6.ユーリの過去
初めて受け持ったクラスの卒業が近づいている。
もうすぐ、この生徒たちはここを巣立っていくんだな……
俺は今、2年1組を担当しているが、今日は臨時で6年3組の授業を任されている。
卒業を控えた生徒たちは、進路のことで頭がいっぱいのようだ。
進路希望の紙を配ると、教室に一気に緊張が走った。
みんながそれぞれの未来を考えている。
俺にも、こんな時期があったな……
「進路、どうしようかな……ねえ、先生はどうして教師になったの?」
ふいに、生徒の一人が問いかける。
「えっ、それ私も聞きたい!」
「先生って、なんで教師になったんですか?」
次々に手が上がる。
ミーナも興味津々といった顔で、じっとこちらを見ていた。
(……なんだ、珍しいな。いつもなら授業中は上の空のくせに)
「そうだな。私が君たちと同じ6年生だった頃の話をしようか」
**********
当時の私は正直、就職できればどこでもよかったんだ。そんなとき、ラウル先生に言われたんだよ。
「おい、ユーリ!進路希望の紙を白紙で出すとはどういうことだ!?」
「希望が本当になくて……ラウル先生、代わりに書いてくださいよ」
「そういうわけにはいかんだろう。……よし、お前にだけ特別課題を出す」
「えぇ!?なんで俺だけ!?今まで補習だって一度もないのに……」
「お前は何も知らなすぎる。将来を決められないのは、自分の視野が狭いからだ。だったら実際に外の世界を見てこい」
「……は?」
「明日から三日間、周辺の町や村を巡れ。そこで見たもの、感じたことをレポートにして提出しろ」
「そんなー!!?」
渋々出発したけど、実際にはすごくいい経験になった。
町や村が違うだけで、文化がまるで違う。
今まで学園の中しか知らなかった俺には、すべてが新鮮だった。
でも、一番印象に残ったのは——戦争で焼かれた村を訪ねたときだ。
そこは……つい最近、戦争で焼かれたばかりの場所だった。
焦げた木々。崩れ落ちた家々。灰に埋もれた道。
人の気配はなく、ただ重苦しい静寂があたりを支配していた。
(ここに……人が住んでいたんだよな)
何もかもが焼き尽くされ、形を失った場所で、俺は立ち尽くしていた。
そのとき——
「……?」
微かに、小さな鳴き声が聞こえた。
ミーミー……
「……ここか?」
瓦礫の隙間から、小さな瞳が覗いていた。
「……子猫?」
崩れた柱をどかすと、埃まみれの子猫が姿を現した。か細い体が震えている。
「……よし、大丈夫だ」
そっと手を伸ばすと、子猫はふらつきながら歩き出した。
弱々しく、それでも必死に、何かを探しているようだった。
「お前……もしかして、親を……?」
あたりを見渡しても、猫の親らしきものはいない。
それどころか、どこを探しても、生きているものは何一つ見つからなかった。
「……」
何もできなかった。
私はこの子を連れて帰ることもできなかった。
母が猫アレルギーだったから。
途方に暮れているうちに、子猫はどこかへ消えてしまった。何も言わず、何も残さず。
——私はただ、見送ることしかできなかった。
それが忘れられなかった。
もう二度と、あの子猫みたいに、行き場をなくすような人間を作っちゃいけないと思ったんだ。
だから私は考えた。
戦争を起こさないためには、きちんとした教育が必要だ。
もし戦争が起こったとしても、魔法をきちんと学んでいれば、少なくとも自分の身を守れる。
だから私は、教師になったんだよ。
一人でも立派な魔法使いを育てること、これが私の夢でもあるんだ。
**********
「……とまあ、こんなわけだ」
俺が話し終えると、教室のあちこちから感嘆の声が上がった。
「なんか感動的……もっと適当な理由だと思ってた」
「適当って……」
でも、生徒たちが感動してくれたならいいか。
これが進路希望を考えるきっかけになればいいのだが。
「私も先生目指そうかな〜。ミーナは?」
「私は先生のお嫁さん一択だよ!」
「お前な〜、もっと真面目に考えなさい……」
「ミーナ、残念!明日はいけるよ!!」
周りの生徒たちがミーナをからかいながらも、どこか楽しげに声をかける。
俺は苦笑しつつ、教室に響き渡る鐘の音を聞いた。
「進路希望の紙は、担任の先生に一週間以内に提出しなさい!相談があったらいつでも乗るからな!以上!」
教室を出たら、背後から勢いよく名前を呼ばれた。
「先生!」
ミーナが駆け寄ってくる。
「どうした?」
目の前まで来たのに、ミーナは顔を上げない。
何か言いたそうなのに、唇を噛み締めて、まるで言葉を押し殺しているようだった。
……珍しい。
ミーナがこんなにも言葉に詰まるなんて。
まさか——
「お前、まさか……ルイにもらった本、校長先生に見つかったのか?」
冗談めかして言うと、ミーナがピクリと肩を揺らした。
「あれがバレたら罰として事務員の仕事一週間休みになるかもな〜」
「もう!そんなんじゃないって!!」
珍しく強い語気で否定された。
「しかも仕事休みになったら学費払えなくなっちゃうよ!そしたら学校にいられなくなる……」
「悪い悪い。でも、それでしばらく頭を冷やすのもありかもな〜」
俺が笑いながら言うと、ミーナの肩が再び震え始めた。
……あれ?
普段なら「そしたら先生の部屋にずっといようかな〜!」なんてふざけた返しをしてくるはずなのに。
「ミーナ……?お前、どうしたんだ……?」
心なしか、俺の声も慎重になっていた。
「この前、校長先生に呼ばれてから様子がおかしいぞ?何か困っているなら、私でよければ相談に——」
「じゃあ……じゃあ先生は——」
ミーナが顔を上げた。
その瞬間、俺は息をのんだ。
今にも泣きそうな顔をしていたからだ。
「——私が本当にいなくなっちゃってもいいの!?」
「え?お、おい……本当にどうしたんだ!?」
「先生の堅物!もう知らない!!」
怒鳴るように言い捨てると、ミーナは俺の目の前から駆け出した。
彼女の背中が、教室の中へと消えていく。
俺は呆然と立ち尽くしていた。
「か、堅物……!?」
ルイと同じことを言われた……。
何だよ……心配して損したわ!!
……そう、思いたかったのに——
胸のざわつきが、消えない。
何だ……?
何だ、この違和感…。