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8.走馬灯


ほうきで飛んで行きたかったが、天気が悪すぎる。仕方なく、俺は全力で駆け出した。


クソ……すごい雷雨だ!!

みんな無事でいてくれよ!!!


山道を登っていると——


「助けてー!!」


生徒の声だ!!

声のする方へ急ぐと、生徒たちが土砂の下敷きになっていた。


「お前ら無事か!?待ってろ!!すぐに助けるからな!!!」


俺は杖を取り出し、土砂に埋もれた生徒たちを浮かせて安全な場所へと下ろした。


「これで全員か?」

「先生!ナイン君が土砂に流されて崖の方に!!」

「何だって!?!」


一目散に崖へ向かうと——

ナインが片手で崖の縁にしがみついていた。


宙ぶらりんの状態……だが、もう限界が近い。

指が震え、少しずつズレている——このままじゃ落ちる!!!


「ナイン!!」


その瞬間——


ナインの手が崩れるように離れた。


「——っ!!」


俺は咄嗟に飛び込み、彼の手を掴んだ。


「ふぅ……危機一髪だったな……」


安堵の息をついた瞬間——


「先生!!後ろ!!」


背筋が凍る。

振り向くと、土砂が俺たちを飲み込もうとしていた。


——まずい。


今日はほうきがない。

杖も両手が塞がっていて出せない。


このままじゃ二人とも……!!


せめてナインだけでも——


ふと崖の下を見ると、ラウル先生の姿が見えた。

これに賭けるしかない。


「ラウル先生!!ナインを頼みました!!」


渾身の力で叫ぶと、俺はナインの手を離した。


土砂の轟音が背後から迫る。

だが、それすらも遠く感じた。


俺の目は、落ちていくナインの姿だけを追っていた。


どうか——無事でいてくれ。


ミーナ……。


こんなことになるなら、もっと早く伝えていればよかった。


——とっくに、お前のことが大好きだったと。



**********



——ここはどこだ……?


目を開けると、見慣れぬ山小屋の天井が目に入った。

俺は……土砂に飲み込まれたはずじゃ……?


ゆっくりと身を起こし、辺りを見回す。

薪がパチパチと燃える暖炉。

目の前のリビングには老いた魔女と、一匹の黒猫。


奇妙なことに、二人には俺の姿が見えていないようだった。


「……どうなっているんだ?」


ここは死後の世界……?

ナインは無事だったのか……?


いや、それよりも——


あの猫……俺が昔、戦に焼かれた村で瓦礫の下から助けた猫じゃないか……?


「理解に苦しむよ。」


静寂を破るように、魔女が黒猫に語りかける。


「あたしがせっかく教え込んだ自分の魔法をすべて捧げてまで、その男がいいのかい?」

「ニャ〜」

「わかったわかった。止めやしないよ。でもね、猫に戻りたくなる時もあるだろう?」


魔女は手元の杖をくるりと回しながら続けた。


「だから——一回だけ、お前の本来の魔法を使えるようにしてやる。それを使えば、猫に戻れる。」


一拍置いて、魔女は言葉を低くする。


「……だが、その魔法を”猫に戻る”以外の目的で使った時——お前の存在は完全に消滅する。」

「ニャ……」

「じゃあ、いくよ。」


魔女は杖を猫に向けると、ひと振りした。


すると——


目の前で、黒猫がミーナの姿に変わった。


——そうか……ミーナ。

お前は、あの時助けた猫だったのか……。


「ありがとう、おばば。…でも後悔きっとしないよ」


次の瞬間、景色が変わる。


今度は校長室。

そこには校長先生と、ミーナ。


「……私は何度も言っていますが、嫌です。」


ミーナは強い口調で校長に向き合っていた。


「先生に一途なんです!」

「ミーナ……そんなこと、ワシだって分かっているよ」


校長は苦しげに目を伏せた。


「……だが、理事長の息子さんが大層お前を気に入っていてな……もし結婚できなければ、我が校への資金援助を一切止めると言っている」

「……!」

「そうなれば、この学校は廃校だ……。」


ミーナの表情が凍りつく。


しばしの沈黙の後——


「……わかりました」


震える声でそう答えると、ミーナはゆっくりと目を伏せた。


「……この学校がなくなったら、ユーリ先生の居場所がなくなってしまいますから。私……先生の笑顔が好きなんです。」

「……ミーナ……」

「生徒と一緒にいる先生の笑顔は、誰よりも輝いています。」


涙をこらえるように、ギュッと拳を握りしめる。


「だから……私には、それを奪うことなんてできない……。」


ミーナは、震える声で答えた。


「引き受けます。」


校長の肩が落ちる。


「……すまんな、ミーナ……。」

「いえ。」


ミーナは微笑んだ。だが、その瞳は涙をこらえている。


「……先生も、全然振り向いてくれないですし……潮時だったのかもしれないですね。」


苦笑しながら、ミーナは静かに言った。


「私だけが好きでも、意味ないですから。」


——そうか。


ミーナ、お前は……俺のために、犠牲になったのか。


……ごめんな。


俺が臆病だったばかりに——お前をこんなに傷つけてしまった。


最後に伝えたい。

お願いだ……俺の体、動いてくれ!!!


強く、強く願う。


すると——


俺の視界は、どんどん光に包まれていった。


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