あの!」
「焦らない慌てない♪ 落ち着けないなら深呼吸♪ 返答は待ってあげるから頑張れ♪」
「あ、はい! 恐れ入ります!」
幼気な童女が、息を整える中。
複数もの生えた耳が目に留まり、じっくり観察する。
耳朶の長い福耳は、肌色と同じ褐色に揺らめき。
頭の天辺から後方へ垂れ下がる兎耳は、水色の毛並みだ。
前髪に紛れた、虎耳状斑の模様は、虎耳だろうか。
彼女の挙動に連動して、一番ぴくぴく動くから可愛い。
背後で揺れる尻尾も、二つの生き物が共存。
細長い虎の尾と、兎の尾椎が融合して、宙を泳いでいる。
「ヒージー、ヒージーだよ、雨里。チムドンドンしない、ワサワサーしない」
おやおや?
今の言葉、聞き覚えがある。
「島国で使われている方言かな?」
「はウゥ!? ど、どうして、お分かりに!?」
「いや、初耳のはずだよ。でも、意味は分かるみたい。ところで幼稚園児ちゃん」
「よ、ようちえんじ!?」
「さっき誰かと喋っていたよね、母ちゃんと他一人? 姿が見えないけども、君は見張り役を任された感じかな?」
「違います! 雨里は十四歳です!」
「いや、歳は気にして――同い年じゃん」
「低身長は鉱鍛夫の体質でして、身の丈よりも筋力や体の丈夫さに秀でています!」
「へー。あの、顔が近いよ?」
「だってだって智秘人の混血なんですよ! 長身族の一員です! ウットゥには負けますが、シージャや朱里ネーネーと十分に競えます! ですから! ですから! ですから!」
「ちょ……まっ……おね、がフゥ……やめグェ――!?」
ドン! ガァン! バギゥ! ゴッ! ゴン!
胸倉を掴まれ、激しく揺さぶられる。
凄まじい威力をお持ちだ、十分に理解した。
だから、お願いします。
これ以上、頭を弩突かないでください。
ジャリリン、スチャラタン、チャンジャラリン。
頭蓋の粉砕に伴い、鎖の擦れる金属音が聞こえる。
前腕に食い込む違和感と、割座の姿勢を崩せない。
今更ながら、拘束されている現状を理解。
後ろ手に万歳せられ、縛られているのかも。
両足には、鉄の枷。
足首を冷やす質感は、首回りにも首回りにも伝わり。
肩で息する童女が、吃驚顔で問い質す。
「シージャ!? 顔ぐちゃぐちゃですよ。頭、大丈夫ですか!?」
「じ、地雷、踏んで。ごめん、なさい」
良かった、感情が静まってくれて。
暫くして、自己再生を開始。
体の周りを泳ぐ白い小魚に、雨里は見惚れていた。
全然、吃驚しないね?
まるで、懐かしいと言わんばかりの眼差しだ。
魚の群れは、オレの修復だけに及ばず。
童女の私服を汚した返り血まで、綺麗に洗い流す。
このファッションは、マリンルックだろうか?
白い狩衣は、水兵襟の施された青い単衣を入れ込み。
赤い襟巻を結んで、爽やかな水気を感じる服装だ。
水色の髪や、毛色と相性が良く。
衣類の純白が肌の褐色を際立たせ、鮮やかで美しい。
修復を終えて、小魚たちが消え入ると。
静かに見届けた雨里から、改めて土下座される。
「取り乱して申し訳ございません。自分の感情を抑制できるよう精進します」
「こちらこそ、お気に為さらず、貴方様の逆鱗に触れた、私奴の落ち度です」
「そんな、乙葵様は悪くありません! 雨里に敬語も不要です。どうぞ、お気軽にお話し掛けください」
「うーむ。なら、お顔を見せて?」
オレの言葉に、ぴくりと体を強張らせ。
俯いた顔を、恐る恐る上げてくれた。
上目遣いで畏まり、眉を落とす表情が、何とも意地らしい。
「母ちゃんに匹敵する可愛い生き物が、この世に存在するなんて吉報だよ」
「えあッ!? お、恐れ、入ります……」
「うんうん。むへへ♡」
外の世界、やっぱり気になっちゃう。
チュラカーギーに、もっと会いたい!
オレの好奇心は、膨らむばかりだ。
「改めまして、美ら勾島『唄守』美里四姉妹が三女、美里雨里です。不束者ですが、よろしくお願いいたします。乙葵様」
「うへー、肩書が長いよー。島の名前と職業? 姉妹も多いね。オレに情報を明かし過ぎて、良いのかな?」
「……アキサミヨー! つい習慣の挨拶を!」
「きゃきゃきゃ♪ ちゃんと秘密は守らなきゃ、母ちゃんにお仕置きされちゃうよ」
「今の話は忘れていただけませんか!? 何卒!」
「えー、お尻ペンペンされちゃう所、見たいかも」
「どうか、ご勘弁を! 雨里お嫁に行けません!」
「オレは気にしません♡ 万が一、部屋から抜け出せない生涯なら一人は寂しいもん。娶って上げるから、道連れに為っちゃえ~♪」
「!!??」
「あ、待って。胸倉を掴まないで?」
……ぐすん。
「おわァアアッ。分かった、分かった! 条件を一つ、それで内緒にするから止めてえぇッ」
……こくり。
ふー、危ない、危ない。
寸止めで頭突きを免れた。
オレ、グッジョブ!
「条件とは何ですか、乙葵様」
「それそれ、ソレ禁止」
「へ?」
「名前は母ちゃんに呼ばれ慣れているから詰まんない。さっきの方言が新鮮で好き♡」
「……あ! 畏まりました、シージャ!」
「~~~♡ むへへ♡ これからよろしくね、雨里ちゃん」
今日はオレにとって、記念すべき日となった。
外部の人間と、初めて接触したからだ。
母ちゃんが何を企んでいるのか、大体は察し付くけども。
全ては逆効果だと、後になって悔やませてやる。